貴族のあるべき姿とは
ごめんなさい。
加筆修正をして、また掲載すると以前書いたのですが、結局加筆修正する気力がないままなので、以前のままの内容で、また掲載します。
よろしくお願いします。
「殿下、『貴族』のあるべき姿とは、どういったものだと思われますかな。」
俺はつい先日、この人の国の王太子となった。まだ8歳。兄弟は腐るほどいる。母親の地位も高くはない。それでも俺が選ばれた理由はただ一つ。光属性の魔法が使えるからだ。
それに付随して、政治や歴史、礼儀作法などの授業に、新たに帝王学が加わった。目の前の枯れ果てたジジイが俺の新しい教師だ。そして開口一番に尋ねてきたのが、先の問い。
「ちと、質問が大きすぎましたかなぁ。」
師は、干からびた手で、もじゃもじゃと顎から伸びた灰色の髭を弄びうぅんと唸った。
「では、『徳のある人物』とは、どのような人物だと思われますかなぁ。」
これなら解るだろうと、骸骨のように落ちくぼんだ目で俺の瞳を覗き込む。
「徳。品位があり、誠実で、周りの者を惹きつける人物、であろうか。」
俺は8年間で得た知識を元に、闊達に答えた。あの目は何だ。ジジイ、俺を試すつもりか。
師は、ふぉっふぉっふぉ、と、どこから出たのかわからない笑い声をあげて口の端を吊り上げた。
「それは、市井に住む人物の場合ですなぁ。殿下。そのような下賎な考えをどこで学ばれたのですか。感心しませんなぁ。」
間の伸びた、柔らかい口調に嫌みを込めて、師は続ける。
「私の質問は、貴族の話ですぞ。まさか殿下が、平民の話を始めるとは思いも寄りませなんだ。」
嫌みったらしいジジイだ。俺の反応を見るために攻撃してきたか。
「師よ。私はこの国の王太子だ。民のことを一番に考えることこそが、私の使命だ。」
あんな言葉に乗せられるわけがない。俺は心を落ち着かせ、行儀よく、歯切れよく、明朗に答えた。師はまたも、ふぉっふぉっふぉ、と口角をあげた。
「なるほど。殿下は年の割に忍耐強く口が達者ですなぁ。ふぉっふぉっふぉ。では改めて、徳のある人物について問いましょう。」
俺はつい、奥歯を噛んでから、はっとした。この癖はよくない。直さなければ相手に表情を読まれてしまう。俺は、変わらずあからさまにこちらを観察している師に目を向けた。今の悔しさが読まれたかはわからない。俺には、このジジイの笑顔に隠された感情が読めない。
答えを出せずに考え込んだ俺を見て、師は自ら語り出した。まるで最初から、俺になぞ答えを期待していなかったかのように。
「貴族の徳には、品位も誠実さも必要ありませんなぁ。まあ、あるに越したことはないかもしれませんがのぉ。ですが必要なのは、むしろ勇気と愛国心というところかのぉ。貴族は土地を持ち、それを守る。それを実行し得る人物が、徳のある人物ですかなぁ。」
先ほどよりも幾分か固くなった口調で、髭をいじりながら話す師。
「土地だけか。人は、民のことは守らないのか。」
俺はつぶらな瞳を見開いて驚くと、焦ったように言葉を発した。正直、民のことはどうでもいいが、素直で真っ直ぐな王太子ならばこう言うだろうと言葉と表情を選んだ。
今まで俺が師事した教師達が、俺に期待した人物像はそういったものだ。だがこのジジイは、品位も誠実さも必要ないと言い、俺を怒らせるためだとしても平民の考えを下賎とさえ言い切った。このジジイは、他の教師達とは全く違う。
師は、目をすがめて俺の動作を追っている。何かを暴こうとしているかのようだ。俺の猫かぶり演技は通用しているのか、わからない。
だが俺の心配は杞憂に終わったようで、師は表情を緩め、続きを話し出した。
「もちろん、民も守ります。しかし、土地を守るためには戦って犠牲になる命が必要ですからのぉ、守れない民も出てくるでしょう。」
師は両腕を広げながら、質のいい服に包まれた、枯れ枝のような体を尊大に立ち上がらせた。そしてすうぅと息を吸い込んだ後、痩せた体からは想像もできないほど張りのある高らかな声を部屋中に響かせた。
