思ったよりもスムーズですね
数十秒の沈黙の中、俺は絞り出すように声を発した。
「え、えーと、どうしよ?」
どうやら俺はかなり動揺しているらしい。簡単な質問さえ浮かばずに、にへらと愛想笑いを浮かべることしかできない。まるで窓際に追いやられたサラリーマンのような無能っぷりだ。
「妾にだけ名乗らせて、お主は名乗っておらんではないか」
「あ、そか。ごめん、かなり失礼だったな。俺は――」
名前を名乗ると、エミルは片眉を上げた。
「なんとも面妖な名だの」
「俺の国では普通だけどな」
「ほむ、なるほど。では小僧でよかろう」
「そ、それはちょっと、ほら、どう見ても俺の方が年上」
「泣くぞ?」
「小僧でいいですっ!」
俺は即答した。目の前で泣かれるとどうしたらいいかわからなくなる。正直言うと、できればご勘弁願いたい。
エミルは鼻を鳴らすと、したり顔になった。
「精霊は人間よりも寿命が長い。つまり、妾の方が年上ということなのだ! なので小僧でよかろう。お主はお姉さまと呼んでもよいのだぞ?」
「イヤだけど」
「食い気味に言うなぁ!」
「そもそも、何歳なんっすかね?」
「ん? んー、多分十七歳?」
「同い年じゃん。ってか見た目よりは年上だけど大したことないじゃん。もっと数百歳のロリババア巨乳っていうキャラづけかと思ったのに」
「よ、よくわからんが馬鹿にしとる? しとるよね?」
「しとらんです」
俺は明らかな嘲笑を浮かべたが、エミルは青筋を立てつつも、嘆息し怒りを収めた。意外に精神的に大人なのかもしれない。大部分は子供っぽいけど。
ここまで話しておいてなんだが、もっと話すべきことが一杯あるような気がする。
「エミルは何でここにいるんだ? ってか、いつの間に現れたんだ? その前に、なんで会話できてるんだ? 俺、日本語話してるんだけど」
「呼び捨ては決定なのだな……ま、まあよいが。何故いるのかと言われれば、泉の精霊だからだ。いつの間にと聞かれれば、水が流れたから。つまり泉の体裁を保てたことで妾は顕現することができた、という――設定だ」
最後の方だけ声量が小さくて聞こえなかった。
「会話については、日本語という言語は知らんが、妾が使っているのは精霊言語だ。精霊言語は万物との意思疎通が可能だから、お主とも不通に会話できているというわけだ。
妾は精霊言語を話し、お主には日本語に聞こえている。逆も然りというわけだの。しかし、お主はあれか、異界人か?」
「多分、そうだと思う」
エミルは顎を撫でながら思考している。彼女は終始、泉の中に立っており、足元は水で濡れている。
「なるほどの。この迷宮『メシュテリア』の一般常識は知らないというわけだの。精霊の概念もよくは知らんのだろう」
「一応、初級の魔術書を読んで浅い知識はあるけど」
「ほう……? トゥアム語辺りは習得しておると?」
「多少、だけどな。というかじゃないとここに来られないだろ。羊皮紙に書かれていた文字読めないし」
「そ、そういえば、その可能性を忘れておった。と、とにかく中々に優秀だの」
誤魔化すように、うんうんと何度も頷くエミルを前に、俺の頭には様々な疑問が浮かび始めていた。
「異界人の存在ってのはメシュテリアだっけ? だと、常識なのか?」
「ふむ、常識ではないが、この迷宮では有名じゃな」
「この迷宮ってなんなんだ? 地上まで続いているんだよな?」
「ふっ……知らん!」
「知らんのかいっ!」
自信満々の表情だったからどんな返答をするのかと期待していたのに、清々しい程に情報を持っていなかったらしい。
俺は呆れ顔で項垂れた。
「一つ一つお主の疑問に答えると時間がかかる。ここは、妾が知っておること、妾のことを色々と話してやろう」
「お、おう、それは助かる。さすがエミル! 頭がイイネ!」
「ふふふ、褒めるな褒めるな、持ち上げても何も出ぬぞ!」
ぐははっ、と可愛らしく囀るエミルを前に、俺は顔に笑顔を張り付かせた。
ちょろい、ちょろいわ、こやつ。
エミルは両腰に手を当て、仁王立ちしながら口角を上げた。
「先程も言うたが、ここは『メシュテリア』という迷宮、らしい。
何階層か知らぬが、どうやら頂上に行けば望みが叶う、らしい。
外のことは知らん。
原因は不明だが、最下層に異界人が転移されることがある、らしい。
ちなみに、宝箱を配置したのは妾ではないが、羊皮紙に文章を書いたのは妾、宝箱の底に入れたのも妾だ!」
俺は言いたいことを抑制し、笑顔のまま問いを口にした。
「どうしてそんなことしたのかな?」
「その方が面白いかなって! ほら、謎解きみたいで楽しかったであろっ!?」
「……財は?」
「わ・ら・わ♪」
しなを作っているがなぜか色気は皆無だった。豊満な胸が残念要素の一つになってしまっている。なぜだ、全国の男子諸君の情動を刺激するはずの部位が、むしろ苛立ちの原因になっている。
「冗談はこれくらいにして」
「おいぃぃ!? エミルさん!?」
「まあまあ、さっきのお返しだ。なんせ、訪問者がまったくなくての、暇だったのだ。許してくれぃ。白魔女もおらんくなってしもうたからの」
ああ、あの家の住人だった人か。エミルとも面識があったんだな。
