第15話 探索結果と存在の再定義
帰還途中、特に問題も無く、私は拠点の地下の部屋――リグレットが待つ部屋に戻ってくる。
少しの緊張感と共に、部屋の扉を開ける。
「あっ! おかえり、エフ!」
元気な声が聞こえて、リグレットが私に走り寄ってくる。それを抱きとめながら、心の内で、息を吐く。
――正直、不安があった。初日から早速、何かリグレットの身に起きてはいないかと。
今回は昼間の探索として想定していた中でも、最短の、三時間の探索だ。――まさか、自分がこんなにも心配性であるとは思わなかった。……いや、リグレットの身に何かあると言うのは、現状、私にとって最悪の事態であり、避けるべきであり、人間で言うところの『心配性』とはまた違う意味の――思考停止。再起動。
「エフ、かわいい!」
なぜか必死に、頭の中で言葉を尽くしていた私に、リグレットがそのようなことを言ってくる。
「――ああ。そうですか、ありがとうございます」
一瞬、理解ができなかったが、リグレットの視線が私の体に向いており、探索に行く前との違いと言ったら、白いワンピースを着ていることである。そう判断し、答える。
そう言えばと思い出し、私は言葉を続ける。
「リグレットの服も、持ち帰ってきましたよ」
「ホント!?」
私はバックパックから、私が着ているものと同じデザイン、サイズ違いの、白いワンピースを取り出し、広げる。
「おそろい!」
嬉しそうに言うリグレットの言葉を聞きながら、これなら、リグレットとの関係を、姉妹で通せるか? と、考えたが――まあ、流石に無理だろう。やはり、髪色も顔立ちも違いすぎる。
リグレットの着替えを手伝う。それで確信したのだが、やはりボタンの付いた服であるとか、上下でシャツとスカートだとか、そういった物を持ち帰ってこなくて正解だった。頭からかぶって終わりのワンピースが、一番面倒が少ない。
着替えの終わったリグレットは、しきりにワンピースの裾を引っ張ったり、私の物と見比べたりと、せわしなく動いている。そしてある程度で満足したのか、笑顔を浮かべていた。
それから、バックパックの中身を整理して、リグレットの食事を準備する。
明日以降は、向こうのショッピングモールに残されていた非常食を持ち帰る予定なので、おかゆと茹でた芋だけと言うメニューも、今日で最後だ。
試しにコーヒーや紅茶を食事のお供に出してみるが、リグレットはどちらも好まないようであった。……まあ、これは想定内だ。
兵士たちの間では、コーヒーも紅茶も、そして……当然、アルコールも。ただの水よりも人気があったのだが。
これはつまり、コーヒーや紅茶の飲料ボトルは飲み水として使えず、生活用水としても使えないから、完全に無駄になるしかないわけだが……せめて、無糖ではない種類ならどうだろうか? いくつかあったと記憶しているし、これも明日、持ち帰って試すとしよう。
リグレットの食事が終わったら、今度は私の魔力補給の時間だ。
いつものように魔力補給を始めたのだが、その間に、リグレットがとにかく話しかけてくる。探索の最中に何を見つけたとか、この町の外の様子だとか。
――やはり、一人でここに居たのが、かなり効いているのだろう。
普段からおしゃべりと言えば、それはそうなのだが……。リグレットの経験を考えると、やはりどうしても、そう言った精神的な不安定さを感じる。
「今日もちゃんと、約束を守ってくれましたね」
私は膝の上に座りながら、私に抱き着いているリグレットに話しかける。
あの時、何気なくやった、ベッドに私が腰を掛けて、その膝の上にリグレットが座って、私に抱き着くと言う、この体勢。完全に、魔力補給の陣形として定着してしまった。魔力補給をしようとなると、リグレットは手を伸ばし、抱っこをしてくれと言わんばかりに、催促をしてくる。
「……うん。リグね、いいこにしてたよ」
この体勢は話しやすいし、いざという時は、このまま抱えて移動ができるしと――なるほど、確かにこれは優れた陣形であると感心する。
「約束を守っていただき、ありがとうございます」
「……うん。リグ……これからもずっと、いいこにするから」
静かになったリグレットの、頭を撫でる。
――ふと、踏み込み過ぎていないか? そんな思考がよぎり、私は手を止めてしまう。
私は、リグレットの精神的な支柱にはなれない。外敵から守ることはできても、内面から支えると言うのは、私にはできないことである。
……いや、そんなことを言っても、今さらだ。
それを言うなら、今こうして、リグレットの頭を撫でていた手も、背中に回している手も、既におかしい。
精神的支柱になれないのは事実だが、なるしかないのが現実である。私はそれに、気づいている。
――思考停止。再起動
いい加減に、認めるべきだろう。
リグレットから全てを奪ったのは私かもしれない。私が直接的な原因であるかもしれないし、そうではなくても、無関係ということは絶対にない。
そんな存在が、自らが傷つけた心を癒そう、支えようなど、どう考えても通らない話である。むしろ、近づくことさえ許されない。
――だが、今ここ、リグレットの側に居るのは、私しかいない。
私にあるのは兵器の力で、人間の心に寄り添う力は無い。私自身も、人間に寄り添える存在になりたいなど、思ったことも無い。
結局、今だって、単にリグレットのことを大切に思っているわけではなく、リグレットの健全な状態に付随する、リグレットの持つ魔力が必要だからと、合理的な理由も同時に考えている。
私は、リグレットの母親の代わりにはなれない。母親どころか、支えになることすらできないし、その資格も無い。
だが、リグレットは何か支えを求めていて、今、リグレットの手が届く範囲に居るのは、私だけである。
――初めての任務ではあるが、探っていこう。
すぐには無理だ。人間の心は複雑で、同じ人間同士ですら、満足に理解し合えない。
そう言う複雑な状況の人間とのコミュニケーションに特化した人造人間もいるが、膨大な知識を蓄えた、専門の型でやっとだ。
加えて、リグレットは幼い子供である。自己の確立している大人以上に複雑で、繊細で。専門の型の人造人間ですら、極めて慎重に取り扱う対象だ。
――だが、やるしかない。それだけの話だ。
私は自分を、『リグレットを外敵から守る兵器』として定義していたが、『守る』の意味を、もっと広く、複雑に捉え直す必要がありそうだ。
それを結局、どう定義し直せばいいのか? ――それは、今すぐ結論が出ないが、人間がそうするように、私自身も、この先、生きながら探していくことにしよう。
改めて私は、『リグレットを守る存在である』。そう、自分を再定義する。
私は優しくリグレットの頭を撫でて、背中をさすり、今できそうな、精いっぱいの安心を与えて。
リグレットが疲れて眠るまで、ただひたすらに、そうやって時間を過ごした。
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