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「ねえ宮下君、お昼何食べる?」
「ええと……」
片手をキッチンのテーブルに手を置いて俺の顔を覗き込む賄さんは背の高さも相まってお姉さんみたいだ。
「スマホばっかりいじってないで」
「親からメッセージ来たんだ」
「あ、そうだったんだ。 ごめん」
賄さんは早とちりしたのが恥ずかしかったのかサッと離れた。 それとなんか少し距離が近かった気がする。
「終わった?」
「うん」
「じゃあお昼何食べたい?」
「そう聞かれると何食べたいかなぁ?」
いつも勝手に出てくるからほぼ自分で決めてないし。
「あ、ホットケーキがあったからホットケーキにしよう」
「は、え?」
何食べたいと聞いといて賄さんはホットケーキに決めてしまった。 じゃあ俺に聞くなよと……
「崩れた……」
「お、おお……」
「しかもふたつとも。 ごめん」
「こういうのは形が大事なんじゃなくて味だから」
なんつー上から目線なフォローなんだ俺は。
フォークに取り一口食べる。
うん、形は崩れてるけど味は悪くない。 そもそも出されたものに文句を言うタイプじゃないし全然平気だな俺は。
「ほら、普通に美味しいよ」
「…… うん、普通に美味しいけど」
何か言いたげに賄さんの目線がチラチラとする。
「どうしたの?」
「あ、ううん。 宮下君って料理もまともに出来ないあたしの料理で満足してるのかなって」
「まともに出来ないって言っても賄さん色々作ってくれてるじゃん。 ビーフシチューとかサンドイッチとかさ、俺だけだったらカップラーメンとかコンビニの弁当だけになってると思うしたまたまそのうちで上手く行かなかったってたまたまなんだし」
「優し…… んんッ! 大人だね宮下君って」
見た目が俺より大人っぽい賄さんに大人と言われるとむず痒いというかなんというか。 てか大人なら日曜日のアニメとか見てない気もするけど。
それから午後はリビングでボーッとテレビを見ていると賄さんは洗濯機の方へ向かって行った。
洗濯物か。 んん? 今まで賄さんがササッとやってしまってたけど俺の下着も洗濯機の中に入っていたぞ? ま、まさか!!
俺も賄いさんの行った方へ向かうと洗濯機から洗い終わった洗濯物を取り出しているところだった。
「洗う物もっとあった?」
「い、いや違くて」
「あッ」
俺は賄さんの持ってた洗濯物から物を漁るとそこには見慣れない女物のパンツが……
「こ、これ賄さんの……」
俺が手に持つそれを賄さんはパッと奪い取って後ろに隠した。 その場で硬直した俺はサッと通り過ぎていく賄さんを追うことはなかった。
やってしまった、俺でさえパンツを見られたくなかったのに女子はもっと嫌だろう。 これがクラスの中だったら俺はずっと変態と呼ばれていたに違いない。
そして予想通り気不味い沈黙がやってきた。 賄さんにリビングで会うと賄さんは俺を避けるかのように部屋に行ってしまった。
さっきまではほんの少しいい感じに話せていたと思った矢先にこれだ。 だが……
ドタバタと階段を慌てて降りてくる音が聴こえた。
俺の居るリビングの壁に手をついて「はあはあ」と息切れをしている賄さん。 一体どうしたんだ?
「どうしよう……」
「へ?」
とても深刻そうな顔でどうしようといきなり言われても俺がどうしよう?
「何かあった? ゴキブリ出たとか?」
「ゴキブリは割と平気…… じゃなくてしーちゃん来るって」
「…… は?」
高野が来るってどういうこと? 俺の家に!?
詳しく賄さんに聞いてみると部屋にいる時に電話が掛かってきて慌てた賄さんはろくに上手いことも言えずに向こうが「じゃあそういうことで」と電話をブチってしまったので取り繕う暇がなかったと。
「一体どうしたら……」
「正直に言えば?」
「ダ、ダメッ! それはダメ!!」
いずれバレそうな気がするけど。 他の人にバレなくても仲の良い高野には隠そうとしても無理があるとしか思えない。
…… いや、普通に賄さんからしてみたら俺なんかの家に厄介になってるなんて死んでも言いたくないかも。 でも2年だぞ?
「えっと…… ゆくゆくは話そうと思う、でも今はなんかその、恥ずかしいし心の準備もまだだし。 しーちゃんいっぱい質問してきそうだから」
ああ、なんかわかる気がする。 高野って堂々と前園に言い合えるくらい気が強いし逆に俺にブチ切れてきそうな気がしないでもない。
「でもそれなら大丈夫」
「何が大丈夫なの?」
少しムカッとしたように睨まれた。 別に変な意味じゃないよ……
「賄さんはその気になれば家に戻れるでしょ?」
「あ!」
賄さんがそうだったという顔をする。 家の鍵は賄さんが持っているわけだし高野が来る時だけ……
「ああッ!!」
「え!? 何かやっぱり問題?」
言ってて俺が気付いて声をあげたので賄さんが不安そうな顔をする。
そうだった、賄さんは家の鍵を持ってるんだから四六時中俺の家に居る必要もないじゃないか、家はここからちょっと離れてるけど普通に帰れる。
なんなら俺達いっそこのまま各自、自分の家で過ごしててもなんら問題ない。 このことに賄さんは気付かないのだろうか? てか俺も今言ってて気付いたんだし預かるという言葉でそのことには一切疑問を持たなかったのか??
「み、宮下君??」
「あ、ううん。 なんでもない、それより賄さんは急いで自宅に戻って居るフリをしてないとマズいじゃない?」
「そうだった、早くしないとしーちゃん来ちゃう」
賄さんはそれどころじゃないようで急いで玄関の方へ走っていった。
「気を付けてね」
「夕飯作らなきゃいけないから早めに帰ってくるね」
「え?」
「うん?」
俺がそういうことを考えていたから賄さんの言うことに疑問系になると賄さんは不思議そうな顔をした。
「ううん! 上手く行くといいなって思ってただけだよ」
「そんな風に言われると今日誤魔化せるか不安になってきた…… どっちかって言うとしーちゃんに嘘つきたくないし」
「ま、まぁゆくゆくは話すんでしょ?」
「うん。 あ、こんなことしてる場合じゃない。 行ってくるね」
賄さんはダッシュで玄関から出て行き俺はその姿をボーッと見守っていた。