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『勇者を辞めたエルフは株を買う 〜魔王討伐後、投資で世界を変える〜』  作者: かめ


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第42話 落ちるナイフ

今回はかなり“投資回”です。


「落ちるナイフを掴むな」は実際の投資の有名な言葉ですが、

それでも誰かが掴まないと未来は残らない。


そんな話を書きたかった回です。

 ルーメン通信の応接室は、異様な静けさに包まれていた。


 外ではまだ人々の声が響いている。


 契約解除。


 資金引き上げ。


 不安。


 恐怖。


 だが、この部屋の中だけ時間が止まったようだった。


「……現状の資金は?」


 リゼリアが静かに尋ねる。


 向かいに座る中年の男――ルーメン通信の社長、ベルクは疲れ切った顔で答えた。


「今日を乗り切れるかどうかです」


 声に力がない。


 机の上には大量の書類。


 未処理の契約。


 返金申請。


 融資打ち切り通知。


 市場は企業を殺す時、剣ではなく紙を使う。


「設備投資を急ぎすぎたな」


 ガルドが資料を見ながら言った。


「辺境への通信塔建設……普通なら数年単位だぞ」


「分かっています」


 ベルクは苦く笑った。


「ですが、誰かがやらなければ地方は永遠に切り捨てられる」


 その言葉に、リゼリアは少しだけ目を細めた。


「利益の薄い地域に、先に投資したのか」


「……はい」


「だから嫌われた」


 市場は基本的に、“今すぐ利益になるもの”を好む。


 未来への投資は、短期では重荷にしか見えない。


「中央の投資家は皆、“無駄だ”と言いました」


 ベルクは俯く。


「地方など切れば利益率は上がる、と」


「でも切らなかった」


「通信は、人を繋ぐものですから」


 その一言だけは、迷いがなかった。


 リゼリアは静かに資料へ目を落とす。


 赤字。


 不安定な資金繰り。


 急拡大。


 市場から見れば、危険企業そのもの。


 だが。


「……未来はある」


 小さく呟く。


「リゼリア?」


 ガルドが顔を上げた。


「問題は“時間”か」


「そう」


 価値があっても、時間切れで潰れる会社は多い。


 市場は未来を評価すると言われる。


 だが現実には、“今日生き残れるか”の方がずっと重要だった。


「で、どうする」


 ガルドの視線が向く。


 ベルクも息を呑む。


 リゼリアはしばらく答えなかった。


 窓の外では、人々の不安が渦を巻いている。


 誰もが逃げたがっている。


 価格は落ち続けている。


 まるで底の見えない穴みたいに。


「投資の世界には、言葉がある」


 リゼリアが静かに口を開いた。


「“落ちるナイフを掴むな”」


 ベルクの肩が小さく揺れる。


「下落中のものに手を出せば、大怪我をする」


「……その通りです」


「だから皆、待つ」


 もっと安全になってから。


 もっと安定してから。


 もっと確実になってから。


 だが。


「それだと、世界は変わらない」


 リゼリアはゆっくり立ち上がった。


「リゼリア」


 ガルドが低く呼ぶ。


「お前まさか」


「分かってる」


 危険だ。


 最悪、全部失う。


 市場の流れはまだ悪い。


 ローブの男も動いている。


 ここで入れば、巻き込まれる可能性が高い。


 それでも。


「未来があるのに、恐怖だけで潰れるのは嫌い」


 その声は静かだった。


 でも、はっきりしていた。


 リゼリアはベルクを見る。


「条件がある」


「……はい」


「地方通信網の拡大を止めないこと」


 ベルクが目を見開く。


「利益率を優先して地方を切れば、私は降りる」


「……っ」


「投資は金だけじゃない」


 リゼリアは真っ直ぐ言った。


「何を残したいかに価値がある」


 しばらくの沈黙。


 そしてベルクは、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 その声は震えていた。


 ガルドは大きく息を吐く。


「はぁ……本当に掴むのかよ」


「落ちるナイフ?」


 リゼリアは小さく笑った。


「違う」


「?」


「これは、“未来”」


 その瞬間だった。


 外から激しい音が響く。


 ざわめき。


 悲鳴。


 そして誰かの叫び声。


「売りだぁぁぁ!!」


 市場は、まだ止まっていなかった。

第42話でした。


リゼリアは基本的に合理的ですが、

今回はかなり感情で動いています。


ただ、

彼女の中ではそれも“投資”なんですよね。


数字だけじゃなく、

「この未来を残したいか」で判断している。


そして、

市場はまださらに荒れます。


次回は、

ローブの男側も本格的に動き始める予定です。


引き続きよろしくお願いします。

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