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国王陛下の道の先  作者: 一子
オリビア Ⅰ
11/16

侯爵領が落ちた日から一日 続

こんにちは。


沢山のブックマーク登録、ポイント評価、ありがとうございます。

嬉しいです。



 魔王は、その地の領主が持つ別荘にいた。その屋敷は石と煉瓦で造られていたけれど、壁がない部分もあり開放的で人の国とは趣の異なる横に広い建物であった。



 そういえば、人の国では貴族が集まるとなれば入口周辺には馬車の列ができ従者がそこら中を忙しなく動き回っていたけれど、ここはそんなこともなくとても静かだ。なぜだろうと左右を見渡していると、何かを察してブライクさまが口を開いた。


「魔王が住む魔宮はもっと南にある。ここまで魔王についてきているのは少数精鋭の側近ばかりだと思う。静かだな。ああ、魔族は従者をあまり連れて歩かない。周りから、弱くて守られなければならない程度だと思われるのが屈辱的だからだ。」


 私(わたくし)はなるほどと頷いた。だから街でも、ブライクさまと私が共を連れていないことに誰も違和感を持たなかったのだ。人の国での外出時は、伯爵家の私でさえ何人かの護衛に守られていたし、侍女も連れていた。魔の国では、自分のことは自分で守らなければいけないのだ。改めて震えがこみ上げてきたけれど、それをぐっと押さえこみ私は前を向いた。もう、前に進むしかないのだから。



 私達が正面の入口にたどり着くと、音もなく細長い男が現れ扉を開けた。



 私は街で手に入れたローブを目深に被り顔を隠し、先ほどと同じように腰のあたりで両手首を縛られていた。猿ぐつわも変わらずつけたまま。ブライクさまも変わらず私の後ろを歩いている。


 静寂に包まれた廊下の突き当たりに、一際大きく煌びやかな扉が現れた。廊下は片側だけが簡素な壁で、反対側は庭と繋がりその庭が装飾の役割をしていたけれど、現れた扉は様々な色の宝石が埋め込まれ大小華やかな模様が彫られた豪華なものであった。その重い扉が、ゆっくりと中へと開かれていく。


 私はその先の光景を見ようと目を細めて、たまらず息を飲んだ。



 扉の向こうには魔人、魔人、魔人。赤、黒、青、黒、緑、黒、茶、黒。黒、黒、黒。蠢くように動く大勢の魔人達がこちらを窺っていた。


 ひっと肩を震わせた私を宥めるように、ブライクさまが私の背中をさすった。そしてふうと息を吐くと呟いた。


「魔族は暇人ばかりだな。」


 暇人ばかり。どういう意味だろうかと振り返ると彼が苦笑していた。


「俺、いや俺達か、を見にきた野次馬だな。」


 私は心の中で溜め息をついた。なんということだろう。簡単な面会だと思っていたのに。あの中を進まなければいけないなんて。



 しかもその時、ぞくっと背筋に寒気が走った。そして一気に体中を鳥肌が襲う。そうだろう。あれだけ強そうな魔力が沢山あれば、私の肌に響くだろう。


 私は、魔力が見えるだけではない。ブライクさまと出会うまでは見えるだけだと思っていたけれど、初めて彼の魔力を感じた時、肌が粟立ち体が震えた。元々の魔力が魔族の丸薬で増強され、しかも全く使われず常に満たされた状態のブライクさまの魔力は凄まじいのだ。その力が、私には色や形として見えるし、肌で感じることができる。


 けれどブライクさまのお母様に会い、更に膨大な魔力に触れてから彼の魔力をそこまで意識しなくてもよくなった。だから今は、彼といても鳥肌が少し立つくらい。因みにお義母様は丸薬も使わず、年齢からして最盛期をとうに過ぎているはずなのにブライクさまよりも強い力を持っていた。



