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足りないものと、必要なこと

「――で、死にそうな顔して、下りて来たわけなのだな?」


 エミルは呆れ顔で、噴水の縁に座り、頬杖をついている。


 初対面の時の様子から、彼女は、泉の水に触れていなければ存在できないような印象を持っていたのだが、実は泉から離れることもできるらしい。


 考えてみれば、宝箱にメッセージを残したのだから、納得がいった。


 リュウは庭園に残っている。俺の練習の邪魔をしないように気を遣ってくれているらしい。


「それで、二週間も庭園にこもって、ひたすらに剣の鍛練をしていたと」


「……正確には、け、剣術の、鍛練とっ、肉体の……鍛練だッ……!」


 俺は呼吸を荒げながら返答した。


 獅子の亜人に完敗してから二週間、俺は庭園に閉じこもり、鍛練に明け暮れた。


 馬鹿の一つ覚えのように黙々と剣を振り、周辺を走り、腕立て伏せや腹筋、背筋、スクワット、重量を増やした斧による薪割りなど、知る限りのトレーニングを続けた。


 一日一日を満身創痍になりながら、筋肉痛と蓄積する疲労と戦い、そして抗った。

 現代スポーツ医学から考えて、最悪なトレーニング方法だ。


 しかし、筋肉の超回復を待ち、筋力をアップさせることに加え、体力を欲していた俺は、無謀な鍛練を自分に課した。


 銃による戦略は考えなかった。弾数に制限がある上に、先日の戦いぶりから有効な攻撃手段とは思えなかったからだ。


 今後、獅子のように屈強な敵が出現した時を考えても、拳銃に頼るのは危険だという理由もある。


 本来、剣術や武術において、最も効果的な鍛練は組手だ。実際の状況と同様の条件で戦うことで、同じ筋力、体力、経験、あらゆる必要な力を得る事ができる。


 だが、それは怪我と隣り合わせだし、俺に仲間はいない。ならば、できることは動かなくなるまで自らに鞭を打ち、より強靭にすること。



 そこで俺は鍛練の方法を三つに分けた。



 一つ。

 純粋な筋力トレーニングと柔軟。

 戦いにおいて使わない筋肉はない。

 俊敏さと力強さ、技と精神力。知識でさえあれば瞬間的に反応できる状況もある。全身の筋肉を鍛えることこそが肝要だ。


 先程上げた鍛練方法に加え、足先から顎までほぼ全身にくまなく負荷をかける。狩猟や採取中も、重い物を持ったり背負ったりして何らかの鍛練を行っている。


 二つ。

 剣術。

 俺には剣道や剣術の知識がない。

 あるのは今まで積み重ねた経験だけだ。


 ある意味、希少で価値の高いものだとは思うが、深い考えの元、吸収してはいなかった。漫然と、日々を生きることに執着し向上心が薄れていたと思う。


 まずは、剣に対しての認識を変えた。根本的な、剣とは何か、という部分。俺は現代における剣術の知識を持たないため、あくまで独自な見識によるものだ。


 握った感触から得られる情報は多かった。


 前腕部分にかかる重みは、人差し指ではなく小指にかかる。手首の動かし方が重要で、握りの強弱を変化させることで剣速は大きく変わる。


 大げさに言えば、手首だけ、肘から先だけ、肩から先だけ、腰から先だけ、膝から先だけ、足首から先だけ、そして足裏から剣先まで。

 箇所毎を連続で流れるように動かせば、足からの力を全て剣先に集約できる。


 もちろん、常にそうはいかない。

