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遅れて来たクラス転移

 前兆もなく、停電したように視界が暗闇に覆われた。


 しかし、今は夕方前、日が昇っているし、カーテンで塞いでも透過する。一息に窓全部を遮光性の強い何かで覆うのは無理がある。


 あまりの事態に、女生徒の短い悲鳴以外には何も聞こえなかった。それは自分の口からも出ていたらしいことに気づく。


「な、なんだ?」


 恐る恐る呟いたのは巴だった。彼女にしては珍しく、声が震えている。


「曇りとか、か?」


「いや、それにしては暗すぎる。ってか真っ暗だよね、これ」


「ろ、廊下も暗いみたいだ。屋上から懸垂幕が下ろされたとか、じゃないみたいだな」


 喧噪が大きくなる。みんな動揺し、一体何が起こったのかと話しながらも、結論は出せない。暗闇の中、全員が光を求め、やがてそれは叶った。


 迅がスマホのライト機能を使ったらしい。強い光が一点から照射され、中央付近を照らした。


「ちょっと、マジなんなわけ? 見えないんだけど。夢衣、スマホで照らして」


「あ、うん。ま、待って。鞄に入れてる」


「はー、もういいわ。ウチがやるし」


 迅の行動を見て、他の生徒達も自分のスマホを手にしてライトで照らした。ただし、麦だけは空手だ。


 教師である若林はおろおろするだけで、まったく建設的な行動を取らない。ほぼ全員がスマホを手にした時、ようやく同じ行動を取った。


「んだよ、これ」


 彰の言葉に全員が視線を集める。彼は教室の窓に顔を向けていた。その視線の先にあるものに、全員が愕然とする。


 窓の外に壁があった。土か岩の壁、空間があるべき場所に遮蔽物があった。


 瞬間、花凛は突如として心臓が脈打つのを感じた。


 光が失われた原因は、太陽光を遮る壁ができたからだ。しかし、その音も震動もなかった。まるで突然、出現したように。ウロボロスと同じような現象のように。


 前兆はなかった。瞬きをする程度の時間、その合間を経てすべては変動した。


「……壁だ」


 岩次は窓を開けて、腕を伸ばし確認した。擦ると土砂がぽろぽろと零れ落ちた。それは幻視ではないという証拠でもあった。


「み、みんな、お、落ち着いて! と、とにかく、きょ、教頭に電話……け、圏外じゃない! じゃあ、実家に、って電話繋がんないってのぉ!

 ど、どどど、どどうしよ。生徒に何かあったらクビ、ってかニュースになって、担任教師の責任になって、もう教職につけない! 結婚もしてないのに、独身女路頭に迷うの決定!? いやあああああ!」


 若林は慌ただしくスマホを操作していたが、誰も彼女に対応を求めることはなかった。元々、彼女に対して頼りのある大人という認識は、誰も持っていない。


 しかし案外それは状況的に奏功したのかもしれない。真っ先に平静を失った人物を見て、省みることができ、比較的落ち着くことができていた。


 もちろん、これが頼りにしていた教師であれば逆効果だっただろうが、若林に対してそんな感情を抱いていた生徒はいなかった。


「何が起こったんだよ、どうしてこんなことになってんだよ!?」


「知らん」


「ぼ、僕にもわからない。突然だったし」


「そう、ね……まるでこの場所だけが音も影響もなくどこかに移動したような。いえ、それとも、別の場所が移動したのかしら……」


「ほ、他の人達は、教室の外の人達はどうなったんでしょう?」


 彰、岩次、迅、めぐみそして瑠璃。五人とも明らかに動揺しており、比較的言動は冷静なめぐみと岩次に至っても顔色は蒼白だった。当然、花凛も心境は同じだ。


 ふと、隣に気配を感じた。見ると悠李が不安そうにこちらを見上げている。いつもだったら離れて、というところだったが、今はそんな些末なことに気を割いている場合ではない。


「と、とりあえずさ、外に出て見ないか?」


 巴の提案に花凛は頷いた。


「そ、そうだね。まずは、現状を把握する方がいいかも」


 花凛は、全員の反応を見たおかげか、比較的冷静になれていた。


 巴を先頭に、萌子達と麦以外の生徒が入口に近づく。若林は未だに恐慌状態で、一人で忙しく叫んだりしている。


 引き戸、上部にあるガラスから見えたのは窓と同様に壁だった。


 中央付近の、廊下側の窓も同様だ。しかし教室後方の扉は違った。ガラス部分から外が見えたが、壁に阻まれている様子はない。光の届く範囲を確認すると、数メートル程度の幅がある通路が見えた。