「土地を守れる者こそが『徳のある人物』。だからこそ、富を持ち、他者から敬われ、認められる。それが貴族のあるべき姿。」
師は広げていた両方の手のひらを握りこみ、鋭い眼差しで俺を射抜く。激しい口調に俺は気圧され、体を引きそうになる。寸でのところで思いとどまり、俺はごくりと唾を飲んだ。
「誠実さなどはむしろ邪魔。誠実さよりも狡猾さ、優しさよりも手段を選ばない残忍さ。そうでなければ、土地を守ることなど到底できはしない。」
そう言い切ると、師はふわりと表情を和らげ椅子に腰を下ろした。
「なぜ土地なのか、わかりますかな、殿下。」
俺は勢いに押されて、つい頷いてしまった。
「農作物、が、生る、から、で、しょうか。」
しどろもどろの自分に苦笑しかでない。所詮俺は8歳のガキだ。
「我が人の国は、この大陸の北側に位置している。夏に乾燥し、冬は湿潤である為か、植物が弱々しい。庭の雑草など、一度抜いたら二度と生えてこない。自然の中に、食べられる植物は、ほぼない。人や動物に食べ尽くされているからだ。だから一つの地域に根付き、人の手で大地を耕し、食べ物を育てる必要がある。から、だろうか。」
俺の力のない、けれども一応筋の通った説明に、師はふむと頷き口を開いた。
「そうですなぁ。南にある魔の国のように、どこにでも果物が生る地域とは違い、我が国の大地は貧弱。農作物が生る土地を探し、耕し、守る。それが最も重要なことですなぁ。でなければ人は死にますからのぉ。」
これを見てくだされ、と言いながら、師は大きな羊皮紙を机の上に広げていく。
「我が国の王都の場所はご存知ですかな。」
俺は頷きながら、樽型の大陸の最北東を指差した。
師も大きく頷く。
「ではここで一つ、昔話でもしましょうかの。」
こほん、とひとつ咳払いをしてから、師は朗々と語り出した。
「昔、この大陸には二つの部族が住んでおりました。名前すらない、ただの人の集まりのようなものでしたが、まあとにかく別々に暮らしていたのです。仮に我らの祖先を部族人、魔の国の祖先を部族魔と呼ぶことにいたしましょう。」
俺は静かに頷いた。
「この地図をまず見てくだされ。大陸は樽型。これを横に四等分し、北から一、二、三、四と呼びましょう。いいですかのぉ。」
はいと答えつつ、俺はまた頷く。
「北の一は、寒く、暗く、貧弱な土地。農作物はあまり育ちません。その下の二は、まあまあの土地ですが、まだ薄暗く農作物はそこそこ育ちます。更にその下の三、ここは肥沃な大地で一年中木に果物が生り農作物もよく育ちます。太陽が照り、暖かく住みやすい。そして最南端の四。ここは暑く、全く植物は育ちません。」
大陸の説明に、苦笑しかでない。
「不毛な土地ばかりですね。」
俺の率直な感想に、ふぉっふぉっふぉ、と楽しそうに師が笑った。
「その通り。そこで、先程の話に戻りましょう。二つの部族は、最初は肥沃で住みやすい大地で暮らしておりました。最初は皆果物を食べていたのですが、やがて部族人が一つの地域に根ざし、農作物を育てるようになったのですなぁ。」
師は、ここで一旦飲み物を口にした。この物語は知っている。けれどなぜか俺は引き込まれ、いつの間にかその先を心待ちにしていた。
「部族魔は、攻撃的な部族でした。そこで、部族人の集落を襲い、できた農作物を奪ったのです。部族人は、戦う準備などしておりませんからな、すぐに負けて違う土地へ移り、また農作物を育て始めました。するとまた部族魔に襲われる。それが幾度も繰り返されたのです。」
演技を忘れて聞き入る俺は、ただのガキだな。
「なぜ部族人は戦わなかったのですか。」
師は俺の疑問にニヤリと口角をあげ、その後大げさに悲しみの表情を作った。
「戦いましたとも。ただ、戦いに特化した部族魔の兵と、農業もしている部族人の兵では、力量に差がありすぎて話にならなかったのですなぁ。残念なことに。」
師は首を左右に振りながら、続ける。
