49 ノートのあだ名
せっかく資料室に来たのだから、何かしら読もうと思って私が手に取ったのはワンドル周辺のモンスター分布図と図鑑。
最初に来た時にある程度は読み込んだものの、そろそろフィールドに出る事も視野に入れる為に少し本格的に。
ここは昼と夜では出現する魔物が変わってくるらしい。
昼の方が魔物は弱く、夜の方が強いっぽい。そして強い魔物は経験値が高く、ドロップする素材が高価な物が多いらしい。もちろん魔物によるけれど。
最近少しだけ夜も冒険者が街に少なくなってきたのはそのせいかな?
皆レベルが上がってきて昼の魔物じゃ物足りなくなってきたんだろう。
フィールドボスを撃破した人達もいるくらいだし、私みたいにここでのんびりと過ごしている人は少数っぽい。
のんびりというとちょっと違うかもしれないけど。ちゃんとお仕事はしているから。なにも戦闘行為だけがゲームの楽しみ方ではないでしょう?
図鑑と併用して出現する魔物を調べているけど、実際に目で見ないと把握するのはちょっと難しいかも。
図鑑に書かれている魔物の絵図は写真とかではなく、イラストっぽくなっているからイマイチ入ってこないというのもある。
文字だけの説明じゃなかっただけ良いのかもしれないね。
ちょこちょこ[テイマー]らしき人が連れている魔物も見た事はあるので、それも参考に。
一角ウサギはノンアクティブだと本当に可愛らしかった。もちろん[テイマー]の人に懐いているから余計にそう見えるんだろうけど。
・・・テイムした魔物も戦闘になったらあの醜悪な感じに変化するんだろうか?
そうだったらちょっと嫌かも。
[テイマー]になる気はさらさら無いけど、自分の可愛がっている動物がああも醜悪な表情になったら結構ショックよな。
それとも動物好きなら気にならないのかな?だとしたら尊敬。
ある程度資料も読み終わってひと段落。
さてさて、薬師ギルドのお手伝いが終わってから何するか厳密には決めていなかったからなぁ。
一通りの街中クエストをこなそうと思っていたけれど、次はどれにしようか。
「カケル、資料は読み終わった?時間があるならちょっと良いかな?」
「えぇ、構いませんよ」
どうしようかと逡巡していたらノートからお声掛け。
どうしたんだろう?
「最近ここへ来る異人さん達の間で、何だか僕に変なあだ名がついているみたいでさ。君は周りの人から聞いた事ある?」
「ノートのあだ名・・・ですか?」
どうやらプレイヤーの間でノートにあだ名が付けられているとの事で、何か知っていないか?との事。
ノートに案内されて資料室の奥側にある半個室になっている部屋で、一緒にお茶を飲みながら話を聞く。
お茶は薬師ギルドでお手伝いした時に淹れた紅茶。
インベントリは時間経過が無いので、多めに淹れておけばいつでも温かい状態で飲めるのでとても便利。もちろんアイスだって可能。
ちなみに用意しようとしたところでノート用のカップを用意していなくて内心焦ったけど。
ノートが自分用のカップを当然のように準備してくれたので事無きを得た。
お茶を勧めといて食器がありません、って有り得ないよね・・・。反省。
個人行動ばっかりしてると色々と視野が狭くなるもので・・・。
単純に他人をおもてなしする経験値が極端に少ないというのもあるけれど。
何事も勉強ですな。
それはそうと、ノートのあだ名ねぇ・・・。
うん、全く聞いた事がありません。
なんせ他のプレイヤーと一切絡んでいないからね!そりゃ知るハズもない。
誤魔化すようなことでもないので正直に打ち明ける。
「え?今回来た異人さんって皆同郷の人なんじゃないの?」
「同郷は同郷なんですが・・・。全員私は見ず知らずの人達なので・・・。仲間内で一緒に活動している人達もいますが、私はソロ専門なんです」
『ぼっち』と言うなかれ。
友達がいない訳じゃないのですよ?少ないけど。
同じ趣味を持つ友人がいないだけなんだから。
「・・・じゃあ、事情を他の人に聞いてもらうっていうのも厳しいかな?僕が直接聞いたら萎縮されるんじゃないかと思ってこっちからは聞いていないんだけど・・・」
「ちなみにどんなあだ名なのかは把握しているんですか?」
「氷帝」
「・・・はい?」
「僕が呼ばれているのは『氷帝』ってあだ名だよ。言葉のままなら、僕は冷たくて無慈悲な皇帝の様な人物だと思われているって事になるのかな?」
他のプレイヤーが言わんとしている事は何となく理解は出来る。
恐らく、ノートが怒った時(初日の時のような)とか、たまに見せるあの冷たい視線とかでイメージしたんだろうな・・・。
ただ・・・、この世界で『皇帝』と言えば度々聞く現地住人のあまり良くない感じで話される『帝国』のトップになる。
たしか・・・『ローグ帝国』だったかな?