 状況によっては手首の動きで構えを変え、剣の軌道を変えつつ、足先に力を込めることで、連動的な力の流れを逆に流し、反動で武器を振るうこともあるだろう。


 柔軟さも必要だということだ。



 そして俺は、軌道で筋力の使い方も変わるし、思い通りの場所を斬れないということに気づいた。



 最初はゆっくり、徐々に早く、思い通りに剣を振る鍛練を始めて、現在に至っている。まだまだだが、開始当初に比べるとマシになっているようだ。


 長剣、小剣、短剣、その他の武器によって扱い方はまったく変わる。基本をしっかりすることは大事だが、個々の武器の熟練度を上げることも重要だ。


 俺は長剣を選択した。

 理由は最低限の攻撃力と機動力を維持できるから。


 小剣だと刀身が短く頼りない。重鎧を装備している獅子相手だと心許ない。軽い分動きやすいのは利点だが、相手にダメージを与えられる期待感が薄い。


 長剣だと、衝撃を弱めながらの攻撃なら、数度は防げるだろうし、得物の長さから間合いに入れやすい。


 デメリットは小剣に比べて扱いにくいし、重い点。動きも緩慢になるが、獅子を倒すには弱点を突くしかない。


 奴の身体は厚い金属で覆われているが、顔は無防備だ。視界の確保のためか、それとも矜持か、あるいは誰にも負けないという絶対の自信か。どちらにしてもその弱点に縋るしかない。剣術に関しては語るとキリがない。



 三つ目はイメージトレーニング。

 獅子との戦いを想定するわけだが、これが中々に難しい。

 なんせあの時は必死だったし、記憶に残っていなかったからだ。


「小僧、お主、この鍛練には意味があるのかの?」


「た、多分……」


 俺は長剣を構えたままの姿勢で動きを止めている。自然、腕は疲労し、痙攣している。なんせ、すでに三十分はこのままだ。


 長剣の重さは約2キロ。聞くと軽く感じるが、ずっと持っていると酷く重い。


 その上、刀身の根元には手製の重りをつけている。刀身半分を埋める木の枷は中々に壮観だ。おおまかに見て、一キロ程度はあると思う。


 合計三キロが背中から指先に荷重をかける。但し、柄を握っているため、剣そのものの重量と体感重量は違う。つまり、より重い。


 全身は汗だくで、ふくらはぎでさえも乳酸がたまりつつあった。構えたまま動かないでいるのは重労働だ。動く方が疲れない気がする。



 腕を下ろしたい。もういい。もうやめたい。



 負の感情を無視して俺は青蝋燭の揺らぎだけを注視した。


 疲労の中、意識が散漫になっていたが、鼓膜に届いた音に俺の身体は勝手に反応した。


 毛ほども聞こえない微量の水音。


 踏み込むと同時に、流麗な動きで両手を持ち上げた。


 円を描くように、慣性と回転を逃さぬよう、手首と肘、肩、果ては後背まで力の流れを意識した。

 頭上を回る刀身は燦然と弧を描き、正円の軌跡となって残光を浮かばせる。剣刃は一縷の隙も無駄もない所作のまま、蛇のようにうねり上部から落ちた。



 諸刃が視界に入った一粒の水滴へ向かう。



 だが、その蛇は貪欲さにより、獲物を捕らえそこなった。くちなわの口裂けだった。


 振り終えたと同時に、鼓膜も機能し、風音が響いた。


「残念だの」


「はっ、ま、まだまだ」


 俺は再び正面に長剣を構えた。その様子をエミルが横目で見ている。


 いつ来るかわからない雫は、エミルによって生み出されている。彼女は泉の水を己の意思のままに動かせるのだ。ただ、この場所だけなのであまり役には立たないとのことだけど。


