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新人教育のために、また太陽系内の調査が始まった。
無味乾燥な繰り返しの作業である。
「船長の気持ちがよく分かったよ」
ムラサはげんなりしていた。
「作業に面白さを求める方が間違っている、非論理的だ」
イズマックが咎めるように言う。
「副長、これはどうやればいいのじゃ?」
フトが聞いてきた。
「あー、それは…」
ムラサは手解きをする。
「ムラサ中尉、そういうのはストリングスに任せておけ」
そこまで言って、イズマックは気付いた。
「…ストリングスはどこだ?」
「会議に参加してます。船長が乗組員を集めて会議中です」
火器管制席に座っているツインテ娘が答えた。
ニトリだ。
「そうか」
「君は機関室のカワシロだったな」
「そうです」
「スキャンのやり方は分かるか?」
「わかります」
「では、フト少尉とコマチ少尉にスキャンについて教えといてくれ」
「了解です」
ニトリは敬礼。
外の世界出身の隊員の任務を縮小してゆくのは、既に規定路線になっていた。
軍は最低限の人員だけを残して、外の世界へ戻す計画を立て始めている。
その一環として、今回のようにできるだけ幻想世界出身者で船を動かす試みを行っている。
ブリッジはムラサ、医務室はてゐ、機関室はニトリ、という風に担当を決めて任せる。
電送室、ラボなどは今のところ適任者が居ないので、これまで通りだ。
「ばーちゃるどくたー?」
てゐはオウム返しに言う。
「そう、例えば不慮の事故で医者が不足した時のために設置されている機能だ」
医師の資格を持つ士官が答える。
「ホログラム映像なので患者に触れたりはできないのだが、各種医療システムと組み合わせることで、医師不在の緊急時でも治療を継続しようという試みだね」
「AIってヤツかウサ」
「一言でいうとそう」
医療士官はうなずく。
「ちなみに初めて導入された頃は厳つい無愛想なオッサンだったそうだが、すごく不評でねぇ。すぐに新型に差し替えられたんだ。今は人当たりの良い女性らしいよ」
「ふーん、そのヴァーチャルドクターで今後の活動はなんとかしろってことかウサ」
「いや、緊急時だけだよ」
医療士官は答える。
「どんなに幻想郷出身者を優先的に採用しても、最低限必要な人員は残さないとダメだからね」
「なら安心ウサね」
「うん、こないだのような宇宙船級の敵性生物がいると分かった訳だし、医務室の経費を削減するのは自殺行為だよ」
「そういや保安部も現状維持らしいウサね」
「だろうね、削っちゃ困るところを削ってしまって隊員達を死なせた例は多いようだし」
「やっぱ上がクソなのは万国共通かウサ」
*
フログ商会との定期会議が開かれた。
エイラクマルは一旦、月の都基地へ戻り、基地に滞在しているフログ商会の面々を招き入れる。
主だったメンバーがブリーフィングルームに集まった。
『我々には貴連盟のようなVR装置がないのは、ご存じの通りです』
タオが言った。
アンフィビア商工連合の文化圏では、連盟のような仮想現実空間を作り出し、その中で活動するというアイディアは生まれていない。
『貴連盟には、大規模な仮想現実空間を作り出すものがあるそうですね』
「VRルームですね。当船には設置されてませんが、他の船には搭載されている場合が多いです」
パープルが言った。
「もちろん、お望みなら交換対象として考えましょう」
『はい、そうして頂けると幸いです』
ミンがうなずく。
『VRルームなら亜空間トンネル式ジャンプ技術と交換するに足りうると考えます』
『VRルームで我々の天堂を作り出せれば、辛い宇宙の旅が少しばかり快適になるでしょう』
タオは両手を上げて天を仰ぐ。
天堂は漢語でいう天国のことである。
「それは嬉しいのですが…」
パープルは言いにくそうに話し出した。
「VRルームに代表されるVR技術には注意事項があります。我々は副作用と呼んでいます。一言でいえば中毒患者がでやすいのです」
『中毒ですと?』
タオが怪訝な顔をした。
「そう。VR空間では、現実世界より遥かに理想的な環境を作り出すことができます」
『まさにその点が魅力ではありませんか』
『中毒患者などとは、にわかには信じられません』
「理想的な環境過ぎるのが問題なのです。一部の者は現実世界よりもVRルームで作り出した世界に入り浸り、そこから出るのを拒むようになります」
『ううむ、まさかそんなことが』
『あり得るのですか?』
ミンとタオは唸った。
VRルーム中毒は社会問題の一つとして取り上げられている。
21世紀ではネトゲ廃人という名称で知られていたが、24世紀現在においてもずっと抱えてる問題だ。
人類という生き物が根本的な部分で持ち合わせているバグと言えるだろう。
宇宙軍においても、時折隊員が中毒となり問題化している。
「…といった事例があります」
パープルは実際に起こった事例を説明しながら、VRルームの抱えるリスクを伝える。
「これらのリスクを承知で…というのであれば、VRルーム技術をお渡しするのはやぶさかではありません」
『なるほど、本国に伝えて検討した上で返答いたします』
ミンは若干、慎重になったようだった。
*
「人は何が目的で仙人になるのです?」
イズマックは質問した。
「…古代中国の世の中は酷いもんだったでしょう?」
青娥は溜め息。
「それは、精神ジャックで垣間見ました」
「あらゆる苦痛が民を襲う、人々はそこから逃れたいと思うのよ」
「ふむ、逃避…いや、避難というべきかな」
「そうね、人の身を捨て去って自由を手に入れたいと考えるのよ。不老不死、不老長寿、呼び方はどうでもいいわね。逆に言えばそれだけ死が身近にあったのよね」
「興味深いね」
イズマックはお茶をすする。
「人の社会が遥かに未熟だった時代では、救済のためにこういう超自然的なものがあったの」
青娥はレモネードを飲んでいる。
気に入ったらしい。
「にしても、初めて実際に仙人となった者とお会いしました」
「幻想世界では霊的な体を有する生き物がいるわね」
「ええ」
「これに似た体を自分で作り出すのよ」
「それはどんな方法なんです?」
「生まれた時点で、霊力が一定の量に達してないとダメなのよ。これは骨に現れると言われてるわね」
「骨相というやつですか」
「そう」
青娥はそこで笑って、
「ジョークじゃないわよ?」
「わかってます」
イズマックは肩をすくめただけだった。