 はぁぁ。私はこの中を歩いていくだけで衰えていくと思う。もはや演技など不要。私は捕らわれて、震える少女だ。



「あれがユージーンの息子か。」


「へえ。あんまり強そうじゃないなぁ。」


「何かしらあのローブの子。随分と震えてるけど。」


「手を繋がれてるぞ。」



 好奇の視線が注がれる。それがまるで蛇のように私達に絡みついてくる。私は俯いて震えながらどうにか足を運んだ。一人ではとても前に進めなかっただろう。後ろにある温もりに感謝しつつ、私は魔人達の囁きに耳を傾けた。



「まあ食料庫だけもらえれば十分だろう。」


「魔王が出てればなぁ。そうだろ。」


「なぜ陛下は前線に出なかったのかしら。」


「なんだ。知らないのか。」


「ええ。なぜなの。」


「あはは。聞いて驚くなよ。」


「日焼けしたくない。だとさ。」


「まああああ。陛下らしい。」


 ヒヤケシタクナイ。私の頭の中に疑問符が次から次へと浮かび、踊り出した。ヒヤケシタクナイとは日焼けしたくない、という意味だろうか。私は心の中で首を傾げた。


 考え事をしていたら、いつの間にか私達は一番奥の一段高い場所にある豪華なカウチの前へとたどり着いていた。ブライクさまが膝を折り、私も引っ張られるように床に膝をつく。



 しゃららん。


 その時美しい鈴の音が聞こえた。すると私の体は今まで以上にガタガタと震えだし、ブライクさまが驚いて私の肩を支えた。覗き込んできた瞳に、どうにか大丈夫ですと頷いて、何かがやってくる奥の廊下の方へと顔を向けた。



 しゃららん。しゃらん、しゃらん。


 その鈴の音が大きくなるにつれ、私は息を吸うことすら億劫な倦怠感に襲われ、全身から力が抜けていくのを感じた。



「魔王陛下の、おなーりー。」


 よく響くその声と共に、現れた魔王は普通ではなかった。



 その黒は、もはや人や魔人の背負う色の量ではなかった。私の頭は床に引き寄せられるように下げられた。私の何かが、この方こそが頭を垂れるべき相手だと訴えている。


 下を向いていた私の目に、裸足の白い小さな足が見えた。その足首には銀色に輝くいくつかの鈴。


 私は息を飲んだ。もしかして魔王は女性なのだろうか。魔王の姿を見ずに色ばかりに圧倒されていた私は、好奇心に逆らえず、視線をあげた。



 目の前は漆黒。そして円のような黒の真ん中に、白い丸があった。白い丸は、若い女性のようだ。二十代前半だろうか、透き通るような白い肌に、装飾の全くない薄手の白く短いドレスのようなものを着ていた。顔も真っ白で、目だけが吸い込まれそうな程に深い黒色。唇も色素が少なく、薄く色づいているだけだった。