階級支配が根強いっていうのは確かノートが教えてくれたんだっけ。
あと闘技大会を開いていたりとか。
最近だと商人のガスパーさんが長く滞在して変な価値観植えつけられていた、というような風潮の国でもある。
そんなに詳しく調べてはいないけれど、私は正直あんまり行きたくない国だなぁと思っている。
ちょっときな臭さを感じるせいで。確証はまだ無いけどさ。
そんな国のトップを連想させるあだ名だからノートとしてもちょっと不満があるっぽい。
不満というか、予想外・・・?
「これでも普段は愛想よくしているつもりだし、何もルールを破っていない人を傷つけるような態度は取ってない。違反者にしか睨んでないし声も荒げたりしないのに、何でそんなあだ名が付いたんだろう?他の職員にも異人さんに対して何かやらかしたのか?って聞かれるし・・・。全く、心外だよもう」
「うーん、あくまで私の予想ですがおそらく他の人達が言っている『氷帝』は帝国の皇帝からイメージしたものでは無いと思いますよ?我々はまだ誰も帝国には行った事ないハズですし、単純にノートが怒った時の印象から付けられたのでは?」
「それでどうして帝になるんだろうね・・・?」
「私も一度しか見てませんけど、あの時は周りに居た人達も固まってたじゃないですか?だからじゃないですか?何となく威圧感があって罪人を許さない断罪者みたいな雰囲気で、特にあの時周辺の空気も凍えるようでしたし・・・?あとは言葉の語感だと思いますよ?」
「・・・あぁ、あの時はついカッとなってスキル出しちゃったから。そうか・・・完全に僕がやらかした行動のせいでついたあだ名なのか・・・。それなら文句は言えないね」
・・・スキル?
さらっと流してるけどスキル使ってたの・・・?
「一応確認ですけど、そのあだ名のせいでノートが何か不利益な事になっているとかは無いんですか?他の職員さんに暴言吐かれるとか馬鹿にされるとか・・・?」
「そういうのは無いよ。単純に何かやらかしたのか?って疑問を投げかけられるくらいだから。そもそもここのギルドで僕に暴言吐くような奴がいたら即凍らせる」
「凍らせ・・・意図的に?ノートは魔法が得意なんです?」
あれ?魔法って事だよね?言葉だけって訳じゃないよね?ちょっとノートならそれも可能に思えるのはなんでだろう。他人の心をいとも簡単にえぐれそうな感じ。
クール系インテリ眼鏡イケメンといったら腹黒がデフォというのは私の偏見かな。
「うん、これでも僕魔法に関しては結構心得があるから。家系的に魔法が得意な家の生まれでね、家族は皆その魔法の才能を生かした職業についてるけど、僕はそれよりも本とか資料とかを読み漁る方が好きだったから」
「それでギルドの資料室へ?他にも蔵書が沢山ありそうな図書館的な施設とかは無いのですか?」
「王都には大図書館があるけど・・・それじゃ僕の読書時間が取れないじゃない?利用者も多いし、仕事量も中々だから。その点ここならそれなりに資料の数はあるし、あまり人も多くないし案内する必要もないから」
・・・やっぱり腹黒じゃんか。
自分の利益もしっかり計算済みだ。名誉とかよりも実益を取ったのね。
でも趣味と実益を兼ねた仕事って羨ましいかも。
・・・あれ?どっちかと言えば私もそっち側か?