 先程の一閃。間違いなく邪念が入っていた。考え過ぎていた。


 当てよう当てようと思うと外れてしまう。思うように手足が動かず、自分の不甲斐なさに苛立ってしまう。だが、感情は集中力を奪うだけで邪魔以外の何者でもない。


 激情により膂力が向上するなんてことは非常に限定的な結果だと思う。


 火事場の何とやらという奴だ。基本的に感情的になれば動きも単純になる。知能がある相手と戦うならば愚昧であるとしか言えない。


 怒りに身を任せればもしかすると通常以上の力が発揮できるかもしれない。

 だが、技術という人間の編み出した武器を手放すことになる。


 仮に無意識下、あるいは激情の炎に身を焼かれながらも身体に染みついた技術を自然に繰り出すことができるのであれば別だ。


 ただし、その領域に足を踏み入れるのは達人と呼ばれる人達であり、一般市民である俺には夢幻の世界だ。



 冷静さを保つ。俺にとって重要なのはこの精神だ。



 緊張、恐怖や焦りは隙を生む。鍛練で培ったものは実践では半分も発揮できない。仮に、精神的に冷静でいつも通りにできれば練習と同じように結果を出せるのだ。


 精神力。これを培うには今俺がやっているような鍛練が効果的なのではないかと考えた。


 長時間の戦いを想定しての、構えを維持するという部分もあるし、瞬時に攻撃に転ずるという練習にもなる。精神と肉体の鍛練、それが今のトレーニング内容だ。


 二週間放置してしまい、エミルには愚痴愚痴言われてしまった。庭園に彼女は入れないらしいのだ。どういう原理なのかは互いにわからなかったが。


 その後、構え、水滴を待ち、斬る。この一連の流れを続けられるだけ続けた。


 二時間が経過すると、やがて腕が上がらなくなった。


「も、もう無理だっ!」


 俺は限界を迎え、ぜいぜいと呼吸を繰り返しながら地面に倒れ込んだ。


「情けないの。そんな様子で獅子とやらに勝てるのか?」


「はぁ、ど、どうだろな」


「聞けば、ニホンとやらには荒事は少ないらしいではないか。環境が全く違う中で生まれ、今はようやくある程度の安息を得たのであろ? わざわざ命を賭け、戦うことに意義はあるのかの?」


