■18.魔王、エレクトリカルタカラヅカする
夜。
余はトレイシアと応接室のソファに並んで腰かけ、就寝前のハーブティーの時間を共に過ごしていた。いつもはひとりで飲んでいるのだが、今日はトレイシアを誘ってみたところ、快く「茶ぁしばく、了解」と応じてくれたのだ。
なお、我らは婚約者同士らしく、お揃いのパジャマを着ている。余が白地に青色の縞々、トレイシアは桃色の縞々である。
念のため補足しておくが、これは決して余の私情によるペアルックではない。
世界平和という大義のもとに婚約した我らだからこそ、仲睦まじく過ごすことが大変な意義を持つし、不仲は国際問題にすらなるので、まずは形から仲良し感を作っていこうと意識した結果のペアルックなのだ。決してトレイシアが魔界に手ぶらで引っ越してきたことに便乗して、初めての婚約者という存在に浮かれていそいそとお揃いの色違いパジャマを渡したとかそういうのではない。
「トレイシアよ。余は今、人間界で流行している小説を読んでいるのだが、分からない表現があってな」
「ほいきた。人類代表のわてに何でも聞いてみそ」
「恋人同士が赤い糸で結ばれている、という表現があってだな。そういう儀式なのか? お互いの衣服を縫い付け合うのか? 動きにくいのではあるまいか?」
「あのな魔王様、それ物理的な縫合の話じゃねんだわ。形而上の糸の意図なんだわ。運命の赤い糸で結ばれるなる、甘酸っぺえ思想にして、こう、お互いの小指にだな……」
人間の文化について余が訊ねれば、トレイシアは丁寧に解説をしてくれた。彼女の話を楽しく聞いて勉強しているうちに、ハーブティーの準備が終わる。
「よし、蒸らし時間は充分だな。どうぞ、余の特製おやすみブレンドだ」
トレイシアのカップに湯気の立つハーブティーを注ぐ。彼女は「ええ香りです」と顔を綻ばせた。
「そうか、良い香りか。存分に飲んでくれ」
「だが断る」
「えっ」
「わて猫舌ゆえ、あいや待たれよ」
「そうか。猫舌か」
トレイシアは猫舌。たったそれだけの情報でも、彼女についての知識が増えると喜ばしい気持ちになるから不思議だ。トレイシアは猫舌。うむ。可愛い。
数十秒ほど目を閉じ、猫舌情報の感慨をやり過ごす。再び目を開けると、トレイシアが余の顔をじっと見ていてドキリとした。
いや、視線が微妙に合わないので、どうやら余の角を見ているらしい。そういえば、トレイシアは余といるとき、よく角を見ている気がする。
「どうした? 角が気になるのか?」
トレイシアは余の問い掛けにハッと我に返った様子で、それから「はい」と、はにかみながら頷いた。
「……その、魔王様の角、とってもエレクトリカルタカラヅカするので」
「エレ……タ……なんだって?」
耳慣れなさ増し増しの単語(単語……?)を思わず訊き返すと、トレイシアは律儀に「エレクトリカルタカラヅカ」と繰り返してくれた。繰り返してもらったところで分からなかった。
意図が伝わっていないことを余の表情から察したトレイシアは、天井の照明を指し、「あれもしっかりエレクトリカルタカラヅカ」と言った。次に銀製のスプーンを手にし、「これもまあまあエレクトリカルタカラヅカ」と言った。
知らないうちに「エレクトリカルタカラヅカ」が身近に溢れていたという事実に衝撃を受けている間に、トレイシアは夜空の映る窓を差し、「お星様、とってもエレクトリカルタカラヅカ」と言った。それでピンと来た。
「もしや、『輝く』という意味か?」
「かがやく」
まあまあ会話ができるようになったとは言え、トレイシアの方にも、まだまだ聞きなれない魔族語は多い。我が角を指し、「ぴかー。きらきらー」と音声を付けて手をひらめかせたら、トレイシアは「それな!」と嬉しそうに何度も頷いた。
「輝く。そう。魔王様の角、輝く。とってもエレクトリカルタカラヅカする。初見殺しでお見惚れしました」
「ふ、ふむ……」
見惚れるとまで称賛されて、まあ、その、なんだ、照れた。宝石のような角は高位魔族の誉れである。誉れを誉められて悪い気分はしない。
どんな言葉でこの気持ちを表したものかと黙り込んでいたら、トレイシアが「ふふ」と笑い声を漏らした。楽しくて堪えきれないという風に。
「ほら、また」
トレイシアは再び窓を指した。だが今度は夜空の星ではなく、窓硝子に映るトレイシアと余の姿に指が向けられている。窓に映る余の角は、ぴかぴかと発光していた。
「あ、あからさまに輝いている……!?」




