04. 一緒に悪い人になりましょう?
「どうしたのです?
まるで花が萎れたようですわ」
次のお茶会の日。
前回に懲りて、本物のルシアンが来ることはないだろうという予想通りオクタヴィアの前に姿を見せたのは、彼女が可愛いと思う首無し伯爵令息の方だった。
今日の天気に充てられたかのように、雨粒に打たれて打ちひしがれた花を連想させた。
顔が見えずとも悄然とした雰囲気は伝わってくるものだ。
何が起きたのか詳細は聞いていなかったとしても、察してはいるだろう。
前回のお茶会で起きた騒ぎの後、モンクレア伯爵からは非公式の謝罪がなされた。
非公式なのは、モンクレア伯爵令息を紹介したハートウェル公爵経由であったことと、何事も無く未遂であったこと、そしてモンクレア伯爵家がハートウェル公爵家に報告する時には証拠を全て握り潰し、悪女に睨まれて怯えた女中達を失礼だと解雇したという結末からだ。
ようはオクタヴィアが悪女なのが悪いので、この件についてこちらはそこまで悪くないというのがモンクレア伯爵側の言い分だ。
謝罪の内容は、使用人の教育不足という点だけであった。
「売られた喧嘩は買ってもよいだろう」と父親はご機嫌な様子で好戦的な発言をしていたし、オクタヴィアが立てている計画の為に新しい情報もくれた。
ともあれ、今は目の前の彼だ。
今日のお茶会はさすがにモンクレア伯爵邸の応接間に用意されていた。
どうにも不慣れな女中たちが準備に音を立てる度、ビクリと肩を跳ねさせてはこちらを見てくる。
一体何を聞かされたのかは知らないが、この状況ならば再度モンクレアからの謝罪は必要そうだった。
いつもなら時折姿を見せていた家令も今日は見当たらないせいか、お茶の準備はいつもより段取りが悪いので、準備が整うまでは窓から庭の景色を見ようとモンクレア伯爵令息を誘う。
「今日は雨の音が強くて、でも、窓を開けていつもと違う庭を楽しんでみるのも趣がありますでしょう?」
首から上のない彼の手を取って、窓へと連れて行く。
大きなガラス窓を開けてもらえば、僅かな湿気。それから雨音が部屋の中へと流れ込んでくる。
大粒の雨が開いた窓と外の地を叩くせいか、微かな声では離れた使用人達には聞こえないだろう。
「私は雨の庭も好きですわ。
薄暗く、煙る先にある色を濃くした植物や建物は、輪郭が曖昧なままに、ここに自分がいるのだと主張しているみたいだもの」
手を引いたままだった彼の手に、自身の空いていた手も重ね、上目遣いで見る。
「リアンダー様はどうでしょう?」
雨音に掻き消されそうな声。
それは真横にいる相手にしか聞こえないもので。
震えた手がオクタヴィアの手の中から逃げようとして、けれど逃がさぬとばかりに強く握る。
「いつから気づいていた?」
囁き声は雨音を抜けて耳朶を滑り、耳の中へと入ってくる。
「最初からですわ」
あっけらかんとしたオクタヴィアの言葉に黙ること数秒、張り詰めた空気が緩んだ気がした。
「本当に君は、すごいな」
不意に、後ろでガチャンと陶器が割れる音がする。
二人して振りむけば、一人の女中が真っ青な顔で立ちすくみ、彼女の足下でティーポットが割れていた。
彼女達へと顔を向けた途端に、「お許しください!」と悲鳴にも似た謝罪の声が上がる。
「怒っていないわ。怪我はない?」
