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【完結】首なし令息と首ったけ悪女  作者: 黒須 夜雨子


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05. 首無し伯爵令息の、首の上

昼間だと勘違してしまいそうな、煌々と灯されたことで生み出される光が、王城の大広間に夜の色を残すことがないでいる。

次々と入場していく人々の中に、今宵の役者が集おうとしていた。

そんな中にオクタヴィアとリアンダーもいる。


今夜のオクタヴィアが纏うドレスは、裾が黒で始まりながら銀へと変わっていくシックな装いだ。

黒が広がるドレスなので地味にも映るところだが、細かな銀のグリッターが随所に散りばめられて、夜の深いところを照らすかのよう。


また、ウェスト周りで完全に銀へと変わるが、そこからは薄青の糸でアガパンサスの刺繍がされ、まるで夜と冬の女王といった姿だった。

オクタヴィアの黒髪を彩る髪飾りも銀で、使われている宝石は淡い青ばかり。

唯一異彩を放つ金の瞳が浮くかと思われるが、不思議としっくりきていた。


だが、周囲の目が集まるのは、新たな婚約者であるモンクレア伯爵令息に対してだろう。

モンクレア伯爵家は暗部の統括と噂されているので、こういった場に出てくることはほとんどない。

王家で不幸でもあれば控え目に、めでたいことがあれば猶更姿を見せぬようにと自粛していた。

そして嫡男はといえば、全く姿を見せてこなかったのだ。


それなのに今宵は悪女と名高いオクタヴィアと、仲睦まじい様子で入場している。

誰もが好奇心を隠せない。

注目の的であるモンクレア伯爵令息は、正しく婚約者の色を纏っていた。

黒の礼服には襟や袖口の刺繍、ボタンも金で揃えられ、大広間を照らす灯りの光を反射させている。

それが下品に映らないのは、控え目に刺されているからだろう。


「やたらと視線を感じる」

耳元で囁かれた言葉に、オクタヴィアは扇を広げて口元を隠すと密やかな声で返す。

「当然ですわ。今まで全く姿を見せなかった、モンクレアの嫡男が参加しているのですもの。

ここにいる誰も彼もが、あなたに話しかけたいと思っているはずよ」

言葉が返ってくる代わりに嘆息の音が聞こえた。


今まで家の中に押し込まれて飼い殺されていたのだ。

外で放蕩に耽って義務を忘れていたルシアンとは事情が異なるが、今からのことを考えると少しばかり気が滅入るのだろう。


今宵の夜会は王太子からの直々の招待とあって参加必須であったが、予想通りルシアンはオクタヴィアをエスコートすることを拒んで娼館から戻らず、結果として他者と喋ることを禁止されたリアンダーが、オクタヴィアのエスコート役として迎えにきてくれた。


