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国王陛下の道の先  作者: 一子
オリビア Ⅰ
15/16

侯爵領が落ちた日から二十日 続

※女性がレイプされた話が出てきます。


「何をしにきたんだ、お前達は。」



 唸るような不機嫌な声を背後に聞きながら、私は静かに食堂の入口へと向かっていた。ブライクさまは屋敷の者達が部屋から去ることを望み、私もそれに倣ったのだ。彼を一人残すことは心配だけれど、男が昔馴染みだと言ったことは間違いではないようで、ブライクさまのくだけた態度に少し安心して私は歩を進めていた。



「奥様に、領主様の秘密を教えて差し上げようと思いましてね。」


 思いがけず自分が話題にのぼったことに驚いて、私は振り返った。そして男の薄ら笑いと、ブライクさまの引きつった笑いを見比べる。



「お前を殺したいが、できないのが口惜しいな。」


 ため息のように出たブライクさまの言葉が、本心だと気づいて私は驚いた。一見汚い言葉で嫌がってはいるけれど、常ならば隠している本音を本人に伝えるなんて、案外あの男のことは嫌いではないのかもしれない。



「流石、身の程を弁えていらっしゃる。貴方では私に傷一つ付けられないでしょうからね、ブライク殿。」


 革命軍の男が、侯爵家出身のブライクさまを、殿、と気安く呼ぶなんて。一体この男は何者なのだろう。



「奥様。奥様もどうかお茶を。喉が渇いたでしょう。どうぞ、そちらに。」


 そう言いながら、男は上座に座ったまま出入り口に一番近い席を領主であるブライクさまとその妻である私にすすめてきた。私は隣を見上げ、ブライクさまがその席に着いたことに驚き、けれど何も言わずその隣に腰掛けた。


 なるほど。この男、余程身分のある者なのだろう。おそらく今のブライクさまでは太刀打ちできないほどに。



 男の隣にいたフードの人物が、皆のお茶をいれはじめた。白く美しい手は、女性のものだった。



「奥様、ご存じですか。最近人の国は物騒でね。革命軍が大活躍しているのですよ、国王は死ぬべきだってね。」


 ブライクさまは諦めたのか、男を止めることなく話を聞いている。


「貴族にも賛同している者が多くてね。革命軍に金も人も集まって、国は焦っている。だから組織を潰すために騎士団に特殊部隊を作った。革命軍の情報を集め、組織員を殺しまくって、支援している貴族を吊し上げるのが、その部隊の目的だ。貴女のご主人が所属していた部隊ですよ。」

 

 思いも寄らなかった話に、私は硬直した。ブライクさまはてっきり騎士として魔人と戦っていたのかと思ていたのに、まさか国内で革命軍と戦っていたなんて。

 

「国にとって厄介なのは高位貴族。追いつめても、身分を出されると並みの騎士では深く踏み込めなかった。そこで大活躍したのが、そこのブライク殿というわけだ。侯爵家出身で、父親は国王の側近。母親は国王の従兄弟。祖父は天才と名高いあのキース様。例え相手が高位貴族でも、乗り込めるだけの後ろ盾を持っていた。まさか我が公爵家にまで手を出してくるとは思わなかったけどね。まあおかげでここ数年、緊張感のある素晴らしい毎日を送らせてもらったよ。生きるか死ぬか、非常に楽しかったね。ねえ、ブライク殿。」


 「ねえ」と訊ねられ、ブライクさまは鼻で笑った。


「昔話はもういいだろう。用件はなんだ。」



 男はすぅっと息を吸うと、突然私の方を向いて真剣な瞳で問うてきた。


「ご主人の過去を、どう思われますかね。」


 なぜ私にそのような質問をするのだろう、私はブライクさまと一瞬目を合わせ、少し首を傾げた。


「どう、と言われましても。それは確かに過去の主人で、今私が知っている主人ではありませんわ。主人の一部かもしれませんが全部ではありません。私の気持ちが揺らぐのは、貴方の言葉にではないのです。貴方が何を言おうと、私が見るのは目の前の主人だけですわ。」


