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「さて、残るはあんただけだな、射命丸さんよ」
ムラサは天狗を見た。
皆の視線が一斉に集まる。
恐らくこの場にいる最後の情報秘匿者だ。
射命丸は、椅子に座ってペンをくるくる回しており、まったく動じた様子がない。
「…え、私ですか?」
「他に誰がいるよ」
「いやー、ミステリアスな女はモテモテでツラいですなぁ」
「いや、モテてねーよ。ミステリアスでもねーし!」
ムラサは間髪入れず突っ込んだ。
「ナニモカクシテイマセンヨー」
射命丸は棒読み風に言った。
「まあ、いいや」
ムラサは視線を外した。
何を言っても軽く受け流される。
だから、こいつにしゃべらせようとはしなくていい。
なんらかの形で情報が入ればいいのだ。
ムラサは考え方を変えた。
質問を続けて何か漏らすのを待つ。
「天使の軍勢が火星に石板を設置したのは知ってたんだな?」
「いえ、今回初めて知りました。取材はやはり現場に行かないとダメですねぇ」
「守矢の神様たちは事情を話せないようだった。それは神様の間で不可侵条約みたいなのがあったからじゃないのか?」
「まさに神のみぞ知るってヤツですね」
「漢詩について専門家に聞いてみた。初心者は五文字×四句か、七文字×八句ってのをやるのが普通だって話だ」
「はあ、そうなんですか?私もその辺の事には疎くて、よく阿邱さんに怒られてます」
射命丸は、わははと笑った。
確かにそういう場面があった。
だが、天狗の事だ、それくらい仕込んでるかも知れない。
「四文字×四句、これになにか意味があるのか」
ムラサは質問を続けた。
「おいおい、まってくれよ、その話聞き捨てならないな」
魔理沙が割って入ってきた。
「四文字と言えば、その界隈じゃ意味するところが決まってる」
「そうですね」
永琳も分かってるようだった。
「四文字ってなにを意味するんだ?」
ムラサは聞いた。
「仏道にいるお前が分かんなくてどーすんだぜ」
魔理沙は、やれやれというジェスチャーをする。
「四文字ってのは、天使の主人、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神でもある存在の事だ」
「ヤハウェ、綴りが四文字で表記されることから、そう言われるわね」
永琳が説明した。
「おや、皆さん、話が飛躍してませんか?」
射命丸は魔理沙達には構わず、
「どうやって私がそんな事を示唆したって証拠ですか」
「…まあ、認めないか」
四文字はヤハウェ神を指す。
ヤハウェ神は天使達の主人。
つまり神の軍勢たる天使達が襲撃してくる、という事につながるって訳だ。
(…てことは、随分と前から伝えようとしていた訳か)
ムラサは思った。
(私がバカだから気づけなかっただけだな)
「しかし、天狗がなんで、そんな事を…?」
ムラサは頭がこんがらがっている。
「簡単さ、鬼も天狗も土蜘蛛も妖精も元は神なんだ」
魔理沙は答えた。
「人々の信仰を失って、幻想郷に逃げ込んだり、隠居したりしたから、妖怪の一種になっちまってるがな」
「そうね、その世界に通じてるのはあるわね。独自のネットワークを持っていても不思議はないわ」
永琳も同意する。
「あ、ちなみに月人はあくまでこの宇宙の生物だから、人類と同列の存在よ?」
「仙人とかは?」
ムラサはちょっと気になったので聞いてみた。
良い機会だし、知識が足りないのも癪だからだった。
「仙人は人殻から神殻へ魂を移し替えて成る存在ね。神仙として神々に参列するとホントに神になるわね」
永琳はチラリとフトをみてから言った。
(そういや、フトは尸解仙なんだっけか…)
ムラサは仕事の合間の雑談で、そんな事を言っていたのを思い出した。
「あいにく私は、天狗がどういう系列の神かはよく知らないけどな…」
「あら、魔理沙、勉強不足ね」
永琳は言った。
「天狗の起源はシルクロードを通って古代オリエントまで遡れるのよ。古代オリエントと言えば、翼を持つ鳥みたいな存在は1つしかないわ」
「飛天とかガルーダとかそういうヤツか?」
「インド経由で入ってきたのはそうね」
永琳はうなずく。
「ヨーロッパではエロス、ヘルメス、ガーゴイルとかね。有翼天人の壁画などに代表される翼を持つ神は、古代オリエントから各地に伝わったのよ。日本では白人のイメージと混ざってしまったようだけどね」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