「部族人は、どんどん追い詰められ、やがて最北東まで追い込まれてしまった。現在の王都ですな。そこが最後の土地。もう部族が滅ぶのも時間の問題と思われたのです。人々は嘆き悲しみ、泣き喚いた。もう終わりだ。もはや自害して果てるしかないのだろうか、と。」
熱の入った語りに、つい俺も感情移入してしまう。何かないか。皆が助かる方法は、何かないのか。
「その時、一人の男が現れたのです。」
一本、指を立てて、師は誇らしげに微笑んだ。そして、まるで大事にしまっておいた、とっておきの秘密を俺に教えるように、低い声で囁いた。
「その男には、知恵があった。」
俺は歓喜した。英雄だ。英雄が現れたのだ。
「彼はまず、戦える男達を集めると剣の訓練を。そして戦えない子供達にも役割を与えた。土地の周りに穴を掘らせ、柵を立てさせ、沢山の罠を作らせた。敵はそのせいで一人ずつ孤立し、味方にやられてどんどんと倒れていった。更には丘の上から岩を転がし、敵が寝静まった頃に夜襲を仕掛けた。」
師の口から滑り出た言葉は、まるで生きているかのように踊り出し、俺の目の前にその光景を鮮やかに映し出した。
「彼こそが王家の始まり。そして勇敢な部下達が貴族の始まり。人々は歓喜し、彼らに富と権力を与えた。」
ほう、と俺は溜め息をついた。俺の先祖。初代国王が、真の英雄と呼ばれる所以はそこだ。彼は武の人であり、同時に智の人でもあった。
「男はやがて国を創り王となった。そして貴族達は各々に土地を与えられ、それを守るために戦った。人々は、彼らが兵を率い戦い国を守ることを前提に、彼らを称え、彼らが大きな屋敷に住み美味しい物を食べることを認めた。それからはずっと戦いの歴史ですなぁ。我ら人の国は、肥沃な大地を手に入れようと南下を続けている。」
なるほど、俺は納得した。
「なぜ貴族は土地を守るのか、富と権力を与えられるのか、わかりましたかのぉ。」
俺はこくりと頷いた。師の語りには臨場感がある。今まで書物で教えられてきた内容と同じなのに、全く違う物語のように聞こえた。俺は祖先達に親近感を覚えた。まるで罠を張り巡らせた子供達の一人になったような、そんな不思議な感覚だ。
ふと、視線が机の上の地図にとまった。何も書かれていない北西の土地がなぜか気になる。俺は、そこを指差し尋ねた。
「西には行軍しないのですか。」
ああ、そこ。師は俺の手元を覗き込み、軽く頷いた。
「北西の土地は今は放置されておりますなぁ。もし、この辺りにも農作物を育てられるようになれば、話は変わるでしょう。しかし今は、必要のない土地ですなぁ。むしろここを占有する労力を考えると、魔族にあげよう、とすら思える程度の土地ですなぁ。」
と答えてから、あっと何かに気づいて師は俺の瞳を覗き込んだ。
「ああ、ですがそういえば、陛下の相談役の侯爵をご存じですかな。」
話の脈絡のなさに首を傾げつつ、俺ははいと答えた。
侯爵は、父王の相談役として、現在王宮でかなりの影響力を持つ有名人だ。その鋭い眼差し、多くは語らないが随所に厳しい意見を差し込んでくる侯爵は、決断ができない我が父の良き相談相手だ。更に、頭が非常に良く切れ者で、発想が柔軟で新しい。学生時代には天才と囁かれ、それを見込んだ父王が侯爵を王の相談役に抜擢したと聞いた。
当時、侯爵家は影の薄い存在だったらしく、侯爵は彼を見出した父王へ感謝の代わりに様々な政策を提案し成功させてきた。
だが、侯爵自身は口数少なく無愛想で言葉も足りない人物だ。そもそも、侯爵が話す内容を理解できる者は非常に少ない。父王に取り立てられなければ変人として扱われていたのではないか、というのが俺の正直な評価だ。
「あの方の領地は、一と二の境目辺りの国境沿いにあるのですが、土地や種の改良など様々な実験を行っておりますな。私財を投げ打って。まあ、まだ成果は出ていないようですがのぉ。」
俺はごくりと唾を飲んだ。もし、北西の大地で農作物を育てることができるようになれば、何もかもが今とは変わるかもしれない。
