中濃合戦
先立つも 暫し残るも 同じ道 此の世の隙を あけぼのの空
犬山を落としてから姉上の戦略が変わった。
以前は墨俣を基点に西部南部の二方向から稲葉山を目指す形であったが、中濃を落とし三方向から圧迫を加えることにしていた。
「五郎左の下に加治田城の佐藤より私たちに就くと使者が来たわ」
「それは真ですか姉上。彼らは関の長井と堂洞の岸と盟を結んでいたものとんばかり思っていました」
「ええそうよ。でも彼はこの前の竹中による稲葉山城占拠で斎藤に未来はないとこちらに使者を寄こしたの。今は美濃への足がかりが欲しいからね、これを利用しない手は無いわ」
「では出陣ですか」
「ええ、木曽川を超えるわよ」
中濃侵攻は順調な滑り出しであった。
犬山城の北にある伊木山城を占拠すると森三左衛門に東方の烏峰城を攻略させ、鵜沼城を木下藤吉郎が降伏開城させた。
姉上が犬山に着陣すると前線を押し上げるように通達され、さらに北、加茂野へ抜ける為の障害である猿啄城を落城させた。
「堂洞城の岸勘解由左衛門は戦上手で知られております。されば被害を少なくするため説得してみてはいかがでしょうか」
どこからか声が上がった。
「それもそうね。五郎八行って来てくれるかしら」
「ははっ」
と金森殿は陣を出立し間もなく帰ってきた。
「どうだったかしら五郎八」
「彼の御仁は我らと一戦構える模様でした。某が赴いたところ父の勘解由左衛門は勿論のこと、嫡男の孫四郎信房も自らの子を呼び出し首を斬るまでして某に覚悟を見せてきました。あれはどのような褒美を与えようと斎藤と共にしましょう」
何という覚悟だ。
それをきいた他の将も岸父子の潔さに衝撃を受けていた。
「ならば仕方なし。堂洞城を攻め落とすわよ。おそらく関城の長井や右兵衛太夫も来るはず、気を緩めることのないように!」
「「ははっ」」
※ ※
織田勢がこの中濃へと手を伸ばしてきた。
家臣の説得もあり、これに呼応して我ら加治田勢は織田上総介に未来を託すこととした。
しかし周りは未だ斎藤方の者に囲まれており積極的に織田方としての行動を取ることができなかった。その為佐藤・岸・長井の三城主で織田に対抗するための盟を結び、人質として岸に娘を送ることになった。
「と、殿!あちらをご覧くだされ!!」
「どうした」
家臣が叫び、指をさした方角を見る。そこには人が居た。
「な、あれは!?」
いや人であったモノだ。それもよく見知った顔であった。
「ひ、姫ではござらぬか・・・」
そう、岸勘解由左衛門に人質として送り、その孫である岸信友の嫁となった娘であった。
前々から岸父子は我らの裏切りを疑っておった。だからこうなるのも分かっていたことではないか。
だが実際に目の当たりにすると、この身が怒りに染まってしまう。
「な、何たることかッ!必ずやこの仇を討ち取り岸の連中の首を墓前に並べてやろうではないか!」
「「おうっ!!」」
分かってはいたことだ、この義父を許せとは言わぬ。必ず戦に勝ち弔おうぞ。
知れず涙が零れ落ちる。
「殿」
「いかがした治郎兵衛」
「このまま姫を野晒しにするのではあまりにも不憫にございまする。されば我が身を賭し姫のお身体を持ち帰りたく」
「それは願ってもないことではあるがお主の身になにかあればどうするのだ」
「なに見つかるへまなどは犯しませぬ。それに正面切っていくわけではございません。密かに忍び込み取り返して来ます」
彼はそう言い残すと宵闇に紛れ走り去っていった。
数刻後には遺骸を持ち帰ることに成功した。これにより家中の士気は高まった。
それから数日後には岸や長井らがこの加治田城に攻め寄せてくるのであった。
※ ※
「加治田城が攻められたらしいわね」
「では、すぐにでも救援に向かわねば!」
「ええ、けれど焦ってはいけないわ。右兵衛太夫の本隊も稲葉山を発ったとの報告が来てる。これに対処しなければならないの」
「殿。でしたら救援は一部の部隊を先行させましょう。殿達本隊は西を警戒していただき追い返すことに注力しましょう。幸い加治田城を攻め寄せているのは岸勢のみ。長井は未だ関城に詰めているだけですので城を囲めば退きましょう」
「そうね。じゃあ救援には五郎左、与四郎、三左に行ってもらうわ。私たちは西を撃退次第合流する」
「「ははっ」」
津保川を西への堀と見立て、高畑周辺に我らは散らばった。これにより関堂洞間が遮断されることになった。
我ら織田勢の動きを見た長井勢は出撃してくると予想通り津保川を越えてきた。
「かかれっ!」
長井勢は瞬く間に崩れた。先鋒の兵が襲われると大将の長井道利もすぐに逃げ出した。
敵の攻撃の意思がないとわかるやすぐに兵を退くように通達した。
「追い首無用!すぐに堂洞へと向かう!続けっ!」
転身すると堂洞城の西に位置する茶臼山に本陣を構え、全軍に攻撃の指示を出した。
俺達那古野勢は南から攻め上がる形となった。
「皆、この戦に勝つことで我らが美濃を取るかどうかが決する!敵の抵抗も激しいものとなるが必ずや功を上げよ!行くぞっ!」
敵は三方からの攻撃によく耐えた。弓射かければ身を隠し、隙を見つければ突撃を敢行。堅牢な守りであった。
何度も矢を放った。何度も力押しをした。その度に敵は傷つき倒れながらも押し返した。
「クソ、しぶといな」
五郎左殿の部隊では家臣の太田又助が弓矢で敵を射抜いたという。
我らは未だ手柄らしい手柄を取れていなかった。
「殿、急いてはなりませぬ」
「分かっている。分かってはいるがなあ」
「見てくだされ殿。奴らに疲れが見え始めています。それに何より奥方であろうお方が長物を振り回しております。必ずや押しぬけましょう」
と言われ城を見てみる。確かに年かさのいった者が陣頭に立っている。
その気迫に織田の者は押され得物が届く範囲には誰も近寄ろうとしない。
「あの様はまさに源平のころに聞く坂額のようですな」
その勇猛さに皆感心しきりであった。
少しして果たして言ったとおりになった。
堂洞城の北側を守備していた岸孫四郎信房が付き従う兵が討たれこれ以上は戦えぬと腹を十字に斬り自刃、これに信房の妻も続いたという。
この報が届くと俺たちの目の前を守備し、十八にも及ぶ攻勢を防いでいた勘解由左衛門信周夫妻と、西を守備していた信周の弟である三郎兵衛信貞が本丸に退いた。
それからしばらくの後、丹羽五郎左殿が本丸へ乗り込んだ。
「皆丹羽殿に続け!一つでも多く手柄を立てよ!」
あとはもう雪崩れ込むだけであった。
すでに勘解由左衛門信周夫妻は刺し違え自刃し果てており、残っていた三郎兵衛信貞を始めとした他の岸一族の者も皆乱戦の中討死し果てた。
すでに辺りは夜を迎えていた。
この日姉上は加治田城に入り翌日に首実験を行ったのち、犬山に帰城するのであった。
この帰路、合戦に間に合わなかった斎藤右兵衛太夫が攻め寄せてきたもののこれを追い払い、斎藤利治を援軍とし、加治田城を守りきることに成功した。
ここに美濃東部の支配が完了し、残すは美濃西部となるのであった。
待て暫し 敵の波風 きり払い 倶にいたらん 極楽の岸




