第15話:またまたチート能力者がやってきた(3)
ジークが先に動いた。
身体強化と武器強化のスキルが自動で発動。微かな光が身体を覆う。
一瞬でノルンの正面に立ち、眼にも止まらぬ速度で木刀を振るう。
しかし、ノルンにはシークの動きが全て見えていた。
武器強化だけを施し、向かってくる木刀を全て受け流す。
二人が打ち合っている木刀は各々の強化魔法によって、
聖剣とまではいかなくとも、それに近い強度にまで達していた。
両者の攻撃がぶつかり合う音が重く響き渡る。
攻めているのはジーク。
受けているのはノルン。だが驚くことに彼女はその場から一歩も動いていない。
それはあたかも――上位の者が下位の者に稽古をつけているような光景。
数十合もの変わらぬ攻防が続いて、ついにジークが叫ぶ。
「ふざけるな!」
思っていた筋書きと違う展開に頭に血が上る。
手加減されているのを知り、怒りの感情を攻撃に込めて木刀を振り回す。
対するノルンは――
彼の怒りを歯牙にもかけず、激しくなった攻撃も余裕で受け流す。
「なによ、それがあなたの実力?
大きな口を叩いた割には大したことないわね」
「なんだと!」
間断なく木刀を振るい続ける中、ジークの眼が妖しく光る。
冷静に攻撃を捌き続けるノルンが、その時少しだけ眉をしかめる。
「またスキルを盗もうとしたわね。最低な奴」
「何故だ! なんでお前のスキルが奪えないんだ!」
「決まってるじゃない。あなたが弱いからよ」
「僕は強い! 誰にも負けない力を手に入れたんだ!」
そう叫んで後方に跳躍。ノルンから一旦距離を取る。
赤毛の少女の冷たい視線を前に、木刀の切っ先を下げ素早く呪文を唱える。
そして魔法発動の言葉を叫ぶ。
「これを受けて見ろ! 大地の力よ、剣に宿れ! 【大地破……ぐっ!」
しかしジークの魔法は発動しなかった。
最後の一言を口にする前に、ノルンがジークの喉を締め上げていたから。
彼女は両者の間にあった距離を一瞬にして詰めていた。
ジークは木刀を取り落とし、
ノルンの手を引き剥がそうと足掻くが、首を絞める彼女の指はビクともしない。
ジークに強烈な怒りの視線を向けて 腹から絞り出すような声で問い詰める。
木人形が発した試合終了を告げる声も耳に入らない。
「あなた、勇者様に何をしたの……?」
ジークの放とうとした魔法は、
ノルンの良く知る魔法剣技――大地の勇者だけが持つ奥技のひとつ――だった。
その事実と彼の持つスキル強奪能力――考えるられる理由はただ一つ。
目の前の奴が勇者様の大切な技を盗んだのだ。
行方の分からない勇者様に関係があるのだ。
ノルンはどうにか怒りを押さえ、
彼の口から真実を聞こうと少しだけ首を絞める手を緩める。
「……おまえ、あの間抜けな勇者の知り合いか……?」
しかしジークが最初に口にしたのは勇者への侮蔑の言葉だった。
怒りが頂点に達したノルンの顔から感情が完全に抜け落ちる。
タバサの「二人ともやめるんだ!」という制止の声はどちらにも届かない。
「いいから、わたしの質問に答えろ」
静かなノルンの声。
木刀を持ったまま左の拳がジークの腹に刺さる。
「ぐぼっ!」
そのままノルンに突き飛ばされ地面に投げ出されるジーク。
首を絞められたことで顔がどす黒く変色している。
しかし彼の歪んだ精神はまだ屈していない。
怒りと悔しさで心を満たし、せき込みながらも傲慢な態度を崩さない。
「ぐほっ、ぐほっ……僕は……ぐっ……僕は強い!