 しかしその体が、言葉の通り、丸かったのだ。まるで外から引っ張られているかのように、皮膚が伸びて脂肪がたまっていた。


 言葉では表現できない。正にその言葉通りの、言葉ではとても言い表せないような存在。私は圧倒され、つい魔王の姿を食い入るように眺めてしまった。



「はじめて会うのぉ。妾(わらわ)が魔王じゃ。ブライクと、その少女の名は。」


 魔王の口から軽やかに出た声は、まるであの鈴の音のように可憐で美しかった。私はその声に惹きつけられた。


「妻のオリビアでございます。」


 答えられない私の代わりに言葉を返したブライクさまに、魔王は声を上げて笑った。


「なぜお前が返答するのかと思ったら、猿ぐつわか。お前の妻には被虐趣味でもあるのかぇ。」


 可憐な声とは裏腹な、鋭い口調ときつい話し方だった。まるで言葉が刺すように、こちらに飛んでくる。


「大変見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありません。」


 ブライクさまはまず頭を下げ、それから、ですが、と続けた。


「妻は混乱しており何をしでかすかわからないため、不安でこのような姿に。」



 魔王は私をじろじろと観察してから、まるで猫を撫でるように私の頬に手を伸ばしてきた。私の心臓は早鐘を打ち、体がすくみ上がる。寒気に襲われ頭がクラクラする。


「混乱。どういうことじゃ。」


「人の国に帰りたいと、逃げようとするのです。」


 ブライクさまの苦しそうな返答に、魔王は意地の悪そうな口元を歪めニヤニヤと私達を見下ろした。


「ならば帰してやるがよい。その代わりに褒美として、お前には一人美姫でもやろうかの。誰でもよいぞ。この中から選べ。」


 魔王は重そうな腕を上げ、この部屋の中を指し示した。


 見世物小屋の観客のように私達を見守っていた魔人達が、一瞬で殺気立ったのを背後で感じた。静寂に包まれていた部屋が、一気に怒りで熱量を増す。



 恐ろしい。一体この方は何を言っているのだろうか。魔の国では、魔王の言うことは何でも実現してしまうのだろうか。ただの暇つぶしか、ブライクさまを試しているのか。私にはわからないけれど、わかることが一つ。こんな褒美ならば無い方が良かった。



「いえ。このような場に身を置く方を、私のような身分無き者が貰い受けるわけには参りません。」


 ブライクさまの辞退は、この魔王には効かない気がするけれど、どうだろう。そこでふと私は気づいた。魔王の側に仕える程身分ある方を、身分なきブライクさまが貰うわけにはいかない。もしかしたらブライクさまは断っているのではなく、だから俺に爵位をくれ、と言っているのだろうか。



 あはは。魔王が甲高い少女のような声を上げた。


「では、お前には侯爵の位をやろうか。」


 相変わらず意地が悪そうな笑みを浮かべて、けれど楽しそうに魔王が口を開く。


「と、妾に言わせる気か。美姫も爵位も要求するとはなかなか図太い男じゃな。」

 

 魔王はブライクさまの頭のてっぺんから爪先までをじろりとねめつけた。



 けれどブライクさまはあっさりと首を左右に振り、あっけらかんと言ってのけた。


「いえ。私にはすでに妻がおりますので、爵位だけ頂ければと思います。」



 一瞬言葉に詰まった魔王が、次には弾けるように笑い出した。


「妾の好意を断った上で爵位だけを要求するとは。ほんに図太い男よ。まあよい。妾は一度言ったことはひかぬ。侯爵位と、どこぞの土地をやろう。」


 ありがたき幸せに存じます、ブライクさまはゆったりと頭を下げた。



「残念だったの。折角助けてやろうと思ったのに。」


 私に向けられた言葉に、私は驚いた。そうだ。忘れていた。私は魔の国から逃げたい少女という設定だった。もしブライクさまが私よりも他に気に入る女性がいれば、私を解放してくれたかもしれない。この方は、やり方ははた迷惑だけれど私を逃がそうとしてくれたのだろうか。けれどそれならば、ブライクさまに私を解放するよう命令すればいいだけとも思える。


 驚いて魔王を見上げた私は、私を眺めていた黒い瞳と目が合った。


「ただの気まぐれじゃ。多くは期待するな。」


 魔王は相変わらず口を歪めていたけれど、そのぞんざいな仕草が照れ隠しのように感じられた。



 私は、先ほどの街での場面と同じように、何かをするなら今しかないと思った。けれど思った以上に震える足ではその一歩が踏み出せなかった。いいえ、それでよかったのかもしれない。この理解し難い方を相手に、余計なことはしないほうがいいのかもしれない。


