光属性の癒やしの魔法とは
「ほ、ほほ、本日より、で、殿下の魔法、を、いや、の、担当をします。」
想像していたより大分若い、目の前の男はまだ20代半ばくらいだと思われた。無造作に伸びた髪の毛を後ろで一つに結い、真っ黒に日焼けした顔に垂れた眉毛と目がついた穏やかそうな青年だ。着せられたのであろう貴族の服は、全く似合っていない。
それもそうだ。俺の新しい魔法の教師は、平民上がりの研究馬鹿だと聞いている。礼儀作法は話にならないな。だがそんなことはどうでもいい。魔法に関する知識が豊富で意欲もあり、研究を現場で行っている実践的な感覚を持つ、魔法庁が推薦した若手の研究員だ。
「ええと。殿下は、ええ、10歳になった、ん、いやいや、なられた、10歳であられる、か。」
教師は、敬語なのか丁寧語なのかよくわからない言葉を発した。発しながら目を不安げに動かし、結局正解が選べず口ごもり、本題にも入れないでいるようだ。敬語ができないために会話ができないとは。馬鹿だな。だが面白い。
10年間の人生で、こんなにも表情が豊かな人間と向かい合うのははじめてだ。
「師よ。私に敬語は必要ありません。いつも通りの話し方で構いません。」
俺は礼儀正しいけれど気さくな笑みを顔に張り付けた。師はおそるおそる俺の笑顔に視線をやり、しばし見入った後ほっと息をついた。そして頭を下げる。
「すみません。私は学校でも現場でも魔法のことしか頭になくて。いつも飯食えとか風呂入れとか怒られてて。」
師は頭をぽりぽりとかきながら、てへへと幼い笑顔を作った。
俺はその笑顔に意表を突かれた。次期国王である俺に、周囲の者達が見せるのは愛想笑いや媚びた笑顔ぐらいだ。素の笑顔など、殆ど見たことがない。平民でありながら、時期国王を無駄に崇めるでも畏れるでもないこの男。適任だ。
「それにしても、私なんかでいいんですかね。」
なぜ自分が選ばれたのか全く理解していない男が不安そうに尋ねてきた。
「私はすでに基本の魔法書は理解しています。そのため魔法書を解説する教師は必要ありません。魔法もすでに使えるので、魔法の扱い方も教わる必要はありません。王宮で、研究現場の話を聞いただけの教師もいりません。師のように、実際に研究現場で働いている方の声が直接聞きたいのです。」
王族は5歳から一般教養を学びはじめ、10歳になると魔法学が加わる。通常は王族か貴族の偉い魔法師が教師となる。それが今回、時期国王の魔法の教師という非常に名誉な役職に、手を挙げる者がいなかった。理由は簡単。俺が天才だからだ。ジジイやババア共には俺に教えられることが何もない。
俺は光属性の、癒やしの魔法の使い手だ。
人間や魔人にとって、魔法は身近に存在はするけれど、それを使いこなすことは困難だ。だが俺は誰から教えられることもなく、3歳の時に侍女の傷を癒した。まるで息を吸うように、俺は魔法が使える。
教師候補がいないのをいいことに、俺は研究に携わる者を教師としてつけて欲しいと父王に懇願した。俺は滅多に我が侭など言わないので、甘い父は喜んで良い教師を捜してくれた。
うるさいジジイやババア共が平民の教師なんて、と怒り狂っていたが、正直俺はそんなことはどうでもいい。清く正しい王太子は、差別などせず平民を受け入れるのだろうが、俺は逆だ。貴族にも平民にも特に興味がないから、平民も受け入れられるのだ。
「私が師を望んだのです。」
俺の言葉に師は顔を赤らめて、へへへと照れた。
「それなら、その、師って呼び方もやめてください。なんだか大げさで照れる。そうだな、先生とでも呼んでください。」
俺はこくりと頷いた。そして優しげな笑みを浮かべた。俺は、王族らしく威厳があるけれど、話すと親しみやすい王太子殿下、だ。そんな俺に気をよくしたのか、先生がおずおずと口を開いた。
「あの、非常に言いにくいのですが、その、教える代わりに、というと変ですが、殿下の魔法を見せてもらえませんか。」