夜会で人と喋るなとは無理がある。

滑稽な命令だとオクタヴィアは嗤い、次いで丈の合わない礼装を着せられたリアンダーに、相思相愛をアピールできるような礼装を用意して着替えさせたのだ。

採寸も問題無かった。

以前にティーポットを割ってしまった女中が、オクタヴィアが良い人だと勘違いして懐いた結果、採寸を引き受けてくれたのである。


「これからはこういった夜会に参加する必要があるけれど、そればかりは仕方が無いの。

私の為に頑張ってくださる?」

エスコートしてもらっていた腕を解いて、リアンダーの耳の縁があるべき場所をなぞる。

そうすれば周囲はざわめき、リアンダーの腕がオクタヴィアの腰を攫う。

「君の為ならば」

賑やかな大広間で囁かれた言葉は、一字一句間違うことなくオクタヴィアの耳へと入り、とろけるような笑みを浮かべたオクタヴィアが「本当に可愛い人」と返した。




そうしている間に王族の入場も始まり、今夜の主催である王太子によって、夜会の始まりが宣言される。

誰もがオクタヴィア達に興味深げな視線を送ってくるものの、最初に声をかけるのを躊躇う中、一番乗りを挙げたのは王太子だった。

親し気にオクタヴィアの名を呼んで歩み寄る王太子と彼の婚約者に、リアンダーとオクタヴィアは礼をもって迎える。


「今宵の月の明るさにも負けぬ王太子殿下と、夜に添える星の輝きたるペルティヨン侯爵令嬢にご挨拶申し上げます。

また、このような身をご招待頂き、感謝致します」

口上を述べるのはリアンダーだ。

これで先ずは周囲に、彼の声を印象付けることができた。

だが、本番はこれからだ。


「うむ、王太子として一度は会っておいた方が良いと思っていたのでな。

今宵の夜会は非常に良い機会であった」

鷹揚に返した言葉の後に、王太子がオクタヴィアへと視線を向ける。

「ハートウェル公爵令息との婚約解消で心配していたのだが、良き相手を見つけられたようだな」

「ええ。お陰様で、素晴らしいお相手と出会えました」

オクタヴィアが返す。


「君とは学園時代からの付き合いであるし、ソニアの友人でもある。

何か困ったことがあれば、是非相談してほしい」

続く王太子の言葉に、周囲でささやかながらも驚きの声が上がった。

学園時代のオクタヴィアの評価は悪女そのものであり、王太子を誘惑しているという噂まで上がっていたのに、これでは全然話が違うと驚いたのだろう。


過剰なサービスだと、オクタヴィアは心中で溜息をつく。

これから起こすことへの協力は頼んでいたが、ここまでサービス過剰なのは悪乗りをしているからに他ならない。

王太子としての器が認められる程に優秀ではあるのだが、同時に面白い事にも目が無い。


少しばかり淑女の定義から外れたソニアを婚約者にしているのも、その性格のせいでもある。

もっともソニア・ペルティヨン侯爵令嬢は家柄良し、見目良し、手伝い始めた公務における施策や辣腕ぶりも素晴らしいという有能な人材だったので許されるのだが。

そして彼女も面白いこと、というより面白い女が大好きだと公言して憚らない令嬢である。


ある程度何をしでかすのかを把握して大博打に乗っかったと思われるが、まあ、国の将来は真面目に考えてくれるだろうと流すことにした。

オクタヴィアとしても彼らの助力は必要なのだから。


「それでは早々ですが、一つ相談したいことがございまして」

オクタヴィアが優雅な仕草で扇をたたむと、少しだけ眉尻を下げる。

「オクタヴィア様、殿下は約束を違えない方。

何なりとお申し付けくださいな」

上手に淑女の仮面を被ったソニアが、貴族らしい言葉遣いで微笑みを顔に貼り付けている。

