3-6 店主の居ぬ間
ケーブが出張へと旅立ち、ケーブの店は心許ない状態になる……のだが、実際は全くそんな心配は元々必要ないのである。
店番のリサは、ご近所のオバサン連合が買い物がてら幼子たちの相手をしながら悪い虫を追い払う、という全くいつものペースであり、邪魔者がいない今がチャンスとばかりにリサへ言い寄ろうとする男どもは、ことごとく彼女らの餌食となるのだった。
それはそれは、定常運転なのである。
一方ユーキは、ケーブからとてつもない仕事量を課された為、気の毒なほど疲れ果ててチビッ子姉妹の相手すら出来ずに毎晩バタンキュー状態であった。
そこまでしなくてもユーキは大人しく留守を守るだろう。
元々、ユーキは女性嫌いではないのだが、女性を苦手としていた。
日常会話はできても、それ以上には発展しないのである。
所謂、”いいひと”止まりなのだ。
サリは、そんなユーキの性格はとうの昔から知りきっており、かつ旦那の無駄な行動もお見通しである。
むしろ、子供相手の体力くらいは残しておけと愚痴るくらいなのであった。
哀れ若者! もっと信じろ旦那!
何事もなく、順調に営業を続ける道具屋では、今日も狼どもと魔女たちの攻防戦が展開されるのであった。
そして、予定通りであれば昨日帰って来る筈の、予想通りなら明日帰って来るであろう4日目の事、常連組の仲間入りを果たしていたアイーナとラーナが店に訪れ、その惨状を目にする。
「……こんにちは、サリさん。なんというか……凄い活気があるというか……」
「あら、アイーナさんにラーナさん。こんにちは。いつもの事なので、あまりお気になさらずに」
これがいつも通りとはとても言えない状況であるのに、と顔を引き吊らす二人であった。
「また、ピンの注文をお願いしたいのですが……大丈夫ですか?」
「ええ、明日には主人が帰って来ると思いますので、大丈夫でしょう」
「ケーブさん、居ないのですか。どおりで」
納得顔で店内を見渡す二人。
「今回は寸法を少し変えたいのですが」
じゃあ、とユーキを呼び出すサリさん。
すると、店先の状態に危険を察知して奥に避難していたチビッ子姉妹が顔を出した。
「あっ! おねえちゃんだ!」「おねーちゃんだっ!」
母親やオバチャンズに相手になってもらっているとはいえ、父親や同居人が相手をしてくれていないこの数日は、遊び相手に飢えていた。
きゃっきゃと二人に飛び付くチビッ子姉妹。
実は二人にとってもチビッ子姉妹は癒しだった。
普段、制服を着ている時は大衆から偏見を持たれて、肩身の狭い思いを強いられていたので、二人にとっても姉妹はご褒美だったのだ。
四人で戯れていると、奥からユーキが顔を出した。
「あ、こんにちは、ユーキさ……ん?」
びっくりするくらい疲れ果てたユーキの顔がそこにあったのだ。
「あ゛あ゛、アイーナさん、ラーナさん。こんにちは」
「だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫ですよ。今日は?」
「(大丈夫には見えないんですが……)はい、ピンの注文なのですが、寸法を少し変えたいのです」
「拝見します。……ああ、この寸法なら早目にお渡しできると思いますよ。ちょうどケーブさんが帰って来た後に加工する物と外径が同じなので。材料も大量にありますし。そうだ、この前お仕事を見ていて思ったんですが、先を尖らせた方が突き刺し易くなりますけど、やりましょうか?」
こんな顔をしていても、通常運転のユーキであった。
ビタミンを摂れ。
「あ、お気遣いありがとうございます。ですが、今までと同じでお願いします。以前、尖らせて作った事があるんですが、結果が悪い方に出てしまい大変だったのです。力が一点に集中してしまうようで」
「へぇ、そんな事が。……力が一点に……」
う~ん、と唸るユーキにラーナが声を掛ける。
「どうしたんですか?」
「あ、いや、尖らせると一点に力が集中するって事は、尖った部分、角の部分が悪さしてるって事だと思うので。じゃあ、先端を今の”切断して面取り”しただけじゃなくて”丸めたら”どうかと」
あっ!っと二人が声を上げる。
今まで、そんな発想をした人はいなかった。
試してみる価値はありそうだが、加工費は当然上がるだろう事は予想に難くなかった。
だが……
「加工費はそんなに上がらないと思いますよ。切断の時の刃先を工夫すれば工程は増えないと思うので」
相変わらずそういった作業には、ちんぷんかんぷんな二人であった。
「術館に戻って相談してきます」
「予想ではケーブさんが戻ってくるのが明日になると思います。明後日以降でまた相談しましょう」
3人とも気付いてないのだが、微妙にユーキの2人に対しての言葉遣いが柔らかくなっていた。
本当に微妙な違いなのだが、サリは気付いていた。
もちろん仕事に関わる部分はちゃんとした言葉遣いであり、流石仕事人間だと思わざるを得ない。
そんな僅かな変化にホッとするサリであった。
というのも、ケーブが初めてユーキを連れて来てから、仕事仲間以外で言葉を崩した事はほとんどなかったから。
いつも一緒にいる自分たちにも、時として壁を作るきらいがあるほどだ。
ユーキも既にいい歳である。
このままだと行き遅れて結婚できなくなるかもしれない。
せっかく腕も良いのだし、発想がずば抜けているのだ、自重させないといけないくらいに。
将来は自立させて自分の店を持たせても良いと、サリは思っている。
だが、パートナーがいなくてはそれも難しくなるだろう。
だからこそ、僅かな変化でも嬉しい変化であった。
サリは、そんな二人を娘たちと一緒に見送るユーキに、優しい微笑みを向けるのだった。
そして、必死で仕事を回したユーキの努力の成果により、魔の5日間を乗り切る事が出来るのだった。