 エミルは険しい表情を浮かべた。


 俺は彼女の反応に僅かにむっとしてしまう。

 まるで俺が勝てないと言っているように聞こえたからだ。


 確かにエミルに説明しながらも勝算は少ないと自覚していた。それでも負けるからやめとけと言われれば、不服を抱いてしまうのも無理からぬこと。


「何だよ。エミルも別の泉に移動したいんだろ? ずっとこの場所にいて息が詰まるって言ってたじゃないか」


「そ、それはそうだがの」


 足をぶらぶらさせながら物思いに耽っている様子だった。白く伸びた脚は濡れ、妙に艶めかしい。そんな思いを知られたくなくて俺は天井を見上げる。


「妾としては話せる相手がいるだけで、まあ、なんだ、それなりに、少しは、小粒程度の嬉しさはあるわけだ。だもんで、無理に上階を目指さなくてもよいのではないかの?」


「だもんでって……口調が定まってないぞ」


 エミルはなぜか時折変な口調になる。なんというか、訛ってるような。


 厳かというか老人が使うような喋り方なのに、途中で思いもよらない言葉を選ぶから、虚を突かれて笑ってしまうこともしばしばある。


「う、うるっさいわ! わ、妾も時々、自分の口調が変なことくらいわかっておるわ! それより、さっきの話だ!」


「エミルの言うことはわかるけど、俺はやっぱり自分の世界に帰りたいし、このままここで過ごし続けるのを良しとはできねぇな。それに負けたまま終りたくない」


「帰りたいという気持ちはわからんでもないが、負けたままなのはいいではないか」


「イヤだね」


「よくわからんな。意地を張る必要はないであろ?」


「男ってのは意地を張ってなんぼの生き物なの」


 そう思い始めたのは最近だ。昔は、ほんの数ヶ月前はそんなことを考えてもいなかった。むしろ草食系、無気力な若者という言葉通りの人間だったと思う。


 でも今は変わった。良し悪しはまだわからないが、以前に比べて毎日が気力に満ちていると思う。生きている、そう強く感じている。


「……余計によくわからんの」


「女にはわからないかもしれねぇな。ん? いや、男にもわかる奴はあんまりいないのかもしれん」


 俺は首を捻り、自分でも何を言っているかわからなくなってきた。ああ、そうか。俺の価値観が変わって根本的な部分が揺らいでいるから、考えも曖昧なのか。


 もし、日本に戻ったらまた元の俺に戻るんだろうか。



 それはイヤだな。



 俺が思考を巡らせていると、エミルも同じように何か考え込んでいた。


「どうした? 俺、何か変なこと言ったか?」


「いいや、そうではない。気づいただけだ。妾は女なのだな」


「……そりゃ、どう見ても女だろ」


 長い睫毛、大きめの瞳、艶やかな髪質、綺麗に盛りあがった胸に白磁の肌にすらっと伸びた手足、肉体は丸みを帯び、傍目からみても柔らかそうな太腿は情欲を促す。


 女性であることは明らかだ。


「いやなに白魔女とはそういう話はしなかったし、精霊に性別はあまり関係のないこと。だが、なぜか生まれながらにして性別は分かれておるのだ。

 この場所しか知らぬ妾は、男を知らんかったのでな、自分の性別に対する自覚が薄かったというわけだ」


 男を知らない、という何となく卑猥な表現に、ふと気づかされた。


 こんな閉塞された場所に男女が二人。相手は精霊だが女であることは変わりがない。



 これは色々と、アレな状況なのでは。



 視線がエミルの身体に吸い付く。薄布から伸びる脚が何とも扇情的だった。端的に言うとエロい。滅茶苦茶エロい。


 高校にいると、女子のスカートから覗く生足とか頻繁に見るよ?

 でも、やっぱりまじまじとは見られないわけですよ。

 見てたら『マジ、キモいんだけど』とか言われて、エロ男爵の汚名を着せられたりするわけで、男子は肩身が狭いというか。


 でも、短いスカートを履いたり、胸元が緩かったり、そういう格好する方も悪いんじゃないかなって思うな!


 あれ、そう言えば色々必死で忘れていたけど、ここに来てから『若き情動の発散』をしてないな。意識すると危険な反応が込み上がってくる気がする。



 まずい、別のことを考えるんだ、俺。



「小僧。おい、小僧」


 俺は賢者。何事にも動じず、何事も受け入れる。


 冷静沈着の権化だ。落ち着け。動揺するな。これは試練だ。狼狽しないという精神鍛練だと思え。でなければあいつに勝てない。そうあいつに勝つんだろ?


「お主、聞いておるのか? おい!」


 俺はぎゅっと目を瞑り何とか動機を抑えた。


 ゆっくり眼を開くと、そこに見えた光景に表情が固まる。


 いつの間にか、眼前に迫っているエミルがいた。再三言っているが彼女は薄手の衣服だ。露出が多いため、目のやり場に困ることもある。その最たる場面が今ここにあるッ!


 エミルが、俺の顔を覗き込むように屈んでいる。胸元は無謀にさらけだされ、すぐ近くに足が見える。顔をずらせば、スカートの中の花園を覗き見ることができそうだ。



 くっ! どっちを見ればいい!?



 これはあれか、誘っているのか。エミルも実はそういう感情に捕らわれて、だめだとわかっていながらも、俺を誘惑していたり。





 ――しなを作り、床にぺたんと座るエミル。瞳には熱を籠らせて、濡れている。上目遣いで俺の様子を窺い、媚びるような艶美な吐息をする。


『お、お主。そんなに、見たいのか……?』


 上気した頬が恥ずかしいという感情を表していた。妖艶さとは無縁、だが、恥ずかしさを感じながら抑えきれない気持ちに、思わず男を誘ってしまう。そんな本能と理性のせめぎ合いがそこにあった。


『べ、別に好き好んでこんなことをしておるわけではない。た、ただ、お主がしたいというのなら……いいぞ?』


 そして、するっと肌を滑る薄布。衣擦れと共に、衣服は床へ落ちると、エミルは美しい裸体を晒し――





「おい、どうした? 顔が変だぞ?」


 エミルは、僅かに嫌悪感を表情に浮かべていた。


 おっと、思わず妄想に浸っていた。危ない、危ない。変態野郎の烙印を押されるところだったぜ。


 しかし、体勢はそのままだった。まだ気づいていないらしい。


 やっぱり単なる天然か。間違いなく、エミルはあふれ出るパトスを抑えきれず、情欲のままに俺に肢体を晒して、あられもない目くるめく淫靡な営みを望んではいないだろう。



 だが! しかし! これは! いただけない!