ただし、瞳が期待と興奮に満ちているのを隠せていないので、淑女としては減点ではあったが。


「実はとんでもない魔術を身に着けてしまったのです」

周囲で聞き耳を立てている者達が息を呑む。

オクタヴィアは悪女と評判であると同時に、魔女と呼ばれるくらいには魔術の成績が良かった。

望めば王国魔術師の推薦を書いたのにと、教師に口惜しがられたくらいだ。


そんな彼女がどんな魔術を修得したというのか。

誰もが息を止めてオクタヴィアを見る中、緊張することも動じることも無く彼女が口を開く。

「愛する人限定で魔術を無効化してしまいます魔術ですわ。

けれど抑制するのが難しいせいで勝手に発動してしまうので、とても困ってしまいますの」


その瞬間に大広間中に広がった空気を表現するならば、呆気に取られたという表現が相応しいだろう。

何を言っているのかわからない。

彼女達の話を聞いていた誰もが思ったはずだ。


悪女と噂のオクタヴィア・ダスクムーアが愛する人などとのたまい、あまつさえ非常に高度といえる無効化の魔術が限定的。

意味も分からなければ使いどころも見つからない、無駄としか言えない魔術。

冗談ではないかと人々が見つめる中で、四人の間に茶化す空気はなかった。


「本当に気を付けなくてはいけなくて」

だって、とオクタヴィアが横を見た瞬間、リアンダーの魔法が解けた。

今日一番のざわめきが大広間に広がる。

オクタヴィアの横にいるのは、銀の髪と薄青の瞳を持つ玲瓏な青年だ。


少しばかり線が細い気もするが、補って余りある美貌を備えている。

素敵、という声が聞こえたのは気のせいではあるまい。

オクタヴィアは少しも焦る様子を見せず、そっと麗しい顔に手を伸ばせば、リアンダーの手が重ねられる。

どこまでも絵になる二人だ。


「申し訳ありません、ルシアン様。

まさか、このような場所で魔術が発動すると思わず」

謝るオクタヴィアに向けられるのは熱の籠った視線だ。

「いや、君のしたことならば、どんなことでも許せるよ。

気にしないでほしい、愛する人」

ルシアンと呼ばれても不自然なくリアンダーは返し、その溺愛ぶりに周囲の令嬢が頬を赤らめ、憧憬を宿らせた瞳で見つめる。


だが、唐突に響いた声が甘い空気を引き裂いた。

「そいつは偽者だ!」

人をかき分けるようにして四人の前に現れたのは、本物のルシアンだった。



* * *



あの生意気な女に、わからせてやるだけのつもりだった。

初めて会った時も少しばかり遊んでやろうと思っていただけなのに、反抗的な態度を取った挙句、気づけば帰ってしまったのだ。

その上、父親であるモンクレア伯爵が愚痴をこぼしながら謝罪する羽目になった。


ハートウェル公爵からは長ったらしい説教を受け、うんざりしていたところでの夜会だ。

オクタヴィアに恥をかかせようと娼館から戻るのを拒否したら、渋々リアンダーを向かわせたと聞かされ、あの庶子と揃って恥をかくことになるのかと女たちと戯れながらご満悦でいたのは先日のこと。

娼館に訪れていたどこかの男爵令息を名乗る男が、飲んだくれた挙句に夜会の招待状を忘れていったのだ。


はしゃぐ娼婦達から招待状を取り上げ、せっかくならば二人の無様な姿を見届けようと思うのは当然のことで。

適当な仕立て屋で丈の合いそうな礼装を手に入れ、娼婦の中から比較的行儀の良い女を連れて夜会に潜り込む。


そうして目当ての人物が王太子に声をかけられた挙句、ルシアンの横にいるモンクレアの庶子がルシアンとして顔を見せたことに、慌てて飛び出したのだ。

「そいつは本物じゃない!

