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最強ペット  作者: mahiru
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終章

終章


「なんか夏葉なつは、疲れてる?」

 ここのところ、本当に良く聞く言葉だと夏葉はしみじみ思う。

 文化祭が来週に迫ったこの時期、さすがに一年三組も準備に追われることとなった。連絡係の夏葉は、いいように雑用係としてこき使われており、なんだかみんなより大分忙しいような気がする。

「ったく、家に帰れば巨大なペットの世話だし」

「え、夏葉ちゃんってペット飼ってたっけ?」

 夏葉の独り言を琴江が耳ざとく聞き取って問うのを、苦しい言い訳で逃れる。なんだか朝からぐったりと疲れてしまった。

 汪融おうゆうの出来事から夏葉は数日間寝込んでいた。銀王曰く、瘴気にやられたのだというが、いまひとつ夏葉にはわからない。それについて教えてくれたのは銀王ぎんおうではなく希世きせだった。

 恐らく、という前置きの上だったが、

「兄貴がなかなか引き取れなくて、遠縁の中にいたからかもしれないわね」

 元々上梨かみなしの血を継いでいるので敏感な性質であるのだと言う。本家の血筋、素質としては充分な上に雛姫ひなきの力を内包している。その雛姫は結界の外で暮らすことが殆どなかった。そのために鋭い感性が悪影響を及ぼすことがなく暮らしていたが、それはある意味、俗世間に対して耐性がない状況ではないかと希世は考えていたというのだ。

「本当なら私たちみたいなちょっとした訓練をさせればよかったんだけどね」

 上梨から遠ざけるために遠縁に預け、上梨の習慣である神事の修業もさせないようにした。そのことが仇となったのではないかという……ことらしい。

 そんな希世もこのところは多忙だった。文化祭準備で忙しいのは生徒だけではなく養護教員も同じようで体調不良だった夏葉の世話は銀王が請け負った。

 看病の間、銀王は人型をしていた。世話をするには獣型よりも便利だというのは当然であるが、日常生活は家自体が人型向けにできているのだからそのままでいる方が楽であろうに、回復後は殆ど獣型を維持していた。それはやはり雛姫の意思を尊重しているのかもしれず、ほんの少しだけ淋しい気がしないでもなかった。

 結局は汪融の行動に巻き込まれた形となった四之宮香しのみやかおりは大事なく、夏葉よりも学校に復帰したのは早かった。しかし汪融の器となってしまった白鷺優斗しらぎゆうとに関しては未だに意識が戻っていなかった。今後どこまで回復できるかは彼自身の生命力にかかっているらしい。優斗自身に何かがあって汪融に憑かれることになったのだと、銀王や希世は話していた。自業自得だと言うにはあまりに大きな代償だし、夏葉にどうにかできるわけではないが、ほんの少し責任を感じなくはない。はやく元気になってほしいと願うばかりだ。

 ……なんにせよ、夏葉自身は体調も回復し、元の毎日が戻ってきた。文化祭で忙しいなんてのは平和な証拠だ。疲れたと愚痴が言えるだけ幸せなのかもしれない。

 ぐったりと机につっぷすとホームルーム開始のチャイムが響いた。待ってましたとばかりに担任が出席簿を手に入ってきた。いつもなら乱暴に閉めるはずの扉が閉じられず、担任に続いてもう一人、教室に入ってくる姿があった。

 軽く教室内がざわめく。特に女子のざわめきが大きいような気がする。

いぶかしく思った夏葉は目を上げた。途端に眠気は吹っ飛び、思わず立ち上がっていた。

「――なっ」

「どうした、牧名まきな。トイレか?」

 クラス全体が軽く笑う。が、夏葉はあんぐりと口を開けたまま、担任の冗談さえも耳に入らなかった。

 視線の先、しっかり榊学園高校の制服を着込んで立っているのは、見覚えのある銀色の髪をした妖艶な美貌の少年。

「今日からこのクラスの仲間になる転入生だ」

上梨銀かみなしぎんです。よろしく」

 これ以上ないという眩しいほどの偽善スマイルを振りまく。

「急だが、みんな仲良くしてやってくれ」

 担任に夏葉の後ろの席を指示された少年はすれ違いざま、夏葉の肩を叩き、耳元で囁く。

「ビバ身内不正だな。よろしく、なっぱ」

 齢千年なんて軽く超えているというのに、高校生になるなど一体いくつ年齢をごまかしているのかというのは、この際おいておくとして――何故ここにいるのだ。

「あんた、人型やめたんじゃないの?」

 文化祭関連についての担任の報告に教室の空気はどことなく落ち着かない。それをいいことに夏葉は銀王に声をかける。

「雛姫は妖気が掴みやすいから獣型がいいといっていたがな」

「……な、なに?」

 銀王の見下したような視線が痛い。

「お前はどうせ妖気がわからないんだからどっちでも問題ないだろ」

「そうだけど」

「それから、言っておくが、オレはペットじゃない」

「……き、聞いてたの」

「自分の世話くらい、自分でできる。散歩も不要だ」

 反論の仕方が間違っているような気がする。

「銀王さ、単に、暇なだけじゃないの」

 日がな一日ごろごろしているだけの毎日だった。案外、夏葉のことは口実で学校に通いたいだけなのではないだろうか。

 その指摘は意外にいいところを突いたのだろう。銀王は一度視線を反らしてから否定を口にした。

「ちゃんと考えた結果だ。これならそばで守れるしな」

「でも、だからってさ」

「ちなみに、希世の案だぞ。それからしゅうって奴」

「……」

 その言葉に夏葉は口を噤んだ。保護者二人が銀王側についたのなら夏葉に勝ち目はない。

――あの二人、絶対楽しんでる。それに銀王が乗っかっただけだ。

 いつ結託したのかわからないが、まあ、仲良くしてくれるならばそれはそれでいいことなのかもしれない。

 雛姫の願いは上梨から逃れることだった。それが叶えられた今、次の銀王の目的は雛姫であった魂に生涯を全うさせるというものに変わった。いつまた汪融のような、雛姫の力を求める者が現れるとも限らないというのだ。が……。

これまで何事もなく生きてきたのにこの先そんなことがあるのだろうかと思わなくもない。

「なっぱ」

 またなっぱと呼んだと心の中で抗議をしつつ目を向ける。

「どうやらお前はこっちの方がいいみたいだしな」

「――っ」

「そうだろ?」

 にやりと笑う様子もまた秀麗なだけに、憎たらしい。

「べ、べつにどっちだっていいよ!」

 十六年以降の人生は、とんでもなく前途多難なものになりそうだ。それでも、きっと楽しいものになるに違いない。

 ――なぜなら、闇の中ではなく、光の中で、ずっと銀王といられるのだから……。


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