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ムラサは太陽系内の探査を繰り返し行っていた。
実際に作業するのはコマチとフトなのだが、この2人は機械やコンピューターに不慣れであった。
幻想郷の妖怪などは、これが普通であって、ムラサとてゐが特殊と言える。
妖怪が得意とする術は感覚的操作がメインで、悪く言えば大雑把。
精神的な面では繊細な一面もあるが、だいたいこのぐらい、どんぶり勘定でやっても支障がない。
外の世界の科学は理論と工程が大事である。
妖怪などは厳密に、正しく、というのが苦手なのが相場だ。
まあ、『式』のように計算機として扱われる存在もいるが、少数派である。
ムラサは根気よく新人2人に機械操作を教えていった。
工程を教えて、実際にやらせてみて、分からないところを一つずつなくしてゆく。
繰り返しの反復練習しかない。
反射で操作ができる所まで繰り返す。
1ヶ月もしたら、2人ともテキパキとこなすようになっていた。
「フト、火星をスキャンしてくれ」
「わかったのじゃ、副長殿」
「コマチ、スキャンデータをラボへメールしてくれ」
「アイアイサー」
フトとコマチはすぐに指示通りにこなして見せた。
「船長、そろそろ太陽系外に行けます」
『結構、時間がかかったな』
コミニュケーターから、パープルの声がする。
「その代わり、みっちり仕込みましたので、腕前は保証します」
『いうじゃないか、ムラサ中尉』
パープルが『ふふふ』と笑う。
『前回の航行では鉱物生命体にでくわしたっけな』
「前回の失敗を糧に、星図のリマーク欄のコピーは完了してます。それから囮用の燃料も準備してあります」
『よし、では航行計画は任せたぞ』
「はい、船長」
ムラサは軽く敬礼をして見せた。
と、その時、前方の操舵席で、さっと何かを抜き取る動作が目に入った。
コマチだ。
(ん…?)
ムラサは目を疑った。
(なんだろう。まさか、なにかやってるのか?)
ムラサの心中で、激しい疑念が沸き起こった。
「少し、休憩にしよう」
ムラサは言った。
「ストリングス、ニトリ、交代で入ってくれ」
『ラジャー』
『へいへい』
二人がコミニュケーターで返事した。
「イズマック少佐」
ムラサは休憩の時間を使ってイズマックに話しかける。
「うん?」
イズマックはコンソールをいじったまま返事をする。
「なにか変わったことはありませんか?」
「…それはどういう意味だ?」
「さっき新人がなにか怪しげな行動をしてました」
「……」
イズマックはしばし沈黙。
「重要ファイルが開かれた形跡がある…と思う。気のせいと思って報告はしてないが」
「……どういうことでしょう」
ムラサは首を傾げた。
「推測だが、幻想郷の勢力の中には連盟に不審を抱くのもありそうだな」
「ないとは言い切れませんね」
ムラサはうなずく。
「率直に聞く、君は連盟に対してそのような感情を持っているかね?」
イズマックはムラサを見る。
その眼差しからは理性しか感じない。
「私は、連盟は幻想郷と共存できると思っています」
「……信じよう」
イズマックはコンソールに視線を落とした。
*
コマチはダウンロードしたファイル群に目を通していた。
分校で永琳先生に知識を叩き込まれたお陰で、そのファイルの大まかな内容と必要か否かは判断できる。
コマチの仕事は簡単だ。
連盟宇宙軍の持つ情報を入手し、閻魔府に伝える事だ。
そのため表面上ではサボり過ぎてクビにされたことになっている。
仕事に溢れたので、ちょうど生徒を募集をしていた分校に入ったという筋書きだ。
「…分析データばかりだ」
コマチはつぶやく。
「もっと上役の管理する情報がいるな」
休憩を終えてブリッジに戻ると、コマチはムラサに話しかけた。
「副長、操舵以外の仕事もやってみたいのですが」
「ああ、それはいい心がけだ」
ムラサはニヤリとして見せる。
「イズマック少佐、この娘が情報管制を学びたいそうです」
「うむ、色々と学ぶのは良いことだ」
イズマックはコマチを手招きする。
しばらくイズマックの講釈が続き、コマチはしっちゃかめっちゃかになりながらもついて行く。
完全に教わる側の事を考えていない教え方だ。
「ぐへぇっ…!?」
コマチは頭がパンクしそうになって、白目を向いた。
「なんだ、もう音を上げたのか」
イズマックは白けたかのように、ため息をつく。
「そんな様子では情報管制は任せられんな」
「くっ…ま、まだやれます」
コマチは少年漫画の主人公のように熱血してみせた。
「ふん、根性だけはありそうだな」
イズマックもかなりキャラを作っているようだった。
「だが、そろそろ休憩にしよう。こんな序の口で壊れてしまったら、この先指導ができないからな」
「は、はぁ…、わっかりました!」
コマチは、半ばやけになって言った。
イズマックの指導が半端なく厳しかったせいで、だいぶ混乱してしまったが、ようやく休憩になった。
コマチはこっそりコンソールのスロットにメモリースティックを差し込む。
他の隊員達は自分の仕事で忙しい。
この隙に重要データを取り出すべきだ。
ダウンロード、30%…50%…80%…100%
(よし、終わった)
コマチはメモリースティックを抜き取る。
「あれ~、なにやってるの、コマチ?」
耳元で声がした。
ぎょっとして、振り向くとそこにはムラサがいた。
「副長!?」
「ひょっとして、ひょっとすると、まさかまさか、データを盗んじゃってるのかなぁ~」
ムラサは意地の悪そうな顔で、ニヤニヤしている。