魔理沙は慌てた。
何かに気付いたという感じだ。
「そんじゃ、なにか?天狗のルーツはエンジェルだってのか?」
「えー、知りませんでしたー!」
射命丸は驚いている。
(なんか、イラッとするな、コイツ…)
ムラサは殺意を覚えた。
「正確には、エンジェル族の中の一派というところね」
永琳は講義でも始めそうな雰囲気である。
実際、ムラサは永琳先生の講義を受けていたから、あまり違和感がない。
「何にでも派閥というのはあるのよ。ルシファーは当然しってるわね?」
「それを知らないオカルティストなんているかぁ?」
「ルシファーは神に敵対して堕天した、この後に出てきたのはミカエルね」
「ああ、そうか。ルシファー派とミカエル派の争いって言いたいのか」
「理解が早くて助かるわね」
永琳はニッコリ。
「魔理沙も宇宙軍に入ったら…」
「やだ」
魔理沙は即座に拒否。
「…堕天した後は地獄で実力者になる。まあ、ルシファーだけでなく勢力争いに敗れた派閥はだいたい堕天したことになってるわね」
「グリゴリとかか」
魔理沙は言ったが、ムラサにはまったくわからない話になってきたので傍観せざるを得ない。
「地獄というのは悪魔がひしめき合ってる場所。これ、何かに似てると思わない?」
「んー、強いて言えば幻想郷みたいだな」
「そう。古今東西の妖怪が集まる幻想郷に引っ越してきたエンジェル一派は天狗と名乗った。幻想郷に来る前は日本各地の山岳などに隠れてたようだけどね」
「ななななにを根拠にそんなことを!」
射命丸はモロに動揺していた。
「根拠はないわ、ただの仮説よ」
永琳は肩をすくめる。
「で、天狗が天使と戦う訳か?アルマゲドンなのか?」
魔理沙は詰め寄ろうとしたが、
「アルマゲ丼?」
ムラサは違うところに興味をそそられたようだった。
「うまそうなのだー!」
芳香が反応する。
「丼ものじゃねーよ!!」
魔理沙が叫んだ。
*
月の都基地。
「連盟はあなた方と一緒に戦う方針です」
セドミックが言った。
対面には依姫が座っている。
「それはありがたいのですが…」
「気にしなくてもいいのです。これは連盟の利益を追求すればこその決定ですから」
「…はあ、そうだとしても我々と一緒に戦って頂けるのなら心強いです」
「ええ、その代わり、連盟は月の都を連盟の一員として加入させるでしょう」
「…正直、それが良いことなのかわかりません」
依姫は視線を落とす。
(月の民はプライドが高い。牛後となるのを良しとするだろうか…?)
「月の都の民意を反映すれば良いだけですよ」
セドミックは続けた。
「連盟の都合はこの際、関係ありません」
「……なんで」
依姫は言った。
「なんで、そんなにアドバイスしてくれるのです?」
「既に言いましたが、我々はあなた方と共存するのが目的です。悪い言い方をすれば、あなた方を飼い慣らして利益を得たいのです。良く言えば、共に発展してゆこうという訳です」
「なるほど論理的だ」
依姫はセドミックを見た。
「それに誠実ですね」
「例えばビジネスを営むのに毎回、相手から金を巻き上げるような事をすると短期的には利益になりますが、長期的には不利益に陥る可能性があります。誠実さは長期的な利益を見込んでいるからですね」
セドミックはここでいったん話を切る。
「…私はこう思います。あなた方の方が純粋な意味で誠実だと」
「私はあなたを人質にしようとしましたが?」
「利益を追求するならば、連盟の力を利用するでしょう。それをせずに私達を外の世界へ返そうとしていたじゃありませんか」
「そう言われると、そうかもしれませんが…」
依姫はあまりこうした話は好きではなかった。
単純明快、力で叩く、そういうのが好みだ。
セドミックの話す内容は分かるが、複雑でこんがらがる。
それに実力で排除しようとした手前、気が引けるのだ。
「つまり、あなたは優しい娘さんなのですね」
「えっ?!いや、その…」
急に振られて、依姫は慌てた。
「それは何かの冗談ですか?」
「トライアイ人は冗談など言いません」
セドミックはきっぱりと言い切った。
「私にも娘がいます」
「はぁ…」
「あなたを見ていると娘を思い出します」
トライアイ人は長寿だ。
しかし、月の都はさらに長い年月を生きている。
半永久的といっても良い。
実際、依姫よりセドミックの方が年下だ。
だが人生の内容を言えばどうだろうか?