それなのに、そのことをあまり歓迎していない師の口振りに、俺は違和感を感じた。このジジイには、他に何か思うことでもあるのだろうか。
案の定、少し間をおいてから、師は小さな声で囁いた。
「あの方には気をつけなされ。私財を領民のために使うのは美談ですが、何かある気がしてならんのです。それにあそこは闇属性の嫁ばかり娶る。それなのに、子供を魔法師にしない。まあこれは、確信のない、ただの爺の戯言ですがなぁ。」
侯爵は変人だが人格者として有名だ、いやだからこそ、この師の忠告は長い間俺の頭の片隅に居座ることとなった。
「まあそれはさておき、侯爵の領地よりももっと南、二の真ん中辺りが今の最前線ですなぁ。我らの悲願はあの肥沃な大地。あと一歩なのですが、当然ここまで南下されれば魔族も必死になりますなぁ。一進一退の攻防が続いております。」
地図を眺めながら、師が先程とは打って変わった穏やかさで説明を続ける。
「今は国境沿いでない領地もあり、国も大きくなりましたからのぉ、学があることや商才も称えられますが、やはり武への敬意は格別ですなぁ。」
俺は一つ気になることがあり、おずおずと口を開いた。
「では、弱く愚かな者はどうなるのでしょうか。」
俺の問いに、師は鼻で笑ってから厳しい口調で答えをくれた。
「そのような者は嘲笑され、蔑まれますなぁ。当然のことです。考えてみてくだされ。なぜそのような者に、富を与えなければならないのですかな。」
俺は考え込んだ。そうなるであろうと予想はしていたが、いざ断言されるとそれでいいものか悩む。
そんな俺を尻目に、更に師の口調は強まる。
「国のために働かない、働けない貴族など、いりませぬ。そのような貴族は、貴族の地位を返上し財産も国に返すべきですな。」
まるで嫌悪している何かを吐き捨てるような口調だった。師は高らかにそう宣言してから、正面から俺と向かい合った。
「さて殿下、本日は貴族の責務について少し話したのですが、王族の場合も大体同じ考え方をすると思ってくだされ。」
俺は快活にはいと答え、正面の師を見つめ返す。
「では、本日最後の質問といたしましょう。この国で、最も高級な衣食住を享受するのは、誰ですかな。」
その問いの答えは、非常に簡単だ。
「国王であろう。」
俺は即答した。
「そうですな。殿下、貴方は現国王陛下の嫡子にして光属性の魔法の持ち主。見目も麗しく、物覚えもいい。」
国王の後継者決めは、揉めるのが常だ。時には血で血を洗うような事態に陥る。それが、わずか8歳の俺が大した横槍を入れられることもなく、あっさりとこの立場を手に入れた。
俺は、天才だ。光の魔法師として、類い希な才能をもって生まれてきた。
「貴方が得る全ての富と権力の対価に、貴方は戦い、そして守るのです。他の誰もできぬことを、貴方はやらなければならないのです。」
師と俺は、暫くの間見つめ合っていた。貴方にできますか。その覚悟がありますか。師の落ちくぼんだ目が、無言で俺に語りかける。
俺は、柔らかく微笑んだ。
そしてはい、と朗らかに返事をすると、師はふぉっふぉっふぉと楽しそうに笑いだした。
師が部屋から消えてからも暫くの間、俺は机に座ったままの姿勢でいた。師の言葉が頭の中で繰り返され、俺は口角をあげた。
俺は選ばれた人間だ。俺には選ばれた人間としての責務がある。俺はそれをやる。俺ならできる。いや、俺にしかできない。だから、俺がやる。
「殿下。本日の授業は以上です。この後少し時間が空きますが、どうされますか。」
すっと風が動いたと感じたら、机に一筋の影ができていた。音もなく、俺の斜め後ろに少年が立ったことに気付く。
「俺は書庫に行く。貴族の責務が、実際どのような影響を及ぼしたのか、歴史の中の実例を調べる。」
俺は、こいつの前では猫をかぶらない。
「では私は、剣の稽古に行って参ります。」
お互いに頷くと、俺達はそれぞれの目的地に向かって歩き出した。