「ま、まさか、そんな」
コマチは咄嗟に言い逃れようとする。
「やましいところがないのかな?」
「もちろん」
「じゃあ、メモリースティックを見せてもらってもいいよね?」
ムラサはコマチの手にしたものを差す。
(ぐっ…これを見られたら…)
「……こ、これは」
「あれ~、ダメなのかな?」
「くっ…」
「保安部、一応ブリッジに来てくれ」
『うっは、最近出番多いな、すぐいくぜ!』
ムラサが通信機で保安部を呼ぶとすぐに返事がした。
*
「これはどういうことだ!?」
パープルは拳をテーブルに叩きつけた。
ブリーフィングルームに関係者が集められている。
「はぁ、お察しの通りです」
コマチは既にふて腐れ、開き直っていた。
バレたのだから懲戒免職だろう。
そう覚悟を決めていた。
「私はこういったことが一番残念なのだ!」
パープルは珍しく激昂していた。
「まあ、如何様にも処分して下さい」
コマチは諦めモードである。
「なぜ探るような真似をする!聞きたいことがあれば聞け!連盟には答える用意がある!」
パープルは断言した。
「え?」
コマチは一瞬、訳が分からないという顔になる。
「星間連盟は君たち幻想郷の人々と共存を望んでいる。幻想郷出身者を採用するのはそのためだ」
「人件費削減のためだとばかり…」
イズマックがつぶやく。
「そういう理由もある」
パープルは渋々ながら、うなずいた。
「だが、それだけではない。連盟のもつ技術やシステムを惜しむことなく伝えるのは友好と信頼の証だ。ぶっちゃけ、その結果、幻想郷や月の都で独自に宇宙軍を編成してくれたらいい。連盟は歓迎する」
「経済交流や文化交流もできますしね」
イズマックが補足する。
「そう、我々人類は進化したのだ」
パープルは言った。
かつて暗黒の時代が、人類にはあった。
人類は間違いだらけの歴史を歩んできたが、24世紀になると理性で社会を統制できるようになった。
24世紀に生きる人類はこの考えを誇りとしている。
「ごほん」
パープルはそこまで言ってから、咳払い。
落ち着きを取り戻そうとしている。
「とにかく、聞きたいことは何でも私に聞くように。船長権限で許可する」
「しかし船長、コマチの罪はどうします?」
イズマックは補佐役として言わねばならぬ事を言った。
たいしたデータではないにしても、情報の盗みだしは軍の規律に違反している。
「我々宇宙軍は外交の仕事も任されている、そうだな?」
パープルは少し間をおいて、言った。
「はい、探索先で異種族にあった時、外交官がいないので交渉ができません、などとやっていたら手遅れになりかねない訳ですから…」
イズマックは急に目を見開く。
「まさか、この件が外交だとおっしゃるつもりですか?」
「連盟と協定を結んでいるとはいえ、幻想世界の住人は異なる文化圏の人達だ、そうだな?」
パープルはニヤリとした。
「ですが、船長。士官は軍の規律に従うべきです」
「もちろん、今後はそうしてもらう。情報開示をして尚も盗み出そうとするのは悪意があるということだからな。だが、今回は最初の文化摩擦という可能性が高い。そう思わないか?」
「…船長がそうおっしゃるのであれば」
イズマックはあっさりと引き下がった。
「なんだ、もう引き下がるのか」
「船長がお決めになった事にとやかく言っても仕方ないですからね」
「コイツ、責任を私に押し付けたな?」
「船長というのは元々から責任ある役職です」
「ふん、もちろん、そのつもりだ」
パープルは胸を張る。
イズマックはその後ろでクスリと笑った。
トライアイ人が感情を見せるのは非常に珍しい。
「という訳だ、コマチ少尉、貴官は無罪放免だ。それから、知りたい事があれば私にいいたまえ。船長権限で教えられるところまでは開示する」
パープルはコマチに言い渡した。
コマチは予想外の展開に、ぽかーんとしている。
「だが、次に情報を盗めば罪に問われる」
「は、はぁ……」
コマチはそれしか言えなかった。
*
ブリッジ。
「今頃、コマチのやつ、こってり搾られてるだろうなぁ」
ムラサが言った。
「スパイとは思いきったことするウサね」
てゐがその隣で言う。
つまらない事しやがって。というニュアンスがにじみ出ている。
コマチの件で医務室にいづらくなったので、ブリッジに来たのだ。
トライアイ人であるイズマックは平然としていたが、人間の隊員には幻想世界出身者に軽蔑の感情が生まれていた。
パープルが言うように人類は偏見と傲慢を克服しつつあって理性的な存在になってきてる。
しかし、こうした事件でトライアイ人のように完全に感情を制御できる訳ではない。
「私たちが迷惑するウサ」
「まあね」
ムラサはうなずく。
「あっちも仕事なんだろうけど、これで幻想世界出身者のイメージが悪くなるのは嫌だよなー」
「フトもそう思うウサよな?」
「あ…ああ、そうじゃのぅ」
フトは操舵席に座ったまま返事をする。
心なしか声が震えている。
「ん、どうした、具合でも悪いのか?」
「いや、大丈夫じゃ」
フトは言ったが、内心では焦っていた。
彼女もまたスパイ活動をすべく送り込まれていたのだった。
ムラサとてゐの会話を聞いていると、己の任務の責任と幻想郷出身者への申し訳なさで、心が押し潰されそうなのである。
「いじめとか始まったら誰が責任持ってくれるウサ?」
てゐの言葉が、ぐさりとフトの心に刺さる。
(うっ…)
フトの顔が見る間に青ざめていった。
「お、おぇっ、おえぇっ…!!」
えれえれえれ。
酸っぱい臭いがブリッジへ充満した。




