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臥龍

 この頃過去のことをよく思い出す。

 特に初陣で共に戦った道三殿の姿は、今でも鮮明に思い出せる。

 彼の御仁は息子である治部大輔義龍に討たれることを喜んでいる節があった。

 最期の笑顔は何だったのか。美濃を織田に譲り渡せると考えたか、それとも治部大輔義龍が織田に勝つと見えたのか。今となっては彼の答えは分からない。

 ただ分かることは一つだけ。遠からず美濃の諸将達が織田の軍門に降ることになる、ということだけだ。

 私に敗れた治部大輔義龍は笑って私を許した。

『お前はいつか必ず、俺や倅にとって必要になる。誰が不要と言ってもそれはソイツの勝手で決められはせん。それだけのものがお前は持っている。そうだなあ、いらんことを馬鹿に言われぬように孔明とでも名乗ってみてはどうだ?゛斎藤に孔明あり〟うん、これは良いな!』

 どれだけの軍略を持とうとも、過去も未来も数瞬後の行先でさえも、ただの人には分からない。

 だがどうしてだろう、私には時代の流れる先は見えていた。

 今川を破り、尾張の反攻勢力を打倒したのは偶然で済ませられない。必ず上総介は時代を築く。

 もし治部大輔義龍が長命であれば、右兵衛太夫が経験を経ていればこの美濃は上総介の障害となり続けただろうか。どれだけ否定をしてもその先には上総介が、居た。


「姉上。姉上」

「・・・」


 この期に及んで仮定の話は無意味なものか。


「姉上!」

「――ご、ごめんなさいです、はいぃっ!」

「また何か考え事ですか?姉上のことはよく知っているので私は気にませんが、織田からの使者殿がお待ちですよ」

「ごめんなさい、久作。準備出来次第すぐに行きます」

「了解です姉上。安藤殿が対応していますのでなるべく早めにお願いします」

「はい」


 急ぎ支度をし、使者の待つ広間へ向かった。

 要件は聞かなくても分かりきったことだろう。


「お、お待たせいたしましたです、はい」


 広間には巨漢が座していた。

 上総介の重臣のお出ましであった。


「お初にお目にかかります。某織田上総介が臣、柴田権六郎勝家にございます。此度はお会いしていただき感謝の極みにございまする」

「戦場では何度かお見掛けしてはいましたが、こうしてお会いするのは初めてですね、はい。ご高名はかねがねうかがっております、はい」

「世に誉高い竹中殿に知っていただけているとは、嬉しきものにございます」

「褒めていただいても何も出せませんが、ありがとうございます、はい」

「早速にございますが、此度こうして参上したのはですね――」

「皆まで言わずとも分かっております、はい。言葉を遮り申し訳ないのですがこの城は上総介殿に譲るわけにはいきませんです、はい」


 言葉を遮ったので彼は面食らい動きが止まった。


「この城は右兵衛太夫を諫める為にお預かりしたのです、はい。預かった物を他の人に渡すことは到底できませんです、いずれお返しするのですから、はい」

「あ、いや、その、こ、今回は新しく城主になられた竹中殿にご挨拶に伺った、のですが・・・」

「それはありがとうございます、はい。ですが、無駄なことですので、他に目を向けるようにと伝えてくださいです」

「あ、はい」

「「・・・」」

「と、とにかく上総介殿には今回のお礼と、半兵衛の心内を伝えてくだされ!いずれはこの城を右兵衛太夫殿に返す形となりますので、と」


 場の空気が完全に冷え切ってしまった。

 その空気を変えるべく安藤はお礼を定型的な感謝を述べ、柴田を帰らせるのであった。


 その後も何度か織田の人間が来ては帰っていく、この繰り返しであった。

 彼らが来るたびに二三話しをし帰らせる。煩わしさはあった。

 ただ、織田の人材には斎藤と違った出世に対する貪欲さと実直さが見られた。彼らの主上総介は贔屓もするがそれは勲功とは別に存在しているようであった。

『姉・・・じゃなくて主上総介は人の好き嫌いは勿論あります。が、それは功績による好悪が大半を占めています。何もせずに無為に居ればもちろんその人のことは嫌い、結果は出ずとも一所懸命やればそれを褒めます。寵愛している人に多少優先して活躍の場を与えますが、嫌いだからと与えぬことはありません。やればやった分自分に返してくれる人ではあります。気まぐれで振り回したりもしますが・・・』

 とは何回めだかにやって来た上総介の肉親による言葉であった。


 彼の言葉を聞いてからというものの頭の片隅で考え続けてしまう。これより後の自分の人生を、意義を。

 右兵衛太夫は私のことを許さない。これは間違いないだろう。そして彼を支える他の家臣たちもだ。

 最近改めてこの稲葉山の小競り合いが増えた。実権を握る私たちが憎いのだろう。そして自分の手でこの城を取り返し第二の飛騨守が如き存在に成り代わりたいのだろう。

 このまま斎藤に仕え続けてどうする。

 出奔する?いやしたところでどうなる。私一人ならそれも構わないが久作もいる。彼だけを残しては行けない。

 だからと上総介の下へ向かいたいとは欠片も思わない。あれはどうしようもない程に他人のことが好きな人種だろう。凡人が持ち寄りあった知恵を使いたい人だ。私だけの知識は必要としない、そんなところに向かうのは、嫌だ。

 各地の群雄はどうだ。甲斐の武田、越前の朝倉、近江の浅井、六角。そして足利。

 どれも外様すぎる。私に出番は、来ないだろう。


 私の知識は必要としてくれる人の下へと向かわせたい。


 何度も考えた。だが一番私を買ってくれるのは織田上総介をおいていない。

 そして時代は必ず、上総介を中心に動き出す。


「あっつい・・・」


 気づいた時には季節が変わっていた。


「おや姉上。何か目の前が開けたような、開けてないような中途半端な顔をしていますね」


 失礼なことを言う弟だ。


「・・・久作、いつの間に夏になってたの?」

「いつの間にって・・・そこそこ前からですよ?もうすぐ葉月になります」


 城を攻め落としたときはまだ寒かった、それは覚えている。

 最後のはっきりとした記憶は織田、喜六郎の言葉。


「・・・ああ、だいぶ深く考えていたのですね。言われてみれば季節への愚痴を暫く聞いていなかったですね」

「それは、少し考え過ぎてたわね・・・」

「それで?考えた結論はどうなりましたか」

「結論はまだ無いわ」

「おっ・・・、と。珍しいこともありますね。これ程長く考えておりましたのに」

「結論が無いからこれだけ考えたのよ。――安藤殿に伝えて、稲葉山は右兵衛太夫に帰すと。そして私は責を取って斎藤を出奔。弟のあなたは謹慎として菩提山に籠りなさい」


 この時義龍様の顔が浮かんだ。


「斎藤を出る!行先は未定!時代が私を必要とするならその時にまた考えることにしたわ。なにせ私が、今の世に言う孔明なのだから!」


その足取りはとても軽やかであった。



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