1-1 住処兼職場は快適
”勇者召喚に成功したらしい”
そんな噂を耳にした俺ユーキ(25)は思わず手を止めて顔を顰め、声のした外の通りに目を向けた。
はぁ? マジで? 意味ワカラン。
が、それがホントであればその勇者サマはご愁傷様。
それより今はこの目の前にある物体である。
箱に入ったそれらの中の1本を手に取る。
何かが入ってるビンに刺さったそれは、先端が球状でにょきっと飛び出しており球の中央に小さな穴がある。
う~ん、何だろこれ? どう使うんだ?
サッパリ分からないので、仕方なく雇い主で店主のケーブ・サグリー(30)に聞いてみる事にした。
「えっと、これって何です?」
「はぁ? おめぇコレ見て分かんねぇのか?」
「初めて見るんで……」
「おいおい、まさかお前がコレ見て分からんとは。って仕方ないか、これはココを押すとな……」
ちょんちょんとソレの頭をつつく。
「ふむふむ」と勢いよく押してみる。
「ちょっ! おまっ!!」
プッシャ~~~
勢いよく中身が噴き出した、”ヌメっとした液体”が。
なんだこりゃーーーー!!!
「サリっ! 急いで雑巾もってきてくれ!!」
「は~い、どうしたの? って、あらまぁ」
奥から出てきた奥さんのサリ(推定28)が惨状を目にして驚いていると、更に声が響く。
「あーーー! またユーちゃん汚した―!」
「ユーたん、よごちたーー!」
きゃはははと笑いながら指をさしてくるのは、ケーブさんたちの子供でサーリャ(4)とミーリャ(2歳半)だ。
俺はサリさんから雑巾を受け取り汚れた机の上を拭きながら、未だ笑う二人にやっちゃったと苦笑いを返した。
こういったポカミスは日常茶飯事の俺なのであった。
「まったく、最後まで聞けってぇの!」
腕を組んだケーブがジト目で俺を睨んでくる。
どうやらこれは液体石鹸の容器だったようだ。
にしても、上へ飛び出すとは何て使いにくそうな設計してんだコレ。
再びマジマジとそれを観察してると
「これはな、濡らしたタオルを上に当てながら押すんだよ」
なるほどタオルに染み込ませるって訳ね。
「うちでは使ってないですよね、コレ」
「子供がいるからな、遊ぶだろうし、目に入ったら大変だ」
そもそも出たばかりだしなと付け加えるのをスルーして、いや、目に入ったら大人だって大変だぞと心の中で突っ込みを入れる。
「てかコレって……もしかして」
「ああ、例のモノを参考にして作ったらしい」
「はぁ…… んじゃ、今度本店に行った時に改善案を提案しておきますね」
「ほう、もうこれを良くする案があるのか。じゃあ早めに知らせてやってくれ」
余所の製品なら知らないフリをするんだけど、本店の製品なら早めに手を打っておかないとな。
ケーブの店”サリオース”は親の経営する道具屋”サリオーレ”から暖簾分けのような形で立ち上げた、いわゆる分店だ。
身内である本店の商品であれば、欠陥は見逃せないのである。
「さて、あと少しで店を閉めるからユーキはそれを棚に並べておいてくれ」
あ、売っちゃうんだ、このまま。
数も少ないから口頭で注意喚起しておけば良いと思っているのか。
早めに本店に報告して対処しないとな。
俺はそう考えながら液体石鹸の入ったポンプ付容器を棚に並べ、片付けに入った。
俺、ユーキは1年程前にある事情でケーブに拾われ、この店に住み込みで働かせてもらってる。
店には日用品から農工具、狩りの道具などありとあらゆるジャンルを網羅しているが並べている商品自体は少なく、メインは依頼を受けて製作するという道具屋である。
決して大きくはない店の奥には作業場があり、その広さからどちらに重点が置かれているかがうかがい知れる。
ここ最近の俺の仕事場はこの作業場がメインとなっていた。
評判も悪くはなく、依頼が絶える事はないくらいには忙しい。
この作業場ではある程度の工作が出来るが、大物等はより設備の充実しているケーブの実家でもある本店の作業場を借りて対応する形を採っている。
その本店はといえば、ここ最近多くの受注を受けたことで別に工場を造っており、今後もっと気楽にこの作業場を借りる事が出来るようになるだろう。
普段はサリさんが子守しながら店頭での接客および事務系を、ケーブさんと俺とで作業場での仕事をしている。
店のカウンターの奥にはキッチンや風呂等の生活区があり、生活区と作業場どちらからも登れるように作られた階段を上がれば屋根裏を利用した一家の寝室、客部屋と、奥の倉庫に繋がる薄暗い通路があり、その倉庫の一部を仕切って俺の部屋として借り受けている。
3食風呂付で狭いながらも、その部屋は俺にとっては極上物件なのだ。
それに店主のケーブは、口は悪いがなんだかんだで面倒見が良く、腕の良い職人であった。
サリの作る飯は美味く(時々失敗作はあるものの)ケーブの胃袋をつかんで離さないのが良くわかるし、おっとりしてるようで結構キッチリしっかりしてる。
愚図りだせばケーブやサリでも手を焼く子供2人は、俺によく懐いてくれたので極上の笑顔を向けてくれる。
それを見たケーブからすごい殺気を感じるのは気のせいではない。
以前サリに頼まれ、子供2人と風呂に入ったら、それを知ったケーブにマジで殺されそうになった。
娘たちにぞっこんなのだ。
もちろんサリにもであるが、娘たちには異常なほどであった。
気持ちは分かるが勘弁してほしい……と思いつつ、たまにサリに頼まれて子供たちと一緒に風呂に入るんだけどね。
いや、断れないっしょ、断らないし。
うん、この生活が気に入ってるんだ。