 僅かに逡巡した巴だったが、戸を開けて、外を覗いた。


「続いてる、みたいだよ」


 教室正面側、つまり後ろの扉から見て左側は、当然ながら行き止まりだ。右側奥へと道は続いている。


「どうする?」


「行くしかねぇんじゃねえの……?」


 巴の問いに答えたのは彰だったが、迅がすぐに否定した。


「いや何があるかわからないし、危険だ。行くなら自衛用の道具があった方がいい」

「武器ってことか? 必要なのかよ」


「わからないから用心のためだ。一応、教室に戻って、少し話し合おう」


「そうだな。闇雲に動くのは危ないかもしれねぇ」


「同感だ」


 男子三人の意見に、花凛達も賛同した。めぐみも賛同し、教室に戻ると、中央付近で話し合いもたれた。


 萌子と夢衣は机に座ったまま、まだ現状を把握していないのか、だるそうにしているが、異常な事態に気づきつつあるらしく、花凛達の動向を見守ってもいた。


 麦は同じ位置で立ち尽くしていた。ただし、いつも以上に挙動不審だ。どうすればいいのかわからないのだろう。


「僕がやろう」


「でも、私は委員長だし」


「いや、今回は男子の方がいい。問題もあるし」


 迅は横目で萌子達を見据えた。めぐみは彼の意向がわかったらしく、渋々頷く。


「……じゃあ、お願いするわ」


 迅が教壇につき、めぐみは板書するために黒板の傍に立ち、チョークを握っていた。学年でも一、二を争う頭脳明晰組だ。多分、めぐみが議長をするより、迅が仕切るほうがよさそうだと判断したのだろう。


「まず、現状を再確認しよう。僕達は教室で文化祭の準備をしていたところで、突然、外に壁が出現した。出入口は教室後ろ扉だけだ。ここまではいいかな?」


 迅は全員の顔を見渡し、頷く。


 めぐみがカッカとチョークで黒板に文字を連ねる。


「原因を知るのは難しそうだから、まずは置いておこう。僕達が決めるべきは、これからどうするかだ。つまり、ここから出るのか待機するかどうか。出るのであれば誰が行くのか、だ」


 彰が律儀に手を上げた。


「はい、彰」


「なんで待機する、があるんだ?」


「突然移動したのなら、突然元に戻る可能性がある、という理由からだね。仮にそれが起こった場合、教室から出た人だけを残して、教室に残っていた人が帰還できるということになるから」


「でも、ずっとここにいるってわけにはいかねぇんじゃね?」


 それを今から話そうとしてるんでしょ、というツッコミを胸中でしておいた。

 花凛は、霧山君は同じことを言うだろうな、と推測したが、それは半分外れた。


「うん、だからそれを話してるんだ。待機するには問題が出て来るから。ありがと、彰」


「う、うん? お、おう?」


「じゃあ、時間がもったいないから、どうするか話そうか。スマホのバッテリーも有限だしね。多分、各々の意見を聞いていたらキリがない。二度採決をとるよ。

 基本的には『教室に残る』『教室から出る』『二手に別れる』の中から選んで、別の意見があればそれでもいい。一度目は結論と意見を聞く。全員に聞いたあと、二度目の採決で決める。それでいいかな?」


 萌子と夢衣以外が、頷いた。


「じゃあ、薮崎さんから聞こうかな」


「は? なんでウチから?」


「今まで意見を一度も聞いてないからね。参考にしたいんだ」


「……はぁ、だるぅ。まあ、二手に別れるでいいんじゃね、な?」


「うん、うちも萌子と同じ意見だね」


 そうなるのは目に見えていた。なんせ、自分達が楽して、結果も得られる選択だからだ。自分達は教室に残って、男子なり別の女子なりが外に出るように仕向ければ、安全且つ楽だし、仮に元の場所に戻った場合も、教室にいる自分は戻れる。


 どうせ、なんやかんや言い繕って、残るつもりなんだろう。


「理由を聞いても?」


「あ? 何となく」


 利己のためであるとはさすがに言えないらしい。しかし、花凛には萌子の算段は透けて見えた。


「そっか。望月さんもそれでいいのかな?」


「んー、いいよー」


 めぐみの手によって二人の意見が板書される。


「次は、舞白さんに聞こうかな」


「え、ひゃい、え、と、そ、その」


 俯いたままの麦は、声量が異常に小さく中々聞き取れない。


「えー? 聞こえないんですけどー? コミュ障すぎっしょ」


 からかうような口調で言葉を並べたのは夢衣だった。萌子もその意見にはご満悦のようで、蔑むような視線を麦に送っている。


 こんな時にまで茶化すとは。花凛はあまりの馬鹿さ加減に辟易した。


 彰か巴が何か言うかと思ったが、それはなく、代わりに迅が教壇から降りて、麦の近くに行き、小声で話した後、また戻った。なるほど、一々仲裁するより効率的だ。


「二手に別れる、で」


 迅に言われて、めぐみは黒板に追記する。


 その後、迅は若林と自身以外の意見を聞いた。若林だけは部屋の隅でブツブツと呟いて現状を受け入れていなかったからだ。もしかしたら、受け入れていないのは花凛達の方で、最も理解しているのは若林なのかもしれない。