穏やかに聞こえるよう注意しながらオクタヴィアが問いかければ、青い顔のまま首を勢いよく縦に振る。
「いやだ、そんなに降ったら首が取れてしまうわ。
とにかく、他の人も怪我をしないように、破片は箒で掃いて集めてちょうだい。
手の空いている人は、家令に新しい茶器が必要だと報告してあげて」
オクタヴィアの指示に、部屋にいる誰もが顔色を悪くした。
報告に行けば、怒られるかもしれないと考えているのが、手に取るようにわかる。
人選を誤った家令の不備であるが、あの家令はそんなことを口にせずに女中のせいだと言うだろう。
「報告の際には客人が割ったとでも言っておきなさい」
見た限りでは高いティーセットを使っていないと思われる。
どうにもあの家令は、オクタヴィアを害する方向に舵を切ったようだった。
バタバタと騒々しく人が出入りし始め、邪魔にならないようにオクタヴィアはリアンダーと共に窓際に戻る。
「それで、どこまで話したかしら」
リアンダーの横に立って密やかな声で会話を再開した。
「君がすごいって話まで」
どこか緊張感の抜けた声音が言葉を返してくれる。
「調べ上げたのはお父様ですわ」
「けれど、君は最初に会った時に気づいていたと言っていた。
初対面の時までは、私のことについて調べていなかったのでは?」
思った以上にリアンダーが聡く、オクタヴィアは笑みを溢す。
「今の会話だけで、そこまで察することのできるリアンダー様の方が素晴らしいと思いましてよ」
お茶会の準備は今度こそ順調に進みつつある。
もう少ししたら、内緒話を切り上げないといけない。
「私のことはどこまで?」
「モンクレア伯爵の庶子であることまでは」
本当にすごいな、というリアンダーの言葉に陰が帯びる。
ルシアンではない自身の立場が、弱いものであることを知られたせいだろうか。
そんなもの、どうとでもできるというのに。
やはり可愛らしい人だと、まだ握ったままだった手の力を緩める。
「リアンダー様。私と悪い人になってくださいます?」
代わりに見えぬ首の上へと手を伸ばして、頬をなぞる仕草をすれば、リアンダーの手がオクタヴィアの手を捉えた。
リアンダーの服の襟が歪に傾いて皺を作る。
それはまるでオクタヴィアの手に頬を寄せる仕草のように思えた。
「信じるよ。
君は私を導く光なのだから」
返された言葉に、オクタヴィアの瞳がきらめきを宿してリアンダーを見上げた。
「本当に? 私、悪女でしてよ?」
茶化すようにオクタヴィアが言えば、珍しく微かな笑い声がリアンダーから聞こえる。
「もし本当に君が悪女だったとしても、汚泥の中から私を掬い上げる手を愛さないはずがないだろう」
それが答えだった。
** *
「王太子殿下におきましては、ご機嫌麗しゅう。
オクタヴィア・ダスクムーア、本日のお招きに参じました次第でございます」
「この度の招きに応じてくれ、感謝する。
学園以来となれば積もる話もあろう。私の婚約者も君に会いたいと言っていたのでな、今日は懐かしい話でもしよう」
王族と臣下らしい、そしてかつての学友らしいオクタヴィアの口上と、王太子からかけられる言葉。
だが、それも一瞬のこと。
「いつもながら外面はよろしいようですわね。
王国の未来を考えますと、大変喜ばしいことですわ」
「オクタヴィア嬢こそ婚約者に逃げられた挙句、今度の婚約者は首無し伯爵令息だろう?