勇者の力を奪ってやったからな! こんな女に負ける筈がない!」
手の平を前に突き出し、何かの魔法を発動しようとする。
しかし、ここまで抗い続けた彼の動きが何故か不意にピタリと止まる。
ノルンは動きを止めたジークに気づくこともなく、
全く表情を変えずに木刀を振り上げ、無慈悲な一撃を加えようとする。
そのギリギリのタイミングで教練場内に声が響く。
「ノルン! 勇者を見つけたわよ!」
声を上げたのはソラ。
振り上げた木刀をそのままに茶猫の姿に視線を向けるノルン。
ソラの言葉を理解した彼女の顔には感情が戻ってきていた。
怒りの感情を消しきれないまま喜んでいる、そんな微妙な表情だった。
そこで、ようやく試合は終了した。
◇ ◆ ◇
ソラは勇者発見をノルンに報告するために、最初にマリエの店を訪れた。
そこから情報を辿って――
この場に到着したのは、ノルンと誰かの試合が目の前で開始した時だった。
「これって何やってんの? ノルンの相手をしてるのって誰?」
「ブラウンさん……なんだかよく分からないうちに試合が始まったっす」
「あの少年がシェリル様に挑戦したいらしくて、今日の挑戦権を賭けた試合です」
アカネとシオリの話を最後まで聞かずとも、
ノルンに対峙している人物の容姿でピンときていた。
目の色までは判らないが、黒髪でローブを着た見た目が十代の少年。
そしてタバサから決め手となる話を聞く。
「あぁ、ブラウンさん、実は……」
あの少年が勇者並みの能力を持ち、【スキル強奪】を使うようだ――と。
それを聞いて全てを理解する。
――あいつが大地の勇者を襲ったチート能力者……。
その時、態度を豹変させたノルンが怒りの形相で少年の首を絞め始めた。
戦いの中で彼女も同じ結論に達したのだ、とソラは確信する。
――このままだと……ノルンがあいつの息の根を止めかねないわね。
ノルンは今の勇者の痛ましい姿をまだ知らないが、
それでも恩師のスキルを奪った相手に容赦するとは思えない。
現に彼女は興奮していてタバサの制止の声すら聞きいれない。
だが、こんな公の場で事件を起こせば、
何かの処罰を受けるか、それを嫌って町から逃亡するか、
いずれにせよノルンにとっても、ソラにとっても悪い結末しかない。
――それは困るわよねぇ。
折角捕まえた優秀な人材……だけではない。
ソラはノルンのことを気に入っていた。あの判りやすい性格を。
だから彼女の手がつまらない奴の血で汚れる所は見たくない。
ソラはこの場の収拾に取り掛かる。
まずは地面に投げ出されている少年の動きを空間固定魔法で止める。
簡単とまではいかないが十分に可能。
勇者並み程度の実力ならソラの空間固定は有効に働く。
問題はノルン。物理的にはもちろんのこと……、
並外れた魔法抵抗力を持つ彼女を押さえ付けるのは、不可能と言って良い。
ましてや今は勇者並みの人間に魔法を使っている最中だ。
だが、悠長にしていられない。
今にもノルンの一撃が少年に向かおうとしている。
一瞬で判断をしたソラ。彼女を止めるのに最適な一言を叫ぶ。
その言葉は怒りに我を忘れたノルンを鎮めるのに、しっかりと効果を発揮した。
こうしてソラは、無事に試合を終わらせることに成功したのだった。
――さて……次はどうしよう。
ノルンに今の勇者の状況を正直に伝えると、
間違いなく激昂してジークに怒りをぶつけるだろう。
そうなったらもう止められない。
もうひとつ――ジークの処遇をどうするか。
今は空間固定の力を弱くして多少動けるようにしている。
その中で怒りの形相でわめいているのだが、遮音効果で声は聞こえない。
――とりあえず何をするにも、ここじゃマズいわね。
まずは興奮冷めやらないノルンをアカネとシオリに一旦任せる。
シオリがノルンの肩を抱いて「ほら言ったとおりでしょ」と囁いている。
