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第11話:巨大生物の襲来(2)

 町に魔物が現れる少し前――


 ヤトカイの町を狙う存在に真っ先に気づいた者は二名。

 その内の一人は……、

 脅威を感知するスキル持ち――合同組合の長――タバサであった。


 その時、彼女がいたのは合同組合の本館三階にある執務室。

 魔物の森で行われている魔物討伐、その中間報告を部下から受けていた。


「そうか、東と中央は完了、残りは西地区だけか……報告ありがとう」


 部下が「では、失礼します」と退出するのを見送る。


 魔物の森がもうすぐ落ち着きを取り戻すという報告にほっと一息つく。

 仕事は嫌いではないが、

 ここ暫く続いている忙しさに、うんざりしている気持ちがあるのも否めない。


 全てがシェリルのダンジョンが町の近くに出来たあの日からの出来事。

 もちろんタバサはシェリルに対して恨みの念など毛ほども無い。

 崇拝していると言っても過言ではない。


 魔族だと言うのに人間に対して友好的。

 神に挑めるほどの強大な力を持ちながら全く驕りのない態度。


 確かにその存在がトラブルの原因になっている面もあるが、

 それは強者として在るだけで起こってしまう止むを得ないこと。


 驚くべきは――

 彼女自身が率先してトラブルの解決にその力を行使してくれた、という事実だ。

 町の治安、キサルイの侵略、巨人の暴走、その他もろもろ。


 タバサはこの町で生まれ育ち、

 とある過去の経験から人並み以上に町への思い入れが強い。


 若くして魔物ハンターになったのも町を守るため。

 その後、魔物ハンター組合から管理職にならないかとの誘いに応じたのも同じ。

 若くして組合の長になったのも町を守るために身を削った結果。

 そのために婚期を逃したのも後悔はしていない……と自分では思っている。


 だから、あの日突然シェリルの来訪を受けた時、

 容易く町を壊滅できるほどの力を持つ魔族を前にして、

 タバサはこの町を守るため己の命を投げ出す覚悟でいた。


 それでどうにかなる筈もないと知りながら、

 シェリルから感じる想像を絶する脅威に耐え、

 どこかに町を救う手立てはないかと、

 一言一言に神経をすり減らし、全身全霊を傾けて応対をしていた。


 そこに伝えられた思いもよらぬ言葉。


「町と共に発展したい……か」


 あれが頭の中が真っ白になるという状況か――と当時の自分の様子を思い出す。

 その時タバサの眼の前にいたのは悪意のない魔族の主人と従者人形の姿。

 茶菓子を笑顔で頬張るシェリル、誇らしそうに巨大転移魔法石を見せるソラ。


「ふふっ……」


 思わずひとり笑みをこぼす。

 町には人が増え、木人形という強力な自衛手段ができ、領主の病も治った。

 確かに町は発展している。いい方向に。そしてこれからも。

 そういえば先日ソラが持ってきた話。ダンジョンを拡張するらしい。


「まだまだ忙しくなるな」


 そう独り言を云うタバサの表情には明るさが戻り。

 いつしか忙しさにうんざりしていた気持ちが綺麗に消えていた。

 そうやって――

 ひと時だけシェリル達のことを思い、タバサが改めて感謝していた時……。


 その気配に気づいた。


「町の中心街だと!?」


 気配がしたのは町の中央、商店が立ち並ぶ最も人通りの多い地区。

 突如現れた強大な魔物の気配。


 魔物の森があることで町が魔物に襲撃される事態は頻繁に起こる。

 しかし大抵は弱い魔物ばかりで町に侵入を許すことは滅多にない。

 ダンジョンの魔物ランクでAランク相当の魔物が数年に一度現れるが、

 その時は万全の態勢で対処し、町への侵入を確実に阻止してきた。


 しかし今回は中心街にまで侵入を許してしまった。

 どうして今まで気がつかなかったのか、

 何故未だに騒ぎになっていないのか――タバサは不思議に思いながら、

 その気配のヌシがどれ程の強さを持つ魔物かを、改めて気配を探り確認する。


「くっ!!」


 口からこぼれる苦悶の声。