俺が、私が本物のルシアン・モンクレアだ!」

ルシアンの声に、周囲の人々はルシアンと庶子を見比べて、真偽を図ろうとする。


どう見たってルシアンが嫡男で間違いないというのに、侮辱とも取れる視線に怒りがふつふつと湧いて止められそうになかった。

あの二人をどうにかしてやらないと気が済まない。

四人の前に辿り着き、そうしてからオクタヴィアと庶子を睨みつける。


「そこの悪女は王太子殿下を騙しているのです。ぬけぬけと偽者を連れて参加し、そいつに私を名乗らせる。

これはモンクレア伯爵家乗っ取りの謀略です!」

声高に叫んだルシアンの言葉に、王太子もソニアも表情を変えぬままにいた。

「ルシアン・モンクレア伯爵令息を名乗る者よ。

緊急性が高いのだとして、今回だけは許しも無く声をかけた無礼を許そう」


そうしてから、少しだけ首を傾げてみせる。

「だが、二人の招待状は私が直々に書いたもので間違いないとして、この場に通されている。

つまりはだ、正しくモンクレア伯爵家とダスクムーア伯爵家に届いた招待状で、夜会へと来場したのは間違いない」


そんなことは聞いていない。

もしかしたら父親の手紙に書いていたのかもしれないが、手紙の冒頭だけ読んで破り捨ててしまっていた。

「そ、それは、あの悪女たちに奪われたのです!」

苦し紛れの嘘を吐くが、やはり王太子の表情に変化はない。

いや、どこか冷たさを含み始めていた。


「では、本物のルシアン・モンクレア伯爵令息を名乗る者よ。

招待状も無く、どうやって夜会に潜り込んだのだ?」

淡々と投げられた問いに、最適な答えが出せずに冷や汗が吹き出す。

「それに奪われたというが、今日までモンクレア伯爵家からはそのような申出は無い。

ダスクムーア伯爵家に奪われたとするならば、一番に報告するはずだ」

もっともな言葉に、ルシアンがどう答えてもモンクレア伯爵家の失態は免れず、多少なりのお咎めを受けることになる。


何も答えられずに、冷や汗を流すばかりのルシアンに向ける、オクタヴィアと庶子の視線は冷たく、同時に唇で作る笑みは馬鹿にするかのよう。

「モンクレア伯爵令息と婚約して数ヵ月経っておりますが、ずっと交流していたのは私の横に立つ方ですわ。

お顔が見えませんが、ここまでお声が違うと間違いようがありません」

横に立つリアンダーを見上げ、オクタヴィアが寄り添う。

「私がずっと一緒にいたのは、そこのモンクレア伯爵令息を名乗る方ではございません。

私が愛する可愛い人はこちらですわ」


この悪女が。

ギリギリと歯軋りの音が聞こえそうな形相でいるルシアンの視界に、父親の姿が映った。

ルシアン同様に人々の波をかき分けながら、こちらへと近寄る姿に安堵する。

そこの二人がどう言おうとも、モンクレア伯爵家の当主が正しいと指定した方がルシアンだ。

すぐに庶子は偽者だと断定され、悪女と揃って処罰を受けることになるはずだ。


「殿下」

声に動揺を浮かべながら近づく父親に、期待の目を向けるルシアンを置いて、王太子は王族らしい動揺ない態度で父親へと声をかける。

「まるで喜劇の舞台に立ったかのようではあるが、そなたの息子が二人現れている。

どちらが本物であるのかを聞こうと思っているのだが、協力を頼めるか?」

「勿論でございます、殿下」


深々と頭を下げたルシアンの父親が口を開こうとしたとき、「その前に」と王太子が口を挟んだ。

「第三者の意見も先に聞いておこう。

王家の使者が何度かモンクレア伯爵家で、モンクレア伯爵令息の声を聞いている」

王太子が従者に「その者を連れて来るように」といえば、従者が急ぎ足で大広間を出て少しばかり、一人の壮年の男性を伴って戻ってくる。

「彼は何度かモンクレア伯爵令息と言葉を交わし、自身の名を名乗り、その名で呼ばれていたそうだ。

間違いなくルシアン本人だと名乗れるのなら、彼の名前も言えるだろう」


王太子の視線がルシアンへと向く。

全ての仕事を庶子に丸投げしていたルシアンでは、答えることのできない質問だ。

王太子の表情も声音も穏やかだ。

だが、確かに隠蔽していた事実を知っているのだろうと思わせる、逃げ道の断たれた問いかけであった。


貴族名鑑の内容を思い出そうとしても、娼館に入り浸っていた頭で浮かぶのは、長く付き合いのある貴族の名前だけと、お気に入りの娼婦の名前ばかり。

そもそも王城に務めているからといって、貴族だとは限らない。

王太子の近くでこちらを見てくる、初対面の男の名前なんてわかりっこない。


「あいにく、滅多に人とは会わないので」

誤魔化しにもならない言い訳を口にしたルシアンから視線を外し、王太子が庶子を見た。

「エタン・バルビエ殿ですね」

淀みなく答えた名前に、やっぱり覚えがない。

当然だ。ルシアンが執務室にいたことなどないのだから。


「バルビエ、どうだ?」

王太子の問いに、名前を当てられた男が庶子へと頭を下げた。

「そのお声、伯爵代行として常に執務室にいらっしゃった方と一致しております。

王太子殿下のお近くにいらっしゃる方が、ルシアン・モンクレア伯爵令息で間違いございません」


どうすればいい。

もはやルシアンを救う最後の希望は父親しかいない。

縋るような目で父親を見たが、額にびっしりと汗をかきながら目を泳がせていた。

ルシアンとも目を合わさぬ父親に、僅かな不安がよぎる。


「もし、オクタヴィア嬢の横にいる彼が偽者だとすれば、ダスクムーア伯爵家を騙していたことになる。婚約破棄になるにしろ、有責はモンクレア伯爵家にあろう。

それに暗部の統括モンクレアの仕事を、赤の他人に任せていたとするならば、モンクレア当主の資質も問わねばならん。

当然、王家の秘密も漏洩させたということになるので、罪も問わねばなるまい」

王太子の口調は変わらず、しかし内容は非常に重たい。

ここでルシアンを選べば処罰すると明言されたようなものだ。


「さて、モンクレア伯爵。心して答えて頂こうか。

貴殿の息子はどちらか?」

今や大広間の全員が固唾を呑んでモンクレア伯爵の答えを待っていた。

重い沈黙が続くこと暫し。


「私の息子は、ダスクムーア伯爵令嬢の横にいるルシアン、です」

絞り出すような声での回答に、ルシアンは瞬く間に衛兵の手によって、冷たい床へと押さえ込まれる。

こちらに背を向けた父親に、父上、と叫んでも振り返られることはない。

物言いたげな庶子と、それから勝者の笑みを浮かべた悪女に、無意識に何かを叫び、次の瞬間には頭に強い衝撃を受けて意識を失う。

そうして、今夜をもってルシアンは、名を持たない罪人へと堕とされたのであった。


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