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しばしの休息

 翌朝、朝食を終え、俺は一階層の探索を継続した。夕方まではセミアリ達の姿はなかったため、恐らく夜行性だと判断したからだ。


 実際それは正しかった。


 ただし、松明用のボロ布も油もない。そのため水晶樹の明かりだけの探索となった。視界は狭いがなんとか探索は終えられた。


 しかし探索の結果、特に得られたものはなかった。


 もしかしたら資源の全てはセミアリ達に食われたのかもしれない。ゴブリンの姿はなかった。つまり光景が土壁に変わった先にはセミアリしかいないということになる。


 魔物の出現場所を考え、俺はある答えに行きついた。


「まるでRPGだな」


 ロールプレイングゲームだと、エリアなどの条件ごとに出現する敵は決まっている。それを前提に考えると、ゴブリンは自室付近のエリア、セミアリは土壁以降のエリアに出現するという規範があるような。


 ローグライクゲームの方が近いかもしれないけれど。


 ゲームだとダンジョンの敵って無尽蔵に現れるし消えるものだ。出現の瞬間は見ていないが、消失の瞬間は見た。


「まさかゲームの中の世界だったりして」


 言って、馬鹿なと一笑に付した。荒唐無稽にもほどがある。ファンタジー世界に転移したという事実も非現実的だが、ゲーム世界に迷い込んだという方が、俺の中では非現実度は高い。


 仮にゲーム世界なら魔法とかスキルとか使えるものじゃないか。俺にはそんな力は微塵もない。せめてレベルアップ的なボーナスはないものか。


 ないな、ない。


 ここはファンタジー世界だという方が真実味がある。

 多分、俺の考える物理法則を逸脱した規範を元に成り立っている世界なのだろう。実際、幾つも常識外の出来事に遭遇したし。


 午前十二時。階段エリアで休憩していた俺は、とりあえず二階層を探索することに決めた。一階層の探索時のように帰途を失うようになってしまってはいけない。時間的余裕を持たなければ。


 しかし松明が使えないので、光源は水晶樹一つだ。


 枝はまだ十分にある。一階層の地図は完全に埋まっているので、一階層の階段エリアからならば、朝に出発すれば夕方前には自室に到着するだろうし、セミアリ達のことを気にする必要はないだろう。


 二階層の探索は大してできない。休息所には必ず戻ってくるだろうが、荷物を置いて行くのは危険だと思った。何が起こるかわからない。


 水晶樹の枝を入れ替えて準備は終えた。

 デイバックを背負い、立ち上がるとリュウが首に巻きつく。


「さて、行くか」

「ギュイ!」


 リュウは気合を入れる時、鳴き声が濁音になるらしい。少しだけ凛々しくなった気がして仄かに笑いがこみ上げる。


「頼りにしてるぜ、相棒」


 俺の声に、リュウは頼もしく返事をした。

 

   ●●


 結論から言うと、二階層は一階層と同じような造りだった。土で作られた階層は、資源の欠片もなく、進む毎に疲弊させてきた。


 一日かけて探索を終えた俺は、一度自室に戻ることにした。二階層はセミアリしかいないらしく、夜に活動しなければ問題はなかった。

 一階層も石畳まで戻らなければゴブリンは現れない。知識があれば戦闘は回避できるわけだ。


 俺はゴブリンとの戦闘を幾つか経て、帰還した。長剣を一本頂くことができたが、これが唯一の物的収穫だ。


「ただいま! 疲れた!」

「キュイキュ! キュキュイキュ!」


 部屋に戻るとベッドに倒れ込んだ。リュウも倒れた。


 ああ、落ち着く。やっと帰って来た、俺の部屋! 