 先ほどまでの精神鍛練なんて目じゃない。こんな目の前に美味そうな餌をぶらさげられて我慢しろというのは拷問そのものだ。ぶっちゃけ発情してもしょうがないと思います。


 ちょっと下着を見るくらい、いいんじゃないだろうか。

 むしろちょっと胸元を覗くくらい、許されてもいいんじゃないか。


 女の子の身体って柔らかいんだろうな。触ったことないからわからないけど。

 エミルは訝しげにしているが、俺の思惑に気づいていないようだ。性に対する知識は多少あるようだが、やはり乏しい。幼い。未熟!




 そして俺に天啓が訪れた。




 もしも。もしも、獅子との戦いで、あるいはこの先の戦いで命を落としたとしたら、俺は童貞のまま一生を終えることなる。女の子と付き合った経験もなく、若くしてこの世を去るのだ。


 今は生きるために必死だ。

 真剣だ。

 だが、食べるために狩猟や採取をし、勝つために己を鍛えるだけの毎日でいいのか。


 男子高校生としては、女の子となんやかんやのエロエロイチャイチャな展開を望んでもおかしくないではないか。


 近い内に死ぬかもしれないし、恥ずかしいとか失敗を恐れて何も言わずに死んでしまうなんて、絶対に後悔する。そう、そうだ。ならば、せめて、せめて!



 おっぱい触りたいッッッッッ!



 メシュテリアに転移して数ヶ月。溜まりに溜まった鬱屈とした感情が爆発した瞬間だった。


 それは同時にエミルの言った通り、激動の中である程度の安息を確保できているということでもある。つまり、ぶっちゃけ休みたいし、ご褒美を欲しているのだ。色んな意味で。



 真剣に考えろ。どうすれば触れる、いや触らせて貰えるッッ!? 



 ベストな流れは、それなりに自由に触った後、気まずくならないことだ。


 触った後、もしくは触らせて欲しいと交渉した後、俺達の関係が悪化するのは避けたい。


 エミルも言っているが俺達は二人しかいない、唯一の会話ができる間柄なのだ。だというのに、気まずくなって『あ、お、おはよ』とか微妙な空気の中、挨拶して次第に疎遠になって顔を合わせるのも辛くなったりしたら。



 さ、最悪だ……ッ!



 つまり、エミルが『しょうがないにゃあ』と言える流れが最高だ。そうなるにはどうすればいい?


 数少ない、エミルとの会話と反応を思い出せ。まだ、俺達の関係性は知り合い程度。

 友人とは言えまい。


 だが、たった二人、自然に接する機会が増えれば自ずと友人関係を築けるだろう。それらを考慮しても、現段階で肌に触れるのは困難としか言えない。


 しかし、俺はもう諦める人生はやめたのだ。


 言い訳をして、逃げて、これでいいと思い込み、自分の不甲斐なさを見ぬふりをして、後悔ばかりの人生を終えた。前向きに、自信を持って、やれることをやり、そして目的を果たす。それが変わった俺の信条だ。



 だから、絶対に諦めない。あの胸を触るまでは!



 手練手管は俺には似合わない。考えても経験がない俺に、女心は理解できない。小細工はやめだ、俺なりに最大の敬意を持って、行動を起こそうじゃないか。



 今こそ立ち上がる時だ、俺ッ!



 そして、俺は何食わぬ顔で上半身を起こし、爽やかに笑った。


「おっぱい、さわ」


「しし、しゅねぇ!」


 言い切る前に、エミルの拳が顔面にめり込んだ。


 それは見事な右ストレートだった。


 一瞬の内に耳まで赤くしたエミルの顔を視界に収めた瞬間、俺の意識は見事に途切れた。


 目覚めた時、平謝りしたのは言うまでもない。


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