さぞや面白い話が聞けるだろうと、二人で話していたのだよ」
笑顔で交わされる言葉には、たっぷりと皮肉が詰め込まれている。
だが、王城の侍女達は咎めることなく、何食わぬ顔で二人を王族専用の庭へと案内し始めた。
風通りのよい廊下を抜け、開けた中庭の奥、こじんまりしたガゼボで一人の令嬢が待っている。
ソニア・ペルティヨン侯爵令嬢。
王太子の婚約者だ。
オクタヴィアを生まれ持っての悪女と評するならば、王太子の婚約者は可憐な淑女といったところだろうか。
小柄で華奢な体つきは庇護欲をかき立てるが、本人は全くそういうタイプでないことをオクタヴィアはよく知っていた。
「ヴィアちゃん!」
細い腕がブンブンと音が出そうなまでに振られる。
「ソニア様、腕がもげますわよ」
返しながら歩み寄れば、勢いよく抱き着かれ、その横で王太子が嫉妬を隠さずにオクタヴィアを睨みつけてきた。
相変わらずの二人で安心する。
学園時代はオクタヴィアを側近として手に入れようと声をかける姿が誤解され、オクタヴィアが側妃やら愛妾になるといった噂も上がっていたが、三者三様に否定していたことから、結局誰もが不敬だと処罰されてはかなわないと、不埒な噂になるまでには至らなかった。
オクタヴィアと同じく優秀な兄が、王弟殿下に仕えているのを知っていれば尚更である。
学園時代にはカフェにあるテラスで時折見かけられた、ちぐはぐな三人でのお茶の時間が、王城内でも再び設けられる。
学生の時はテストの山や他人の噂といった他愛もない話ばかりだったが、今日に限っては少しばかり内容が政治向きとなる予定だ。
「この度は王太子殿下に協力を仰ぎたいことがありまして」
大輪の花を思わせる笑顔を浮かべて、オクタヴィアが口火を切る。
「当然ですが、ご協力頂いたことによって、未だ周辺がきな臭い王太子殿下の利になることは保証しましてよ」
王太子たる彼には、侯爵令嬢であるソニアの生家の後押しもあり、それだけ見れば揺るぎないものである。
ただ、彼は元伯爵令嬢だった側妃の息子だ。
そして正妃には王太子とは一歳離れただけの第二王子がおり、婚約者は正妃の生家であるハートウェル公爵家の令嬢だ。
従兄妹同士のため少々血は濃いが、後ろ盾としては申し分ない。
王家から見ても血筋が良いといえる。
王太子が今の地位にいるのは、第一子であることと優秀な事、ソニアの生家であるペルティヨン侯爵家が後ろ盾であることに他ならない。
だが、ハートウェル公爵率いる第二王子の派閥も、それなりに大きいことが悩みの種ではあった。
いつだってひっくり返される可能性のある盤上で、派閥に属している貴族であっても信頼を寄せるのが難しい。
中立派は楽なようでいて、王太子である第一王子派と第二王子派が取り込もうと接触してくるので、他人事だと安心できやしない。
結局、誰もが王太子となった人物には、揺るぎない安定を望んでいるのだ。
「それは興味深いね。その悪巧みに乗れば、君は手に入るのかな?」
軽い調子で聞かれるが、王太子とソニアの目は真剣そのものだ。
「私自身は差し上げられませんが、代わりに国王陛下とハートウェル公爵しか知らないお話を少々と、王太子殿下の派閥に新しい家門が入ることをお約束しますわ」
こればかりは運も関わってくるが、そこまで難しいことでもない。
数秒の無言と、王太子とソニアが目配せしながら相談しているのを待つ。
「何が望みだい?」
少しして口にされた質問は、こちらの提案に前向きなのだと教えてくれた。
「次回の王家主催の夜会、私と婚約者を招待して頂くのを忘れないことと、私達に話しかけて頂くこと、それから私が言う嘘に乗ってくださること。
それに各家の当主も別で招待し、ついでに不法侵入する馬鹿を少しだけお目こぼしして頂ければ」
「不法侵入を許すと、後で騎士団の責任が追及されるのだが」
苦笑した王太子からは、それが難しいことを物語っている。
「入れてあげてほしいのは一人か二人だけで、後で特徴もお伝えしますわ。
必要であれば、正規の招待状でないものをご用意頂き、ある者が手に入れられるようにして頂ければ。」
いない方がオクタヴィアとしても計画の進行がスムーズだが、いた方が面白いのは間違いない。
「中に入れた不審者については、そのまま罪に問われても双方痛くも痒くもないですから、問題ございません」
そうしてオクタヴィアはいつもと違う笑みを浮かべる。
黄金の瞳がどろりと光を反射し、獲物を狙う猛禽類を思わせた。
「なにより、一番面白い出し物を目の前でお見せできるかと」
暫くの沈黙の後、彼らの答えにオクタヴィアは笑みだけで答えた。