 私の言葉にふふと笑ったブライクさまと、私を値踏みするように鋭く眺めた男。二人は対照的な表情をしていたけれど、場の空気が和らいだのを私は肌で感じた。



 男とフードの女は静かに立ち上がり、私達夫婦のそばに近寄ると床にひざまずき頭を下げた。


 私は驚いた。先ほどまでとは打って変わった態度だ。


「妹は、妊娠しています。子をこの領地で生み育てることを許していただけないでしょうか。」


 深々と下げられた頭と懇願するような声。男は額を床につけジッとブライクさまの言葉をまっていた。


「許すも何も、領地など出入り自由だ。自由にすればいい。」

 

 ブライクさまの返答に、男はホッと息を吐いた。


「代償は、人の国と革命軍の情報でよろしいでしょうか。」


 ふん、とブライクさまは考え込んだ。


「人の国の情報だけでいい。革命軍に興味はない。それから、お前の妹はこの屋敷で働け。」


 その時、男の妹が、初めて口をきいた。


「ありがとうございます。」


 フードを外した女性は20代後半だろうか、色白でなんとも言えない美しい人だった。陰がある、薄幸の美女とはこういう人を呼ぶのだろう。今にも消えそうな程線が細いのに、女の色香が漂い同性の私でもついゴクリと唾を飲むほどだった。



 そんな私を見て、ブライクさまが笑っていた。私はなんだか腹が立ってきて、しかも都合悪く、今、まさに今、彼が女好きであったことを、思い出してしまったのだ。


 私は、まさか、と呟き、ブライクさまの瞳をのぞき込んだ。


「ブライクさまの子、なのですか。」


 重い場の空気にそぐわない、私の悲鳴のような甲高い声に、その場にいた他の3人が顔を見合わせた。男は珍しいものを見るような表情で、その妹は少し困ったような顔で、ブライクさまは呆れてやれやれと呟いていた。


「奥様は、肝が据わっていると思ったら、おっちょこちょいで、愛らしい方ですね。」


 男がそう締めくくり、ブライクさまと情報交換を始めたのを尻目に私は部屋を出た。あんなにも美しい女性がこれから毎日自分達のそばに居るのかと思うと気が滅入ってきた。私はため息をつきながらただ歩を進めることしかできなかった。





 あることないことを色々と考えていたら、いつの間にかブライクさまがやってきて私の顔を眺めていた。


「随分と浮かない顔をしているな。あんなにあの男に気に入られたこと、君は全然分かってない。嫉妬はむしろ俺のほうだ。」


 どういうことか分からず私が首を傾げると、ブライクさまがため息をついた。


「あの二人は、公爵が数多の女達に産ませた数多の子供達の中のある兄妹だ。無能な子は捨てられ、有能な子は使い捨ての駒にするために育てられる。」



 公爵家は、王家に連なる有能な者しか名乗ることができない。数多い国王の兄弟親類達は、数少ない『公爵』という地位を得るため日々水面下で争っていると聞いたことがある。


 しかもこの公爵は、以前の国王から公爵の地位をもらいそれを維持し続けながら、革命軍を支援しているのだ。複雑な政治模様に、私の頭はついていけないでいる。



「あいつらの仕事は、俺と同じだ。人の国の公爵の子供として生きながら、革命軍の幹部で、国王側の情報を得て、人を殺しまくって、要人を吊し上げる。だから君に聞いたんだろう。そういう人間を君が受け入れてくれるか。妹と子を、ここに置いていけるか、あいつは君を見ていたんだ。」


 そういうことでしたか。私は頷いた。



「あの男は君に、妹を託す決心をした。だから俺に自身の持つ情報を与えると言ってきた。要するに、あの男は君に惹かれているから、もうあいつが来ても目を合わせないようにしてくれ、と俺は今考えている。」