 嬉しさのあまり布団の上でゴロゴロと転がり、クウゥーー! と叫んだ。共にリュウも転がり、キュキュと楽しそうに鳴いている。



 はぁ、もう出たくない。



 俺は一時の安らぎの中で、厳しい現実から目を逸らしたくなった。


「今日一日は疲れをとる!」


 疲れと泥と血を落とすために、着替えと、洗濯物、タオルを用意し庭へ向かった。

 薪を集めて、湖のほとりで火を起こす。十分火が大きくなった時を見計らって、湖にダイブした。リュウもダイブした。


「つめてぇ!」

「キュ!?」


 同時に叫んだが、ガチガチと震えつつも耐えて、肩まで浸かった。

 風呂が恋しい。ドラム缶でもあれば何とかなるが、そんな便利なものはない。


 冷水でも沐浴はできる。俺は汚れを急いで落とし、がしがしと髪を洗って、即座に湖から上がった。


「ざ、さびぃさびぃ」


 震えながら焚火に当たりながらタオルで水分を拭いた。


 夏場とかなら丁度いいんだろうけど、ここは地下。

 水温は低く、気温も低い。気を抜けば風邪になりかねない。


 こんな医療設備も薬もない場所で病気は危険だ。風邪であっても肺炎が併発しかねず、そうなってしまえば死ぬ可能性が飛躍的に上がる。


 大丈夫、何とかなる、はこの世界では禁物。大丈夫かもしれないが、何とかなるかもしれないが、慎重に注意を払い先を見越さないといけない。


 身体を拭き終え、タオルは近場の木の枝にひっかけて、着替える。


 次第に体温も元に戻る。息が白くなるほどに低温ではない。しかし初冬くらいの肌寒さはある。


 湖で洗濯する。当然手洗いだ。洗い終えるとタオルと同様に枝にひっかけた。


 一息つくと、心が穏やかになっていく。


 俺は水晶石、水晶樹の淡い光の中で、リュウと共にゆったりとした時間を過ごした。


   ●● 


 二日後。


 結局イモ掘り、イモの燻製作成、魚の燻製作成、洗濯や道具の手入れ、油の精製などで一日が潰れた。各道具の量が足りないと反省をした結果だった。


 サツマイモ燻製チップは二週間分、魚の燻製は四日分、油は倍の量を作った。


 俺は前回と同様の装備に加え、十分な食料と水を所持。そして手に入れた長剣も手入れを終えて左腰に差してある。右腰には小剣。

 こちらは刃渡り六十センチ程度のものなので、狭い通路ではなければ問題なく通れる。ナイフはシースに多少、手を加え、太腿に装着できるようにした。


 よし、これで大丈夫。前回の探索よりも装備は十分だ。


 そして準備を終えた俺は、リュウと再び部屋を出た。


   ●●

 

 二階層休息所、階段前。


 青色に染まる空間の中で、俺は一息入れていた。階段のある場所はどの階層でも休息所となっており魔物が侵入することはない。


 加えて備えつけられている『青蝋燭』のおかげで、常に明るくすることができる。構造や素材は不明だが、火を点けると青い炎が起こり、永続的に燃える。ただし、しばらく離れてから戻るとなぜか消火している。


 俺はメモ帳を見ながら唸っていた。


 一、二階層は網羅できた。問題はこの先だ。食料はあるが水が少ない。そのため、できるだけ節約し木の実で水分を補っている。


 元ゴミ箱の容器は大きすぎるし、手頃な入れものがないのだ。木の幹をくり抜くなりして自作するしかないかもしれない。


 二階層まで一日で来られる。三階層の探索はまだだが、かかっても一日程度だろう。一リットルの水だと二、三日が限界だ。それを超えるとかなり厳しい。


 とりあえず三階層を探索し、水を補給できないのであれば一旦自室に戻り、水を持ち歩くための容器を作った方が良さそうだ。あまりここの階層でもたつくと、庭の食料も少なくなって来るので能う限り急ぐべきだろう。


「よし、行くぞ」


 休憩していたリュウに声をかけると、ピクッと耳を動かし、首に巻きついた。


 俺は松明の先に青蝋燭の炎を点け、螺旋階段を上る。円筒の部屋は上に伸び、螺旋階段は壁沿いにぐるっと回っている。高度はさほどなく、精々が十メートルほどだろう。上り切ると階下と同じように青蝋燭が等間隔で並んでいる。


 重厚な鉄の扉が見えた。表面にはフラクタルのような模様と人と魔物が混ざったような絵が描かれている。どのような意味があるのかわからないが、どうも見ていると不安になる。


 ここを通ると三階層だ。さっさと通ろう。


「よっと」


 体重をかけ、鉄扉を押し開ける。鍵はかかっていない。なぜか扉は閉まっており、誰も通った形跡がないのは気になる。善次郎はここを通ったはずなんだが。人為的な工作なのか。あるいは知能の高い魔物の仕業か。


 俺は浮かんだ小さな疑問を一瞬で忘れ、扉を開け切った。


 松明で奥を照らすと、そこは二階層と同じような情景だった。


 空が見えない場所は息が詰まる。空気も重く、気も同じ。閉塞感に慣れてきてはいるが、快適なわけではない。


 この先に、脱出への道はあるんだろうか。そう思わせるほどに、変わらぬ風景は不安感をあおった。


「キュー……」


 俺を気遣うようなリュウの声音を聞き、俺はふと我に返った。


 いつくしむように柔らかな毛を撫でる。包み込むような感触に、俺は小さく笑った。


 大丈夫、大丈夫と何度も自分に言い聞かせ、鈍く足を踏み出す。松明をかざし、先の見えぬ通路を進む。その先に、きっと希望があると信じて。

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