不安げな先生をよそに、俺はあっさりと首を縦に振った。そんなことか。そんな簡単なお願いならいくらでも対応できる。
途端に先生の垂れた目が大きく開かれきらきらと輝きだし、喜びが口から溢れてきた。
「いいんですか。やったぁ。実はこの話がきた時断ろうと思ったんですが、あわよくば殿下の魔法が見れるかもと思って引き受けたんです。王族の魔法なんて俺みたいな下っ端じゃ一生見れないですからね。」
そう言いながら先生は嬉しそうに鞄から眼鏡や筆記用具を取り出し、俺を観察する形を整えていた。
俺は苦笑するしかなかった。先生の顔は、研究員の顔だ。俺に魔法学を教えるという本来の仕事をすっかり忘れ去った顔。俺を研究対象として観察している顔。この男はあまりにも自由で馬鹿で、俺には輝いて見えた。俺には許されない、何事かに対する一途さが、この男の魅力なのだろう。
少しの羨ましさと、そう思ったことに対する罪悪感。俺は目を閉じ心を落ち着かせた。俺は馬鹿でいることなど許されない。俺はこの国の王太子だ。
俺はとりあえず、魔法を披露することにした。
まず、体の表面に感じる、魔力の元である魔素を意識する。次に、その魔素を一点に集めつつ、凝縮していく。俺の場合は右手の人差し指だ。指先に魔素を集めたら、形を作る。俺の場合は細い紐。魔素は体の外に出た時点で、色が付き、肉眼で見えるようになり、魔力にかわる。そして魔力に何らかの意志を加えられれば魔法となる。
俺は腰に下げていた短剣を音もなく鞘からひき抜くと、そんな俺を見て恐怖で顔をひきつらせた先生の腕を、さっと切った。先生は華奢に見えるが、腕は筋肉質だった。貴族と平民は体からして違う。
「な。ななな。」
震える先生を無視して、俺は白い紐を先生の体へと向ける。その白い紐が俺の望むとおり、先生の体を通り抜け心臓まで達すると、俺は右手にグッと力を入れた。
「うひゃっ。」
先生の軽い悲鳴とともに体がビクビクと震えだし、垂れた目が大きく見開かれた。俺は右手の力を定期的にぎゅぎゅと緩急をつけながら徐々に強く速くしていく。先生の鼓動がそれに合わせて速くなるのを指先で感じる。そしてすぐに、先生の体に変化が起きた。
傷口が、自然と治っていく。
俺は、人の心臓に働きかけ自然治癒力をはやめることができる。これが、光属性の癒やしの魔法だ。
そして俺が天才と言われる所以は二つ。一つ目は、他の光の魔法師の倍以上早く傷を治せること。二つ目は、通常一人ずつしか治療ができないところを、俺は同時に何十人も治療ができる。ただ心臓を押せばいいのだ。俺からすれば集中力など全く必要のない、ただの単純作業だ。
因みに、この魔法には副作用がある。心臓を弄られるせいか、魔法をかけられた者は暫くの間気分が高揚し、興奮状態が続く。
案の定、先生は冷静さを欠いた表情で早口にまくしたてはじめた。
「凄い。これが光の癒しの魔法。さっきの切り傷がこんなにすぐに治るなんて。まるで奇跡みたいだ。」
先生は切れていたはずの自分の腕を様々な角度から眺めては感心したりうなり声をあげたりした。それから俺に目を向けると上気した頬で話し始めた。
「それにこの感覚。力がみなぎってくるような。今なら何でもできそうだ。空だって飛べそうな気分です。」
俺は目を輝かせて自分の拳を握り込む先生を、首を左右に振りながら宥めた。
「何でもできると感じても、自分の能力以上のことはできません。そんなに便利な魔法ではありません。」
そうかそうか。そう頷きながらも、先生は自分の両手をみつめる。そして何かを感じているのだろうか、手の平を開いたり閉じたりを繰り返す。
「それでも凄い。これは戦争で重宝されるわけだ。いくらでも魔人を倒せそうだ。」
俺は微笑んだ。その通り。この副作用は戦場で重宝されているらしい。光属性の癒しの魔法は、傷を癒すだけではなく、心も癒す。それが光属性の癒し手達の誇りらしい。
俺は癒しの魔法しか使えないが、どうやら戦争では一旗あげることができそうだ。
俺はこの魔法で国王になる。そして魔族も屈服させる。楽しみだ。