 神妙な面もちから、渋面に変わっていったブライクさまの表情と言葉に私はつい声をあげて笑ってしまった。

 

「あの方が私を。」


 ブライクさまは私を買いかぶりすぎている。


「そんなことはあり得ませんわ。あの方はブライクさまに、妹を預ける決心をしたのでしょう。」



 革命軍の情報がいらないなんて、そんなことは絶対にない。この情報不足の辺鄙な地だ。どんなに些細な情報でも、欲しいはず。それなのにあの男の申し出を断ったのは、公爵の息子で革命軍の男が、妹のために自分の組織の情報を持ち出すことを哀れに思ったからだろう。魔の国の密偵だったブライクさまには、その苦しみが痛いほどわかるのだ。情を捨て利益だけを考えて割り切るのならば、全ての情報をもらっても良かったはず。でもブライクさまは、そうはしなかった。


 それにあの女性をこの屋敷で働かせるということは、要は彼女の身の安全を請け負ったということ。使用人や家令の側にいれば、暴漢に襲われたりすることはないからだ。



「君に、騎士団時代の俺の話をするつもりはなかったのに、あいつは余計なことを。」


 怒っているような諦めたような顔だった。私は少し考えてから、実は、と打ち明けた。


「私もいつか、ブライクさまが騎士だった頃の話を聞きたいと思っておりました。」


「そうか、まあ、そうだろうな。」


 ブライクさまは頷いて、けれど知られたくはなかった、と小さな声で呟いた。



「魔力が全くない母を持った俺は、属性が闇だったに関わらず、魔法師としては全く期待されていなかった。国王の側近であった父には国中の情報が集まったが、二カ所だけ、全く内部の情報が出ない機関があった。魔法庁と騎士団だ。この二つはそれぞれに強い権力を持っていて、国王にも情報を出し渋る。魔法師長も騎士団団長も、陛下に意見するほどの権力者だ。」


 政治家と魔法師と騎士。それぞれを極めた人物達は、意外と相性が悪いのかもしれない。


「我が侯爵家は、祖父も父も魔法庁を敵視していた。祖母と何か因縁があるらしい。父は情報収集のために俺をどちらかに所属させようとして、迷わず騎士団を選んだ。俺自身も自分の努力のみで評価される騎士は天職だと思い、日々鍛錬に励んだ。」


 懐かしい日々を思い出すように目を細めたブライクさまの表情は、幸せそうではなかった。


「騎士団では最初、魔人と戦う任務に就いた。だが父が、対革命軍の諜報部に俺の配置換えを行った。そうすれば、高位貴族の情報が得られると考えたからだ。それからは見たこと聞いたことを、騎士団の上司に伝え、父に伝え、魔の国へ伝える。そんな日々を送っていた。」


「そんな。二重三重に諜報活動を。」


 私が呟いたのを、ブライクさまは苦笑いで見ていた。


「君は、いつも俺の核心をついてくるな。」



 魔人で密偵だった彼は、人の国の情報を魔の国に流していた。それは常に人の国の人達を裏切っていた行為で、ずっと人族に対して後ろめたく、心から馴染むことはできなかっただろう。


 更に、騎士なのに騎士団の仲間や顔見知りの貴族が革命軍と繋がっていないか常に疑っていなければいけない。そして外に出るはずのない騎士団の情報を、政治家である父に伝えなければいけない。


 ブライクさまは、ずっと、誰かを裏切っていたのだ。誰にも心を開けない。ずっと。心から笑い合うことなど、きっとできなかったのだろう。



 そういえばお義父様も、忠誠を誓った陛下も、愛した妻も、ずっと裏切り続けていた。



「自分がしてきたことに、後悔はない。ないはずだが、君には知られたくない。そう思った。君はきっと、俺のことを愛国心溢れる騎士だったと思っていただろう。君の中でだけは、その姿でいたかった。」