 最終的に『教室に残る』が三人、これは限定的でしばらくという条件付きだ。慎重派の花凛と瑠璃、悠李がこの意見を出した。もう少し落ち着いて考えた方がいいという理由もあった。


 『教室から出る』が二人。これは全員で、ということだ。巴と彰が意見を出した。行動的な二人らしい。


 『二手に別れる』が四人。萌子を筆頭に意見が先導された。ただ彼女の言い分も、自分だけが安全圏にいたいという意図以外は間違ってはいない。


 しかしこの意見に賛同した岩次は、一時的に二手に別れた方がいいという意見を出した。男子が外の様子を見て、女子は待機して、様子を把握してからという意見だった。


 『わからない』が一人。これはめぐみだ。彼女はまだ決めあぐねている様子だった。


 迅が全員の意見を聞き終えると、今度は自らが口を開く。


「じゃあ、最後に僕だね。僕は教室から出る、が正しいと思う」


 花凛は意外だと思った。彼ならば二手に別れるか、教室に残るという選択をすると思っていた。もちろん、時間や一行動としての指針で、その後は条件をつけるだろうとは踏んでいたが。


「理由はここに居続けるのは危険だから」


 はい! とまたしても彰が手を上げた。見た目ヤンキーの癖に真面目な彼らしい。


「はい、彰」


「なんで危険なんだ? むしろ安全だろ?」


「身の危険があるってことじゃないよ。まあ、可能性はあるけど。別の問題がある。今はスマホがあるから明るいけど、バッテリーが切れたらどうなる?」


「どうなるって、真っ暗じゃねえの?」


「うん。そんな中で移動できない。それに光が一切存在しない中に居続けることを想像したら、どうなるかわかると思う。数時間は持つだろうけどね。重要なのは長時間、この状況が続くってことを想定することだと思うんだ」


 花凛は、長時間と言われて、鳥肌が立った。考えないようにしていたが、もしかしたらこの状態がずっと続くという可能性もある。まさか、すぐ帰れる、という楽観的な考えで頭の中を埋めるのに必死だった。


「あんた、まさか、ずっとこのままって言いたいわけ?」


 我慢出来なかったのか、萌子が口を挟んだ。


「その可能性もあるってことだよ。もしそうなら、ここに留まっても、出て行っても同じ危険性が伴う。だったら外に可能性を求めた方がまだマシだ。食料や光源、他にも色々問題があるし、ここに居続けることはできないからね」


「だったらあんたが行けばいいじゃん。ウチは行かないから」


「それでもいいよ。むしろ僕は二手に別れてもいいとは思ってる。ただどちらかと言えば、全員で出た方が、色々都合がいいと思っただけだよ」


「何が言いたいんだよ」


「こんな状況なのに、理解せずに馬鹿なことをする人が出ないようにっていう配慮だよ」


「ああ!? それ、ウチのこと言ってんの?」


 青筋を立て机から降りた萌子を、迅は真っ直ぐ見据えた。


「平和な学校だったら、好きに女王様気取ったりすればいい。けれど今、そんなことされたら邪魔でしょうがないからね」


「てめぇ……ッ!」


 憤りを主張するようにうるさく足音を鳴らし、迅の元へ近づく萌子。その後ろを夢衣が慌てふためきながら着いて行った。


「僕は否定すると思ってたんだけど。まさか図星、じゃないよね?」


 萌子はピタッと足を止める。当然、他の面々は萌子の動向を見守っている。視線を集めていると気づいた萌子は、僅かなプライドを見せた。


「……今は、そんな気はないっての」


「そうだよね。薮崎さんは頭良いから」


「ちっ!」


 これみよがしに舌打ちした萌子は、またしてもけたたましく足音を鳴らしながら、元の位置に戻った。夢衣は翻弄されるだけで、萌子の後ろを行ったり来たりしていた。


「さて、今の意見を聞いた上で、もう一度、全員の意見を聞こうと思う」


「必要あるの?」


 巴の疑問に、迅は笑って答える。


「うん。だって、今、同じ意見で行こうと思ってる人、多分少ないでしょ」


 花凛は図星をつかれて、ふと周りに視線を移した。どうやら全員が同じ心境だったらしく、微妙に気まずそうにしている。


 迅が全員に意見を聞き終えると結果が出た。



 結果『全員で教室を出る』という意見が、七票だった。



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