 魔王は何かを考え込んだ私を見下ろしながら、私に近寄ると猿ぐつわを取りさった。そして私の顔に手を添えると瞳を覗き込んで、美しい声で問うてきた。


「人の国はそんなに良いか。」


 私は息を飲んだ。この問いになんと答えるべきだろう。漆黒の瞳は何もかもを暴こうと、私の瞳を捉えて離さない。


「か、家族が、おります。」


 ガクガクと震える体も、止まらない。けれど今の状態ならば誰にも不審には思われないだろう。


「そんなものこちらでもできるであろう。これから作ればよい。」


 私を助けようとしていたと言った時とは違う、冷たい声音。私を追い詰めて、一体どうしようというのだろうか。


「国王を尊敬しているのか。」


 私はまたも息を飲んだ。なんと答えるべきか。是と言えば、魔王は怒り私の首をはねるだろうか。否と言えば、人の国に帰りたい少女が嘘をつくなと首をはねられるのだろうか。



 私の手を握りしめる二つの手が、緊張で強ばるのを背後で感じた。けれどブライクさまが口を挟まないのであれば、私が答えるべきなのだろう。



 何を言ったらいいか、全く何も思い浮かばない。それに結局何を言っても、怒り首をはねることも、笑って褒美をとらすことも、魔王の気分次第なのではないかと思えてきた。


「私のような弱い女性が、16年間生きてこられたのは国王陛下のおかげだと考えております。」


 言ってから、血の気が引いた。これでは、実力主義の魔の国を否定しているようではないか。国王に対する16年間の敬意が忌まわしい。こんな時でさえ、国王を称える言葉しか思い浮かばないなんて。



 そんな私の発言に、魔王は意外にも笑い始めた。


「あはは。そうかそうか。確かにお前は我が国ではすぐに死にそうだな。」


 まるで褒めているかのような口調と、蔑んでいる内容。魔王が美しい声音に込める意味は複雑だ。


「国王は女子供に優しいか。妾も女を蹂躙する輩は、好かぬのぉ。」


 そう言って、魔王が覗き込んだのはブライクさまの顔。



 私の頭の中はまたもや疑問符で満たされた。先ほどここにいる女性を誰でもやろうと言ったのは、一体誰だったか。まさか、ブライクさまがその褒美を素直に受け入れていたら、魔王の不興を買っていたのだろうか。


 魔王は本当は慈悲深い方なのだろうか。


「確かに私は、妻に今までの事情を話してはおりませんでした。けれど私はこれからの全てをかけて、妻を幸せにする所存であります。」


 ブライクさまの真摯な言葉を、魔王は鼻で笑って退けた。 


「そんなお前の自分勝手な我が儘に付き合わされるこの娘は不憫であるなぁ。」


 魔王の辛辣な批判に、ブライクさまは口をつぐむ。


「相手を好きなら、何をしてもいいと思っているのか。愚かな。女をバカにするのも大概にしろ。」


 徐々に大きく鋭くなっていった魔王の声に、私の体が固まる。ああ、私を縛る設定は失敗だったのだ。少女を無理やり連れてきた裏切り者の騎士と祖国に帰りたいと願う少女。確かに、この騎士は褒められるべき存在ではないかもしれない。


「のぅブライク。違うのではないかぇ。お前が片思いの相手を無理強いして連れて来るとは、妾にはとても思えぬのじゃ。その娘、お前が入れあげるにしてはちと平凡過ぎるようじゃのぉ。」



 この方は私を見ていたのだ。見て、考えて、一つの結論に至った。


「他に、何か事情でもあるのかぇ。縛ってでも、連れてこなければいけない事情が。」


 周囲に聞こえるか聞こえないか、絶妙な音量で囁き首を傾げた魔王。私はただその姿を静かに見つめるしかなかった。


 私達の結婚を疑う声は人の国でもあったはず。侯爵家の次期当主で人気のあるブライクさまと、伯爵家の平凡な三女である私。あまりにも釣り合わない。あの少女には何かあるのではないか。そして事実、私にはこの能力があった。だから私達は結婚した。



 魔王は私を助けようとしているのではない。私達の結婚に何か裏があると疑い、ブライクさまを揺さぶっているのだ。私の代わりに美姫を与えると言い、高圧的な態度で辛らつな言葉を並べてブライクさまの仮面にひびを入れ、真実が顔をのぞかせるのを待っているのだ。