 目を伏せたブライクさまは、今にも消えそうだった。


「君に、嫌われたくない。そう思った。」


 私はなんだか泣きたくなって、彼の広い胸の中に顔を埋めた。


「君が、俺を受け入れると言ったとき、何かが変わった気がした。」


 変わる。何がだろう。


「俺か。それとも、世界が変わったのか。」

 

 独り言のように呟いて、ブライクさまは私を抱きしめた。



 この方の救いに、少しでもなれていたら、嬉しい。

 




 革命軍の男の妹は、ただ立っているだけでも美しかった。私は心の中でため息をつきつつ、女主人として挨拶をしておこうと彼女に声をかけた。



 女性は、美しい姿で美しい挨拶をした。嫉妬をするのも馬鹿らしいほどに美しいこの人形のような人に、私はもうなんだかどうでもよくなってしまった。


「これから、よろしくお願いしますね。」


 頷いた美しい女性に、はしたないと思いつつもつい好奇心が勝って、私は聞いてしまった。


「あの、子の父親はあなた方がここにいることは知っているのですか。」


 女性は困ったように微笑んで、美しい声で言った。


「子の父親が誰かは分かりません。相手が多すぎて、生まれて顔を見ても分からないと思います。」


 その衝撃的な内容に、私は慌てて自分の配慮のなさを詫びた。


「ごめんなさい。そんな事情があったなんて。そこまで考えが及ばなくて。」


 小さくなって必死に謝る私とは対照的に、女性の態度と表情は落ち着いていて、まるで天気の話をしているのかと思うほど坦々と説明が続いた。


「いえ、いいのです。私(わたくし)は公爵家で諜報活動に関する訓練を受けていますし、革命軍でもこの体を武器にしていました。子も何度も堕ろしています。今回もそのような処置をされました。」


 その時、人形のような彼女の表情がかげった。


「それなのに、この子は、生き残りました。今まで、何も、感じなかったのに。急に、この子を生かしてあげたいと、思って、思ってしまったのです。」


 懸命に生きようとする小さな命が、彼女の心を動かしたのだろうか。私は彼女の瞳に浮かんだ涙を見て、思わず、涙ぐんでしまった。


「反対されました。革命軍では子を殺せと迫られ、兄が今後より過激な活動をすることを条件に、私と子は軍を抜けることができました。公爵はとうがたった私には関心がなく何も言われませんでした。」


 想像以上に過酷な内容に戸惑いながら、私は彼女の話を聞き続けた。


「新しい住処を探して兄の伝手で何カ所かまわりましたが、兄がいなくなると暴行されて。」


「そんなっ。」


 私は彼女の話をさえぎって、大声をあげた。  


 ひどい。細い彼女では、不利だ。無理だ。ましてお腹も膨らみ、子を庇いながらでは暴れることもできなかったのだろう。



 私は、叫んだ。


「わかりました。貴女は今日から私専属の侍女です。私に子が産まれたら私の子の乳母になりなさい。いいですか。私の側から離れることは許しません。わかりましたね。その子も、私の子の従者、いいえ、私の子の友達になりなさい。いいですね。」


 私が早口でまくし立てると彼女は呆気にとられて黙り込んだ。


「それは、さすがに。私達がそこまで奥様の側に居るのはどうかと思います。私は領主様と、命の取り合いをしていた仲です。」


 彼女は困惑しながら、私のことを心配そうに見ていた。


「過去は過去。貴女はとにかくここで、私と一緒に夕餉の献立を考えたり、女達と噂話をしたり、疲れたら寝ていなさい。」


 きっとそんな日々を送ったことがない彼女は、その提案に驚いて立ちつくしていた。



「わかりましたね。」


 私が強い口調で言うと、彼女は首を縦に振り、はい、と答えた。




 私は盛大にため息をついた。国王陛下をずっと敬愛してきたけれど、人の国は大丈夫なのだろうか。幸せな人が、全くいない。





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