その言葉にノルンも少し落ち着きを取り戻していた。
ソラは続けてタバサに指示を出す。
「木人形をあと二体呼んできて」
しばらくして、呼ばれた木人形二体と審判役の一体で計三体が集まる。
彼らの重力魔法と弱体化の棒で、ソラに代わってジークを拘束させる。
「何故だ……? 僕は最強になった……幸運が僕を守ってくれるはずだ……」
這いつくばったまま力なく呻くジーク。
ノルンに完敗し、突然現れた茶猫の人形に動きを止められ、
三体の木人形に魔法で拘束され、ジークのプライドはズタズタ。
今の彼にできるのは怨嗟の視線を周囲に向けることくらいだった。
その姿を一瞥してからノルンが声を上げる。
「ソラ! 勇者様は何処!?」
「その前に場所を変えるわね。ここだと色々と不都合があるから」
この場で事情を話してノルンに暴れられたらソラでは止められない。
だからシロとクロの協力を得たい。
主なら一人で押さえられるけど、こういう些事にあまり手を煩わせたくない。
「考えがあるからダンジョンの最終ボス部屋で話をするわ。
この人間を連れて……それからタバサあなたも来てちょうだい。
シオリとアカネもお願い。人間の問題だから人間の立会人が欲しいのよね」
◇ ◆ ◇
ソラは念のため三回に分けて全員を最終ボス部屋に連れてきた。
木人形とジーク、タバサとアカネとシオリ、最後にノルン。
念話で事情を説明しておいたシロとクロ、
そしてシェリルも最終ボス部屋で笑顔で待っていた。
ソラは茶猫姿を着替えてから全員を部屋のステージ上に集める。
「シロ、木人形が押さえている人間を眠らせて」
「わかりましたわ」
ジークは「離せ……」とか「僕を誰だと……」とか呻いていたが、
シロの神聖魔法【安らかな眠り】でようやく静かになる。
すぐにノルンは待ちきれないと、もう一度声を上げる。
「勇者様は何処なの!?」
「今連れてくるから、ちょっと待ってて」
今度は回復の温泉へ。大忙しのソラ。
大地の勇者は休憩所で椅子にもたれていた。
急展開した状況を改めて説明する。
「ノルンを連れてきたわ、
今このダンジョンの最終ボス部屋にいる。それで……、
あなたの能力を奪った人間が町に来て、ノルンにちょっかいを出してたわ。
勘のいいノルンが事情に気づいて、怒っちゃってるのよ。
今のあなたの姿を見ると、逆上してそいつの命を取りかねない。
できればそんなことをやらせたくないのよね」
「そんなことに……」勇者が顔をしかめる。
「アタシたちでも何とかノルンを止めることは出来ると思うけど、
その役目あなたにお願いできないかしらね」
「やってみよう」
まだ顔色は悪いのだが、勇者はソラの依頼に力強く返事をする。
「あと、その人間についてなんだけどね。あなたも恨みがあるでしょうけど、
ちょっと考えがあってアタシたちに任せてもらいたいのよ……どうかしら?」
「あぁ、今の俺はこんな状態だ。その男については君達に全てお任せしよう」
「そう、ありがと。じゃあ連れていくわ。
あぁ、立たなくていい。椅子ごと転移するから」
◇ ◆ ◇
「勇者様!」
ノルンは最初に安堵で目に涙を浮かべた。
しかし勇者の変わり果てた姿に驚いて手を口に当てる。
そして恐る恐る勇者に手を伸ばす。
「勇者様……どうして……こんな……」
「ノルン、話は大体シェリルさんの人形のソラさんから聞いた。
俺は大丈夫だ。ここの回復の泉を利用させてもらった」
勇者の声はノルンに届いたかどうか。
「やっぱりあいつにやられたんですね……」
ノルンの声が震えている。そのまま顔を伏せ呻くように言う。
「生まれたことを後悔させてやる……」
意識のないジークに顔を向けるノルン。
勇者もそちらに視線を向け、少しだけ険しい顔をする。
だが、すぐに視線を戻し、震えているノルンの手を両手でしっかり掴む。
「ノルン! 聞け! お前がそんなことをする必要はない!