 彼女と魔物の森にいる魔物との付き合いは十年を優に超える。

 その経験の中で、今ほど強い魔物の気配を感じたことがない。


 あえて比較するならば、先日のキサルイが送り込んできた巨人、

 暴走してその本来の力を取り戻した状態に匹敵するほど。

 それは勇者レベルの人間でなければ太刀打ちできない強さ。


 街中での破壊行動を止められなければ多くの犠牲と損害は免れない。

 あの時の巨人は木人形五体でようやく動きを止められたのだ。

 退治するにはそれ以上の戦力が必要。


 しかし……とタバサは瞬時に考える。


 今の木人形はその時とは違う。

 つい先日から木人形の武器は弱体化効果のある棒に改良された。

 一撃でも当てられれば敵の能力が激減する。


 タバサはそこに光明を見出す。

 急いで木人形を現地に集めればなんとかなる、絶望する必要など全くない。


 これもシェリル様のお陰と感謝しながら、

 タバサは通りに面した窓に駆け寄り、その窓を大きく開ける。


「木人形! 近くにいたらすぐに来てくれ!」


 通りに響き渡るように大声で叫び、そのまま窓から外に飛び出す。

 元魔物ハンターの経歴は伊達ではない。

 三階の窓から飛び降りる程度は彼女にとって造作もないこと。


 組合長になってから結ぶのを止めていた長い黒髪が宙に広がる。

 そして綺麗に着地。

 彼女の姿を目撃した周囲の人々の驚きの表情を無視して、

 近くに感じた木人形の気配に向けて再び声を上げる。


「木人形、全員付いて来い!」


 何ヶ所からか「カシコマリマシタ」と硬質な声。

 これで町を守れると、軽く安堵の笑みを浮かべてタバサは走る。

 魔物の気配を感じる町の中心街に向かって。


 その時にはもうタバサは理解していた。

 感じていた気配は――地中から地上に向かっているのだと。

 地中を進んでいたため、町への侵入を今まで感知できなかったのだと。


 魔物は未だその姿を現していなかったのだ。


 だが次の瞬間――

 大きな破壊の音と共にタバサの目に魔物の姿が映った。

 まだ一区画先、二階建ての建物を間に挟んでも頭部が視界に入る。

 それは――巨大な……巨大なミミズの姿をしていた。



 ◇ ◆ ◇



 巨大ミミズの魔物が出現した場所は町の中心街。飲食店が数多く立ち並ぶ。

 以前アカネたちに案内されてシェリルとソラが甘味処ツアーをした通りである。

 昼食の時間が過ぎて人通りのピークが終わった頃。


 そこにひとりの少女の姿があった。

 シェリル行きつけの飲食店のひとり娘――マリエである。


 両親が営む店。昼食時の忙しい時間が終わり、

 店の外に出てホコリが立たないようにと通りに水を撒いていた――


 その時。


「んっ?」とマリエが顔を上げる。


 遠くから低い音が聞こえてくる。

 何か地面が揺れているような……そんな気がする。


 そう感じたのも束の間。

 通りを挟んで反対側の三軒右隣のパン屋の前、

 締め固められた土で出来た通りがいきなり盛り上がる。


 水を撒く手を止め驚きに目を丸くするマリエだったが、

 少し離れた場所での出来事だったので、それほどの危険を感じてはいなかった。

 周りにいた人々は突然の事態に足を止めて見守っている。


 彼らの眼の前で盛り上がった地面から現れたのは――ピンク色の巨大な生物。


 手も足も無くグネグネと動いている姿を目撃した人々は、

 それが巨大なミミズの魔物だと知り、先を争ってその場から逃げ出し始める。


 魔物の頭が周辺の建物を遥かに超える高さまで持ち上がる。

 それでも下半身は地中に隠れていて全容が見えない。

 胴の太さは人の腕で抱えきれない程。

 出現の勢いで舞い上がった土砂が降り注ぐ。


 そんな中――

 マリエは両腕で顔を庇いながら、その場に座り込むのが精一杯だった。


 巨大ミミズが暴れ出す。

 その最初の一撃――振り回した頭部がパン屋の屋根を粉砕する。

 ガレキがマリエのいる場所を狙うように向かっていく。

 身体を覆い尽くす程もある大きな屋根の残骸が黒髪の少女を襲う。


