◇3.無敵の姫は闘志を燃やす
魔王と婚約しろ、と言われた。
第六王女の私に拒否権などなかった。
「承知いたしました」
私がすべきことは、女王陛下からの王命に、唯々諾々と従うこと。
「魔族と人間の架け橋となる役目、光栄でございます。精いっぱい頑張ります」
世界平和の役に立てるなんて嬉しいですやったあ、と言わんばかりの無邪気な笑顔で口上を述べながら、私は胸の内で闘志を燃やした。
――どうせ魔王の妃になるしか道がないのなら、魔王にめちゃくちゃ気に入られて手玉に取って安泰な地位を確立して、悠々自適の生活を送ってやるのだ! と。
清く、愛らしく、善良で、従順。
これがこの権謀術数渦巻く宮廷を生きていくために、私が「トレイシア姫」のコンセプトとして定めた要素である。
『いいこと、トレイシアちゃん。宮廷はこんなに煌びやかだけれど、中身は猛獣溢れるサバンナなの。弱肉強食の世界なのよ』
今は亡き母は、幼い私を優しく撫でながら、優しい声で語った。
『あなたは私に似て、儚げ可愛い系美少女に生まれました。ただ黙って微笑んで突っ立ってるだけで、さも無垢で純粋で好ましい姫に見えることでしょう。これは大変に強力な武器です』
『ぶき?』
『ええ。可愛いは武器です。可愛いは力です。味方を作れます。使用人たちからは温かい気遣いを受けることができます。騎士団には非公式ファンクラブができます。たくさんの味方が、あらゆる場面で助けてくれます――侍女から成りあがったと蔑まれた側妃が、こうして宮廷で快適に過ごせているのも、たくさんの味方がいるおかげなのですよ』
『みかたはだいじ!』
『そうです。そして可愛らしさで周囲に好ましく思われ――ただ可愛いだけだと侮られなさい』
『あなどられる?』
『ええ。純真を装いなさい。無邪気を前面に押し出しなさい。相手に迎合しなさい。善良で、従順で、自分の美しさに気づいておらず、上昇志向はなく、他人と争おうとしない。そんな可愛いだけの無力な姫を、誰が敵と見做すでしょう?』
母はギリギリ貴族を名乗れるかなというくらい弱小貴族の出身で、元は王宮勤めの侍女だった。しかしその美しさが当時の国王の目に止まり、寵愛を受け、侍女から側妃にまで召し上げられたという経歴を持つ。
国王の妃たちの中で最も家格が下であり、しかも元は侍女だということで、当初は王宮における母への風当たりは強かったのだという。
だが、母も強かった。その強さは逆境において逆襲をしかける類のものではなく、逆境において柔らかに順応していく類の強さであった。
わたくしは全く賢くありません、のし上がる気などありません、あなた方の邪魔などいたしません、何の野心もございません、というか野心ってなあに美味しいの?
……と言わんばかりの人畜無害っぷりを発揮し、他の妃たちにも決して張り合うこともなく、誰からも敵認定をされないことで、熾烈な社交界をふわりふわりと生きていた。
『トレイシアちゃん。あなたは私の宝物。きっとあなたは、無邪気と無知と無害と無垢で装った、無敵の姫になれるわ』
『はい、おかあさま。わたし、むてきになります!』
父である国王が亡くなったり、国王の正妃が女王陛下として政権を握ることになったり、宮廷では日々、色々な変化が起きた。
けれど私は母の教えのおかげで、見た目も中身も可愛い第六王女として、恙なく平和な毎日を送っていた。
母が病気で亡くなったのは、私が十五歳の時だった。
『トレイシアちゃん。あなたはもうすぐ、ひとりになってしまうわ』
『はい、お母様。でも、心配には及びません』
寝台の横たわる母の手に、そっと自分の手を重ねる。
『私は昨日、お茶会で他のやんごとなき令嬢方に嫌味を言われても、全く嫌味だと分かってないですぅみたいなニコニコ顔を崩しませんでした。このクソたわけ詩の引用間違ってんぞボケ、と言い返すのを我慢しました。偉いでしょう?』
『ええ、ええ。とっても我慢強いわ』
『私は今日もとびきり可愛いです。社交界では〝エスタルの金糸雀〟という二つ名を広めることに成功しました。この金色の髪と美しい声にちなんだ名です。もちろん発信源が私ということはバレていません。素敵でしょう?』
『ええ、ええ。とっても可憐な二つ名ね。エスタルの金糸雀ことトレイシアちゃんは、国民からの人気も高いとの噂、母の耳にも入っているわ』
『はい。バレバレのお忍びスタイルで城下町に降りて、迷子の子どもを助けたり木から降りられなくなった子猫を助けたり花屋の看板娘に絡む酔漢をドロップキックで仕留めたりして、困った者がいれば分け隔てなく助けずにはいられない優しい心根のお姫様感を全力で振りまいた成果です。すごいでしょう?』
『ええ、ええ。トレイシアちゃんはもう、無敵のお姫様ね』
『はい、お母様。私は無敵です。ひとりでも大丈夫。だから、心配しないで』
私は母の手を強く握った。
『ええ、ええ。安心してお別れできるわ。ありがとう、トレイシアちゃん』
母は私の頭を優しく撫でた。
『あなたが平穏に暮らせることを、幸せになることを、願っているわ』
――というわけで私の人生の目標は、母が願ってくれた通りの平穏で幸せな生涯を送ることだったのだけれど。
「魔王と婚約しろ」
女王陛下から冷えた声で下された一言により、その人生設計はあえなく崩壊した。
というわけで連載を始めました「翻訳破棄(略)」、
しばらくは夜に毎日1話ずつ更新する予定です。
(なので今夜も更新あります!)
魔王(見た目クール中身お人好し)&姫(見た目ゆるふわ中身したたか)による言語の壁高めラブコメ、ぜひお楽しみくださいませ!
なお、作者の返信によるうっかりネタバレ防止のため、本作は完結まで感想返信を行わない方針です。
でもいただいた感想は、がっつりねっとり五度見の勢いで読ませていただきます!




