◇15.いやしかし魔王が可愛い
ともあれ、一度断ったことを今になってお願いするのも恥ずかしいので、魔王がただ親切なだけだと分かった現在でも、侍女の手配を改めて望もうとは思わなかった。
幸い、あまり仕事のできない侍女たち(やる気と真心はある。ドジっ子なだけだ)に囲まれる生活だった私は、身の回りのことは一通りこなせるため、現状そこまで困ってはいなかった。
それに初対面の魔族たちに囲まれて過ごすよりは、こうしてひとりの方が気楽だし、結果オーライかもしれない。
そういうわけで私は強がりでも遠慮でもなく、堂々と魔王に頷いて見せた。
「はいです。ソロ活で問題ねえ」
「そうかそうか。トレイシアはしっかり者なのだな」
ひとりでも問題ないという私の回答に、魔王は感心したようにうんうんと頷いた。
気持ちはあまり顔に出ない魔王だが、仕草はなかなか豊かなので、普通に会話を楽しんでいることが分かる。
真顔でうんうんうんうん頷く魔王は、なんだか可愛らしく見え……いやだから私が魔王を可愛いと思ってどうする。私が可愛いと思わせなきゃいけない側なのに。
邪念と敗北感を振り払い、目の前のことに集中する。
今は魔王との交流を深めるべく、会話を続けることが重要だ。
しかし気合を入れて世間話をしようと試みたら、うっかり素で話してしまった(人事部の節穴野郎共めという本音がうっかり漏れ出た)ので、慌てて自重した。可愛げのない素の自分など知られなくてもいいし、知られない方が確実に好かれるに決まっている。
私の目的は魔王と相思相愛になることではなく、魔王に気に入られること。それを念頭に、これ以上自分の話をしてボロが出る前に口を噤み、あとは魔王から話を聞くことに徹した。相手に好かれる会話とは、相手に話させる会話なのだ。
聞き役に徹し、相手の話に耳を傾け、要所要所で合いの手を入れる。
これぞ好かれる振る舞いである。
宮廷暮らしで身に着けた処世術は、魔王相手でも有効に働いた。
『さすがですね』や『知りませんでした』等の相槌を駆使するのがコツである。簡単な合いの手さえ入れることができれば、機知に富んだ言い回しができない魔族語力の私でも、充分に魔王との会話を盛り上げることができた。
魔王との会話は、意外にも楽しい。
相変わらず魔王は全く楽しくなさそうな無表情かつ淡々とした声だが、やっぱり身振り手振りのリアクションがちょいちょい挟まってくる。
さらに魔族の特性だろうか、なんとこの魔王、光る。
気分の高揚を示すように二本の角が発光することがあり、むしろ目にうるさいくらいの感情表現なのだ。
今にして思えば、初日に「だーいすき♡」とウインクをかました魔王に神聖な後光が差して見えたのは、錯覚でも何でもなく、実際に角が発光していただけなのだろう。
魔王は素直に気持ちを表し、素直に仰け反って、素直に光る。
相手に気に入られるためという打算で会話に臨んだ自分が、馬鹿らしく思えるくらいに、本当に素直に。
受け取り方さえ知れば、彼は本当に情緒豊かな魔王だった。
私から賞賛の言葉を聞いた瞬間に、角がパアッと眩く点灯した時には、あまりの分かりやすさに演技ではなく本気で笑ってしまったくらいだ。
真顔で角をきらきらぴかぴかさせてくる魔王は、なんだか可愛らしく見え……だから私が魔王を可愛いと思ってどうする。
邪念と敗北感と妙にふわふわした気持ちを慌てて振り払っていると、魔王がふいに黙り込んだ。
魔王はこのように、私との会話の途中で時折、目を閉じて沈鬱な様子で黙り込むことがあった。
最初の頃は「すわ逆鱗に触れたか」と冷や冷やしたものだが、対魔王歴も一週間となる今では特に焦らない。なぜなら話しかければ普通に会話が再開するのだ。
今だって目を閉じて「枚挙せねば……」と不可解なことを呟いたきり微動だにしなくなった魔王だけれど、私が声を掛ければすぐにカッと目を見開き、何事もなかったかのような顔で「なんだ?」と応じてくれた。
いや絶対に何事かあっただろうに、あまりにも何事もなかった感を押し出してくるので、いじらしいというか、なんだか可愛らしく見え……。
――だから! 私が! 魔王を可愛いと思ってどうする!
私は優雅な微笑みを保ったまま、心の中で頭を抱えて叫んだ。
全く、なんてことだ。
魔王はきっと、私よりも純粋で、素直で、可愛い。
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