月人は穢れを避け、清い生活をすることで長い時を生きる事が可能だ。
しかし、それは言い換えれば無味乾燥な人生と言える。
苦労や成長をして人格が老成するというプロセスがない。
連盟の人間を目の当たりにして、その違いは依姫の心に焼き付いてきている。
(多分、楽しいのだろう)
(老いてゆく代わりに経験や知識が積み重ねられる)
(我々が欠いたものなのかもしれない)
(姫や八意様は…)
(月の民は果たして正しいのだろうか?)
依姫の心にとめどなく思いが浮かぶ。
「失礼、あなたの方が年上でしたね」
「歳の話はしたくないですね」
依姫は言って、
「これも我々を懐柔するためのやり方なんでしょうね」
「もちろんです」
セドミックはうなずく。
「ですが、本心でもあります」
(…連盟というかセドミック司令官は一貫している)
(本心なのだ)
(自分たちの利益のためにやっているが、同時にそれは相手の事を考えていもする)
依姫は、なんとなくではあるが得心していた。
*
「コイツはここに置いて監視な」
魔理沙は横目で天狗を睨んでいる。
「えー、人権はどこに言ったのですかー」
「人じゃないだろ」
「そうではなくて、ですねー」
射命丸は騒ぐが、皆に無視された。
「ムラサ、大丈夫なのか?」
パープルは、じっと見守っていたが、耐えきれなくなったのか声をかけてくる。
「大丈夫ですよ、船長。天狗は煩いですが、肝も据わってますし、ちゃんと礼節もわきまえてますから」
「いや、拘束されたとかで後に問題にならないかと…」
「天狗はそんなにせせこましい事で騒がないよなー?」
ムラサは射命丸を見る。
「え? も、もちろんですとも。大人しくしてますよ、ほら」
射命丸はパッと態度を変えた。
(掌を返すというのはこの事だな)
その場の皆が思った。
*
「船長、天使軍の活動が落ち着き始めています」
イズマックが報告する。
火星では、ゲートから現れる天使が急に途絶えていた。
だが、ゲートはまだ存在している。
「太陽系方面軍というところだな」
パープルがため息をついた。
約100万の軍勢など考えたくもない。
天使軍の船よりも、エイラクマルの方が遥かに大きいので、緒戦は問題ないだろうと思われる。
『ハープより船長へ。電送装置、転送装置に対して妨害が働いているようです』
電送室のハープから報告が入った。
「もっと詳しく頼む」
『電送を滞りなく行うために、電送波の定期受送信というのを実施しています。今しがたそれを行おうとしたのですが、月の都基地より送信がなく、こちらから送信しても受信された様子がありませんでした』
ハープは事務的に説明する。
「へー、電送室でそんな作業してたんだ」
ムラサは感心している。
『いや、ムラサは知っとけよ』
アズマが通信機で突っ込んだ。
「電送できないということか」
『電送で戦力を総大将の目の前に投入して制圧といった戦法を封じたいのでしょう』
「ハイバグがよくやる戦法だったな」
パープルは唸った。
ハイバグは敵性種族のため連盟と交流はないが、独自に高度な技術を有しており、連盟が欲しがる技術は多い。
「イズマック少佐、念のためシャトルの確認をしておいてくれ」
「はい、船長」
イズマックはすぐ格納庫へ通信する。
「ムラサ副長、引き続きブリッジの指揮をしてくれ」
「はい、船長」
ムラサは船長席へ腰をおろして、スタッフとやり取りを始めた。
「ムラサって、結構偉い地位なのな…」
魔理沙がちょっと驚いたようだった。
「幻想郷の有志諸君はアドバイザー兼ブレインとして、引き続きご協力ください」
パープルは、そう言って会釈をする。
「了解しました、船長」
永琳が代表して返事をした。
*
河城工業、月の都工場。
「進み具合はどうかしら?」
顔を出したのは八雲紫だった。
スキマで移動してきたらしい、相変わらず突然現れる。
「ぼちぼち、と言いたいところですが…」
カッパは難しい顔をした。
「こんな複雑な機構は初めてだし、いくらニトリの設計って言ってもウチらだけじゃカバーしきれませんよ」
「それでも、かなりできてるじゃないの」
「ガワはできますよ。でも内部機構はそうは行きません。だいたい技術的なブラックボックスが多すぎるんですよぉ」
「文句は後で聞くわ」
紫は取り合わない。
「連盟の技術者を寄越すから、なんとか仕上げてちょうだいな」
「えー、まだ工期キツくするんですかぁー?!」
「まあまあ、報酬もはずむから、外の世界でのバカンスもつけるから、ね?」
「むー、やりますよ、やるしかないんでしょう? その代わり、報酬&バカンスですよ!」
カッパが殺気だって詰め寄る。
「うん、オーケー、オーケー。頼むわね!」
紫は逃げるようにして、スキマの中へ消えた。