たまたまお金になるように環境が整っただけであって、わりかしやりたい事やってるなぁ。
企業に就職したくないからフリーで活動しているのもそうだし。作曲はしても作詞はしたくないし。どちらかといえばアレンジャーとして動くのが好きだし。
他人の事言えなかったや。
ノートの腹黒疑惑はまぁ置いといて、あだ名ねぇ・・・。
プレイヤー間で定着しているなら、それは誰かが言いだして普及したって事だよね。
普及したって事はその情報を広める手段が有るって事・・・?
心当たりがあるのは噴水広場の休憩所か?
口コミで広がる話はアナログ手段ではあるものの、バカに出来ないほど劇的に広まっていくし・・・。
「ん・・・?ちょっとあっちが騒がしいね。様子見てくるよ、カケルはゆっくりしてて」
「いえ、私もちょうどお茶を飲み終わりましたから。そろそろお暇させてもらいますよ」
ノートと共に半個室から出て騒がしい現場まで戻ってくると、女性プレイヤーが2人で何だかワタワタしている。
ノートが姿を見せると途端に静かになったけど。
怯えているようにも見えるけど、確実に頬が赤く染まっているので悪感情は持ってなさそう。
・・・あ~、よく見れば全然怯えてないや。眼がキラッキラしてる。
私と目が合うと、キラッキラしてた眼差しがどこか欲望を孕んだギラついたものに変化したのは何故?
ちょっと本気で怖い。
私何かしただろうか・・・?
一応睨まれているわけでは無さそうだけど。
ただひたすら、ものすごい凝視されてる。
普段、友人達にアプローチしようとする男性から『お前邪魔すんじゃねーよ』とか『独り占めすんな』的な視線はよく感じるから、そういった感情ならすぐ感知出来るんだけど・・・。
ただひたすらに観察されるような視線はあまり受けた事が無いので、相手方の感情が上手く読み取れなくて恐怖。
これ【抵抗:恐怖】効いてるかな?
「『氷帝』がプレイヤーと2人っきりに・・・?」
ボソッと呟いた声はたまたま位置関係的に私に届いた。
たぶんあちらは伝えるつもりなんて無かっただろう声量だったけど。
・・・ちょっと聞いてみようか。
女性なら少し聞きやすいし。
「すみません、今少しお話聞いても宜しいですか?」
「え・・・?え、えと、あ、アタシ達ですか・・・?」
今この場には私とあなた達しかいませんぞ。
いきなり話しかけたらダメとかってルールあったのかな?でも他に方法知らんし。
迷惑は掛けたくないけど、もう話しかけちゃったから許しておくれ。
「ええ、貴女方にお聞きしたいのですが・・・お時間大丈夫ですか?」
「あ、はい!大丈夫です。私が聞きます!ちょっとこっちは今まともに動かないんで!」
『氷帝』と声に出した女性でなく、隣にいた女性が代わりに応えてくれた。
まともに動かないっていう言葉に首を傾げたけど、とりあえずスルー。
「あちらに居るノートの事なんですが・・・」
「え、『氷帝』ですか?っていうか名前呼びって事は親しいんですか!?」
ノートの名前を出した事で彼女達が一歩詰め寄ってくる。
あれかな?熱狂的ファンなのかな?
でも、いきなり詰め寄られると怖いからやめてほしいかな?
あと変な嫉妬心はゴメンだからね。
「多少の雑談はするくらいには親しいですかね?それよりも1つ質問があるんですが、その『氷帝』というのはノートの事ですか?」
「雑談・・・。あ、えと、そうです。『氷帝』は資料室の主である彼の称号というかあだ名というか・・・」
「なるほど、やはりそうなんですね。ちなみにどうして『氷帝』なんです?普段の彼の雰囲気には合わないかと思うんですが・・・?」
「そんなの!怒った時の彼が正に『氷帝』だからよ!!普段は優しげで温かい人好きのする雰囲気の彼が、罪人には一切の妥協も無く断罪するその姿!その姿と冷たい眼差しと雰囲気は正に『氷帝』!!これ以上に彼を表す言葉は無いわ!」
さっきまで大人しくしていた私を凝視していた女性がいきなり会話に飛び込んで来てビックリ。
最初に話しかけた時はしどろもどろになってたのに。
っていうか動かないんじゃなかったの?
急にスイッチが押されたみたいにテンション高く説明してくれるけど、ちょっと圧倒されてしまって話が入ってこない・・・。
あ、さては彼女・・・オタクだな?(偏見
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