「そもそも、らしいばっかりで要領を得なかったんだけど」
「すまんな。妾は精霊にしては生まれて間もない。妾の知識は精霊に対する情報と関わりのあったものから聞いた情報だけなのだ。それも断片的。その上、白魔女に聞いた情報もあいまいでの。どうもあやつは信用できん。ゆえにらしいと申したのだ」
「まさか、今、話してくれた内容だけしか知らない、とか?」
「ば、馬鹿にするでない。色々、それはもう色々と知っておる! 精霊のことなら知っておるわ! ほら、見ろ! ここの泉ならば自由自在よ!」
エミルは得意げにしながら、水瓶から流れる水の勢いを変えたり、止めたり、溜まっていた水を少なくしたりしている。中央の獅子がぐるぐると回っているが、ものすごく地味だ。地味としか言いようがない。
胸の内を晒せば、精霊に対しての好奇心はなくもない。ただ、知りたい情報の優先順位としては下位だ。
俺は結局、自分の疑問をそのままに口にしてみた。
「メシュテリアが何階層で出来てるとかは?」
「知らん!」
「異界人がどうして転移するのか、とかは?」
「知らん!」
「頂上に行けば願い事が叶うっていう話の詳細は?」
「知らん!」
「……泉の精霊ってことは他の場所の泉には移動出来るのか?」
「知らん! あ、ち、違う、知っておる!」
膝って十回言って、みたいな簡単な言葉遊びに引っかかったな、おい。エミルで遊ぶのは楽しいが、肝要なのはそこじゃない。
「ふふ、驚くなよ! なんと魔力の有無に関わらず、泉と泉との間を移動ができる! しかも瞬間的にだぞ! すごいだろう!」
ルー○とか、テ○ポみたいなものか。
「そも、泉の精霊というのは包括的な言い方なのだ。妾はこの迷宮の泉の精霊であって、別の場所にある泉の精霊ではない。だので、ここから動けん。迷宮内で別の泉に水が満たされれば移動できるがの」
「つまり、ずっとここにいたのか」
「うむ」
「エミルだけで?」
「まあ、白魔女がいた期間も数ヶ月はあったがの。人間とは違い、精霊は自然に生まれる。つまり生まれた瞬間から孤独なのだ。妾の場合は、ことに条件的な精霊なのでな、ここから離れたことはない」
即座に首肯したが、エミルは瞳に若干憂いを帯びていた。
白魔女以外に誰もいなかったのか。
十七年間の内、どれくらい孤独に過ごしたんだろうか。宝箱の遊びも寂しさからの行動だったのだろうか。表にはほとんど出していないが、実は苦しんでいたのかもしれない。
俺は、強制的に転移されてからたった三ヶ月程度しか経過していない。それでも心細かったし、不安だった。リュウがいてくれたおかげでかなり助かったが、たまに日本のことを思い出すくらいだ。
それが十七年。考えるだけで気が遠くなる。
「なあに、精霊と人間は違う。そのような憐れみはいらん」
「そうか、すまん」
「よい。それよりもお主は悪い人間ではなさそうで安心したぞ。なんせ、白魔女の奴が人間は下品で下卑で愚かで不潔でクソの塊のような存在で話すだけで周辺が穢れ、この世に最も必要ない存在などと脅したからの」
「人嫌い過ぎるだろ!」
「安心せい。妾は自分で見たことしか信じぬ。だからこそ白魔女から得た知識は、らしいと言ったのだからな」
ここまでの話を頭の中で整理していくと、エミルから得られる情報は大体網羅したかもしれない。
いや、根本的なことを聞いてなかったな。
「エミルはこれからどうするんだ?」
「どう、とは?」
俺の質問の意図がわからないのか、エミルはきょとんとしている。
「ずっとここにいたいのか、それとも俺と同じようにメシュテリアから脱出したいのか。まあ、俺の場合は元の世界に帰りたいんだけど。エミルはどうしたいんだ?」
「ふむ、考えてもみなかったな……。妾はここに生まれ、ここで寿命を終え、また新たな精霊が生まれ、妾の代わりに泉に住まう。そういう輪廻の中にいると思っておったのだが。なるほど、そうか、望みか。ふーむ」
エミルは数十秒の間、熟考した。渋面を浮かべていたが、やがて表情を晴れやかにする。
「やっぱり行けるところまで上階に行きたいの。さすがにこの場所も見飽きたんでのぉ。そうだ! 小僧、別の泉を見つけた際には泉に水を満たしてくれんか? ついでで良い。代わりに、泉間の移動をさせてやろう」
「そりゃ構わないけど、契約って奴か? 代償が必要なんじゃ」
「泉に水を満たして貰う、これだけで良い。誓約ではない、口約束程度の簡易契約だ。仮に断念しても構わんし、できたらで良い。代償は必要ない。どうかの?」
「わかった。じゃあ、口約束成立だな」
「くふふ、そうじゃな。まあ、そんなもんでよかろう」
俺はエミルと互いの信頼を確かめるように握手した。初対面で過ごした時間は短いが、同じ境遇だからか親近感を抱いていた。きっとそれはエミルも同じなのだろう。
俺は仄かに笑い、こみ上げる嬉しさを噛みしめつつ手を離した。
「あ、あと、こ、これは頼みなのだが……そ、その、ひ、暇な時でいいので、た、たまには、しょの、あ、会いに来たりしてもいい、ぞ?」
なんてわかりやすい。その上、微妙に素直じゃない。けれどその反応が好ましく思えた。
俺は浮かび上がる柔和な気持ちのままに、口を開いた。
「喜んで」




