0-9 熊との対峙
何とか間に合った!
村人の男衆は鍬を構えながらも熊を刺激しないように、じりじりと後ずさりしていた。
対する熊は、のそのそと此方を伺いながら匂いを嗅いでエサを探しているようだ。
そしてサークヤが村人の前に出て、剣を構えたところで熊が此方を向いた。
村人たちがひぃっと小さな悲鳴を上げて、更に後ずさる。
鼻をヒクヒクさせる熊。
と、そこでサークヤは嫌な汗をかいた。
そういえば、昨夜はタンナさんの家で肉をガッツリと食べた。
……匂ってないだろうな、と。
後ろにいる村人たちに、後ろ手で行け行けとゼスチャーをすると、村人たちは熊を刺激しない程度に後ずさるスピードを上げた。
腹を括ったサークヤは熊の注意を引きながら、徐々に回り込んで村人たちとは逆の方へと移動する。
これで足を引っ張りそうな人は周りにいないし、後ろを気にする必要もない。
逆を言えば、助けてくれる人もいないのだが。
これで、サークヤが最近ずっと懸念していた状況が生まれてしまった。
”危機的状況に陥る”
それも今回は自分から飛び込んでしまった。
目の前で人が傷つくのは、どうしても許せなかった。
わずか半日でも同じ汗を掻いた仲間なのである。
それだけは絶対嫌だ。
そんな気持ちだけで、力の及ばないかもしれない相手に向かおうとしている。
頭の奥で警鐘が激しく鳴り響く。
自分が旨く立ち回らなければ、村人も襲われるかもしれない。
のそのそと四足で歩く熊は、それでも自分とあまり変わらない程の背丈がある。
これが立ち上がれば大人と子供ほどの違いがあるだろう。
これが自分に向かって牙を剥けば、ただでは済まない事は理解できる。
サークヤはテリオ達が早く戻ってくる事を望みはしたが、現実的でない事も理解している。
今はまだ昼を少し過ぎたところ、彼らが帰ってくるのは夕方だろう。
そう何時間も対峙しているわけにはいかない。
このまま山へ帰ってくれれば、この場は何とかなるのだが、どうも自分に興味を持ってしまったらしい。
いや、自分から気を引くようにしてしまったのだ。
やるしかない。
剣を握る手に力が入った所で、稽古を思い出す。
そうだ、力は入れてはいけない。
肘から先は無い物として。
周りをよく見、相手を観察する。
この際だ、畑が多少荒れるのは後で手伝って直せば良い。
しかし、畝を立てた畑では自分に多少不利だ。
もっと周りを見ろ。
相手を見ろ。
どうすれば勝てる?
≪グルルウウ≫
熊の方が先に動いた。
少しずつ近づいてくる、唸りながら。
そこで、サークマは足元を蹴った。
熊に向かって土埃が舞う。
風上であることを利用しての攻撃の一手だ。
すかさず踏み込み、頭めがけて剣を落とす。
「しまっ!!」
熊が土埃を避けようと顔を横に向けたため、剣先は熊のこめかみ付近を撫でるにとどまる。
マズイと思った時には既に爪がサークヤを襲っていた。
「くぅっ!」
かろうじて交わしたつもりだったが、頬に薄ら傷が出来た。
サークヤは避けながらも剣先を動かしていた。
その頬を撫でた腕に剣が襲う。
≪ガウワアアッ!≫
熊が悲鳴を上げる。
剣が熊の腕を切ったのだ。
だが、切り落とすにまでは至ってなかった。
手負いになった熊が立ち上がる。
背丈の差は倍近くになった。
しかし……
サークヤはそれを見るや一気に懐へと飛び込んだ。
「どおおおおおおおお!!!!!」
≪ガアアアアアッッッ!!!!!≫
斬りつけた熊の胴体から血飛沫が上がる。
そう、それは剣道の”胴打ち”だ。
剣がまともに熊の胴体に襲いかかったのだ。
そのまま体勢を崩した熊は倒れ込む。
それを見てサークヤはホッと息を吐く。
しかし。
「トドメを刺すのよ!! サークヤ!」
えっと思った刹那、熊が半身になり腕を振り回してきた。
致命傷にはなっていなかったのだ。
サークヤは飛びのき、それを避けた後に背中へ回り、剣を突き刺す。
果たして今度こそ熊は絶命した。
「最後まで気を抜いちゃダメって、いつも言われているでしょう!」
山から下りてきたシーナが叫びながら近付いてきた。
「このたーけもんがっ! 命のーなるっちゅうとろうがっ!」
同じく下りてきたタークが、少し離れた場所で手元の何かに火を付けてから寄ってくる。
ひゅ~ん ”パンッ”
空中で大きな音を立てた。
”音玉”だ。
テリオがその惨状を見るのは暫く経ってからだった。