 顔を覆った腕の隙間からその事実を知ったマリエだったが、

 今の彼女に出来たのは頭を下げて身体を丸めることだけだった。

 それだけでは、危機から逃れられるはずもないのに……。


 しかし……マリエにガレキはあたらなかった。


 少女を救ったのは――

 魔物出現を事前に察知していたもう一人の人物、赤毛の少女――ノルン。


 彼女が魔物の存在に気づいたのはタバサよりも少しだけ早かった。

 現地に到着したのは更に早く、巨体が土中からせり上がるのを目撃していた。


 あとほんの少し早ければ出現と同時に攻撃できたのかもしれないが、

 それを考えても仕方がない。


 ノルンは近くにいた人々の状況をすぐさま確認。

 そこに反応が遅れている黒髪の少女の姿を見つけ、

 大きなガレキが小さな身体を今にも押し潰そうとしている様を目撃する。



挿絵(By みてみん)



 反射的に身体が動く。

 己の武器――長槍の刃を覆っていた保護布を取り去り、そのまま突進。

 黒髪の少女の前面、飛んでくるガレキに立ち向かい武器を振るい、

 少女を襲う直前だったガレキの排除に成功する。


 そこまでを文字通り瞬く間に実行できたのは、

 シェリルにすら認められた並はずれた能力があったからこそ。

 ノルンは振り向いて黒髪の少女に優しく声をかける。


「大丈夫? 怪我はない?」


 極限の状態でかけられた声に顔を上げたマリエは、

 自分を庇うように立つ、凛々しい顔をした赤毛の少女をまじまじと見つめる。

 それから頭を庇っていた両腕をゆっくりと下ろし小さく頷く。


「だ、大丈夫です……」

「そう、良かった」


 マリエの返事に安心したノルンは改めて己の敵――巨大ミミズに視線を向ける。


 対する巨大ミミズは――

 ノルンが己の脅威になりうると判断できるだけの知能があるのか、

 破壊活動を中断して警戒するように彼女に向けて頭を揺らしている。

 頭にある唯一の器官――牙が一列に並ぶ大きな口を開けて威嚇しながら。


「そう、少しは頭があるのね」


 ノルンは言葉が通じないのを承知で、警戒する巨大ミミズに話しかける。

 と同時に彼女も魔物の力量をはかっていた。


 彼女の非凡な勘が告げる。眼前の魔物の強さは、

 勇者と共に世界を渡り歩いて、出会ってきた魔物の中でもトップクラス。

 おそらく中堅のドラゴン並。勇者が苦戦するほどの強さ。

 しかしノルンの真の実力にとっては容易い相手。


 普通ならば、何故街中にこれほどの魔物が突然……と、

 そんな風に考える所だが、今のノルンは全く別のことを考えていた。


 彼女は迷っていた。この魔物を倒すのに自分の全力を出すかどうかを。


 今は町の人に見られている状況。シェリルを相手にした時とは違う。

 おそらく自分の全力を目撃する人たちは桁外れの破壊力に恐怖するだろう。

 背後の少女も怯えた眼をするだろう。


 いつものように。


 それなら――と彼女は考えた。

 仮に全力を出さずとも、自分に強化魔法を使わずとも退治できる。

 そうやって苦戦する姿を見せれば、目撃した人も好意的になるかもしれない。


 だが……戦いは長引く。

 被害は拡大するし、背後にいる少女にも塁が及ぶかもしれない。


 ここまでの思考はほんの一瞬。


 ノルンは決断した。わたしは勇者様の弟子なんだから、

 勇者様と再会した時に恥じなくていいように行動するんだ――と。


 すぐに自身と自身の武器に強化魔法を施す。

 呪文は唱えない。強くあろうとするだけで肉体が魔法を発動する。

 身体と武器が光に包まれ、また収束する。


 そのまま顔を少し後ろに向けて、背後の少女にせめてもの思いを告げる。

 恐れを抱かせるほどの強さを見られたくないから。


「目をつぶっていて」


 返事を待たずにノルンは巨大ミミズに挑んでいった。己の全力で。



 第三章第11話、お読みいただき有り難うございます。


 次回――「巨大生物の襲来(3)」1月15日更新予定です。

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