 いいえ。もしかしたら。ただ思ったことを口にしているだけかもしれない。



「妻に何かがあるとしても、それは私が関与すべきことではありません。」


 私が考え込んだのとは対照的に、ブライクさまは全く揺らいでいなかった。



「あはは。開き直ったか。何か、あるのだな。」


 ブライクさまを問い詰めようと、前のめりになる魔王。


「何かがある、とは申しておりません。」



 魔王の目的はわからないけれど、ブライクさまが女性を一方的に支配するような男性だと思われるのは嫌。私の能力が露見するのも嫌。何かないだろうか。この方をどちらも違うと説得する方法は。


「魔王陛下。」


 私は意を決して口を開いた。この方が私達の真実の姿を暴こうとしているのなら、見せてあげればいいのではないか。今の私達の真実の姿を。

 

「なんじゃ。」


 こちらに視線を投げ、魔王は私に発言を促した。


「陛下。主人は、女性を無体に扱うような者ではありません。私は主人のことを、その、あの、そうですね、憎からず、想っております。どこにいても、主人とならば幸せになれると思っているのです。」


 ほほぉ。魔王は興味深そうに私の話を聞きはじめた。


「そうか。それで。」


「けれど、私は帰りたいのです。私のせいで家族が、どのような目にあうか。心配でたまらないのです。」


 私の頬を濡らす涙。家族のことを考えると、止まらなくなってしまう。


 私は魔の国で生きていく決心をしたけれど、だからといって家族のことを忘れたわけではない。出来ることならば今すぐ実家の伯爵家に帰り、父に謝りたい。母を抱きしめたい。兄にからかわれたい。姉達とブライクさまのことを話したい。そして弟に、キスがしたい。最後に家族を見たのは結婚式の時。簡単な挨拶を交わすことしかできなかった。気丈な母が泣いていて、私を抱きしめようとしたその時、私の手を引いていたブライクさまに体を抱き寄せられた。それから家族とは一度も会っていない。


 だから私の言葉に嘘偽りはない。



「なるほど。」


 私の涙を拭い、魔王は私の瞳を覗き込む。


「妻を人の国へ向かわせるわけには参りません。捕まれば、命の保証はありません。」


 見つめ合う私と魔王の間を裂いたのは、ブライクさまの声だった。


「まあ、そうであろうな。裏切り者の妻など拷問の後死罪であろうなぁ。あの国王は一見穏やかそうじゃが規則にうるさい。規則通りに人を殺す。嫌な奴じゃ。」


 魔王の国王に対する評価が斬新で、私の涙は止まってしまった。そんな私の瞳から名残惜しそうに視線をずらした魔王が、背後のブライクさまに目を向ける。


「周りの者から何を言われようと、妻から罵られようとも、私は妻を守ります。例え、縛り上げてでも。」


 ブライクさまの愛の告白に私は頬を染めた。あの設定には、まだ続きがあったようだ。少女を無理やり連れてきた騎士と祖国に帰りたい少女。少女は祖国に戻れば殺されてしまうから、騎士は嫌がる少女を無理やり連れてきた。


 ブライクさまの宣言に、魔王は大げさに溜め息をつきやれやれと手を振った。


「もうよいわ。さっさと去ね。妾はお前達の惚気話につき合わされただけではないか。」



 私はほっと息をついた。どうやら魔王は、この場はこれで収めてくれるようだ。良かった。深く追求されれば私ではすぐに綻びが出てしまっただろう。

 


「妾は疲れた。タイラー。」


 魔王がカウチから立ち上がろうとすると、タイラーと呼ばれた青年がすっと身を寄せ、魔王の手を取った。


 私はその青年を見て、言葉をなくした。彼は、この世のものとは思えない程、美しい青年だった。まるで美を極めた名匠の彫刻に、魂と色が与えられたような一片の狂いもない完璧な美しさを誇っていた。




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