シェリルさんに何か考えがあるようだから、全てお任せしよう」
二人の様子を黙って見ていたシェリル。
自分の名前が出たので間髪入れずに答える。
「うん! 任せて! ソラがちゃんと片付けるから」
――御主人様って、あんまり事情を知らないんじゃ?
シロとクロが細かい話をしたとは思えない。それなのにこの信頼。
いつもの丸投げなんだけれど、嬉しいような重たいような……。
「でも! 私はあいつが許せない! 勇者様の仇を取らせてください!」
「聞け! ノルン!」
未だ憔悴した身体の何処にそれだけの力があったのか、
部屋中に響き渡るほどの大声を張り上げる勇者。
ノルンがビクッと身をすくませる。
「その男が俺のスキルを根こそぎ奪ったのは事実だ。
そいつに恨みがないなどとは言えない。
しかし――だ。それは俺が油断していたのが悪かったんだ。弱かったからだ」
「そんなことはないです!」
「ノルン、お前も奴からスキルを奪われそうになったんじゃないのか」
「えぇ、そうです! あいつは私のスキルも奪おう……と……」
ノルンはそこで自分の言ったことに気づいた。
ジークに【スキル強奪】をされた結果がどうなったかを。
勇者が静かにそれを指摘する。
「そうだろう。そしてお前はスキルを奪われなかったのだろう?
俺は弱いからスキルを奪われた。それが全てなんだ」
「勇者様……」
ノルンはこの時初めて知った
勇者様は自分の真の実力を知っていたのだ――と。
「……ひとつだけ俺に残っているスキルがある。
それは【勇者のあかし】らしい。その男が奪えなかったと悔しがっていた。
これがあれば、まだお前に勇者と呼ばれる資格はあるだろう。
そしてこれがあれば、また元の強さに戻るのも不可能じゃない。
俺はそう思っている」
「……」ノルンは涙を浮かべて勇者の顔を見る。
「わかってくれたか?」
「……納得はできません。でも……この場はシェリルに任せてもいいです。
その代り中途半端なことをしたら、やっぱりわたしがやります」
「あぁ、それでいい」
そして勇者はシェリルとソラの顔を見る。
「では、後はお願いする」
「うん」「はいはい」
ようやく落ち着いて今回の事件に決着をつける状況が整った。
そこまでの話を静かに聞いていたシロが、先を促すように口をはさむ。
「それでどうするのですか? またチート能力を解呪するのですか?」
ソラはシロの言葉にすぐには答えず、一度その場にいる全員を見渡す。
勇者、そして彼に寄り添うノルン。
その二人を優しい視線で静かに見守るアカネとシオリ。
真剣な表情でソラを見つめているタバサ。
木人形三体が監視する中、眠らされているジーク。
ニコニコ笑っている我が主シェリル。傍に浮かぶシロとクロ。
それからソラは高らかに宣言する。
「チート能力者の元凶に鉄槌を下すわよ!」
◇ ◆ ◇
第三章第15話、お読みいただき有り難うございます。
次回は「人類最強がやってきた(1)」1月29日更新予定です。
先にご報告いたします。
次回からの「人類最強がやってきた」計四話(予定)と、
そしてエピローグ一話で本作品は完結となります。
当初から考えていたストーリー通りのエンディングです。
最後までご愛読いただけますよう、よろしくお願いいたします。
※1月26日修正:(ジークから見たソラの姿)青色の人形→茶猫の人形




