第10話:巨大生物の襲来(1)
ヤトカイの町。魔物ハンター・ダンジョン探索合同組合、その本館近く。
二度目は失敗せずにノルンと一緒に転移してきたソラは、
建物に入る前に茶猫の着ぐるみを着ている理由を説明する。
「いろいろあって――
アタシたちがこの町と仲良くしているのを見られたくないのよね。
これはそのための変装。
まぁ、町の人はたいてい知ってるから建前だけなんだけれど。
この姿の時には『ブラウン』って呼ばれてるから話を合わせてね」
「ふぅん……わかったわ」素直に返事をするノルン。
茶猫が先導して合同組合の建物の中に入る。
お昼も過ぎてちょうど人の数が減った時間。
目立つ姿を見つけた受付の若い女性が声をかけてくる。
「ブラウンさん。今日は何か御用ですか」
「えぇ、ちょっとね」
ソラが用件を言う前に、
受付の女性が後ろにいるノルンに気づいて「あっ!」と焦りを見せる。
そして声を潜めてソラに問う。
「その娘は今日のシェリル様挑戦者じゃないですか。
探索者Aランクなので許可したんですが……不都合がありましたか?」
彼女が声を潜めたのはソラが茶猫姿だから。茶猫はダンジョンと無関係だから。
それに合わせてソラも小声で答える。
「いえ、問題ないわ。いい人材なんでこれからも来てもらいたいのよ。
それで……シオリとアカネに紹介しておこうと思って。
彼女達って今どこにいるか知ってるかしら」
何も問題がなかったことを知り、ほっとした表情を見せる受付の女性。
「お二人なら魔物の森ですね。
キサルイとのごたごたのせいで魔物の間引きに手が回らなくて……、
ここ数日はハンターの人を総動員して増えてしまった魔物の対応しています」
「へぇ、そうなんだ」
「あの騒動でハンターも探索者も結構な人数が別の町に行ってしまって、
今は物凄く人数が減っているんですよね。
シェリル様に挑戦するような人は逃げてはいないんですけど、
魔物狩りは参加しないと言っていて……」
「確かにそうかもね。最終ボス挑戦者って趣味でやってる人間ばっかりだしね」
「そうなんですよ。それに戻ってくる人も少なくて……。
先日二十人くらいの魔物ハンターが戻ってきたんですが、
この町に着いた途端に『廃業する』なんて言い出した事件もありました。
以前から態度の悪い人達だったので結果としては良かったんですけど……」
――クロが懲らしめた男たちね。
記憶を消したのは間違いないけど恐怖の感情は消えなかったのかしら――と、
他人事のように考えるソラ。
「それ以前からも魔物の森が騒がしくなっている様子があったのですが……。
シェリル様のダンジョンのお陰で探索者が増えて、
彼らに魔物の森での討伐もしてもらって上手くいっていたんですけどね。
それが減ったから余計になんですよ」
――ダンジョンを作り始めた頃、魔物が増えたと誰かが言ってたような……。
誰だったかなと記憶を探る。
タバサだったかな。うーん違うような。まっ、いっか。
「それに数日前から森の奥にいた魔物が近くに来るようになったって、
ハンターさん達が愚痴をこぼしていました」
――もしかしたら……魔物の森と繋げた土砂捨ての出入口のせい?
巨人がやっているダンジョン拡張工事の影響かしら。
思ったよりも工事の進捗が早いのよね。その分騒がしいのかも。
「あぁ、すみません。
ブラウンさんのお手を煩わせるつもりはないです。これは町の問題ですので」
「そ、そうね……」
――なんだかことごとくアタシたちが原因みたい。
受付の女性に悪気はないのだろうけど……責められている気がする。
ちょっと責任を感じた方がいいのだろうか。
「シオリさんとアカネさんなら――
夕方には戻って、ここに必ず顔を出しますから伝言しますよ」
「あぁ、ちょっと今から行って直接話してくるわ、うん、ありがと」
魔物の森の騒ぎ……それがどんな状況なのかを確認するのも兼ねて、
これから行ってみようとソラは考えた。転移すれば一瞬だし。
「そうですか……、魔物の森の入口に臨時の拠点にしているテントがあります。
そこに訊けばお二人の居場所も分かると思いますので……お気をつけて」
「わかったわ」
受付の女性との会話を終えたソラは、
静かに待っていたノルンを待合席に座らせる。
「あなたに紹介したい人間を探してくる。
連れて来られたら連れてくるけどダメでもすぐに戻るから――
少しだけ待っててちょうだい」
「はーい」
気楽に返事をするノルンに見送られて、普通に玄関から外に出る。
そしていつものように目立たない場所に移動してから空間転移で魔物の森へ。
◇ ◆ ◇
ソラが魔物の森の入口にある拠点に転移した時に、
偶然にもシオリとアカネはテントの中で食事を終えて休憩をしていた。
「あれっ、ブラウンさんじゃないっすか」
「こちらに来られたってことは私たちに御用ですか?」
「そうなのよね。丁度良かったわ」
「運がいいっすね。あたしたちの担当してる東側はちょうど終わったんすよ。
今日これからなら何処にでもお付き合いできます。また甘味処ツアーっすか?」
アカネの話で、魔物の森ももうすぐ落ち着きを取り戻しそうだと分かり一安心。
それに甘味処ツアー……ノルンを連れていくのも有りね。
でも、その前に。
「あぁ、それもいいわね……でもそれはちょっと置いといて、
あなた達にお願いしたいことがあるの」
「なんすか?」「はい?」
「ひとりの人間……女の子の面倒を見て欲しいのよ」
「「?」」
首をかしげるシオリとアカネ。
内緒話をするためテントの隅に二人を呼んで、これまでの経緯を説明する。
面倒を見る女の子――ノルン。その実力。
シェリルの相手をしてもらう代わりに勇者を探す約束。
能力を隠したがる件と人間不信のことも。
「シェリル様の第二形態っすか。凄いっすねぇ……」
「それって……勇者よりも強いってことですよね」
「そうなるわね。ハッキリ言って御主人様に挑んだ人間の中で一番強かったわ」
ノルンの強さを説明した時は二人とも驚きを隠せなかった。
しかし……その表情に怯えの色が見えなかったことにソラは満足していた。
「それでお願いってのは……、
ノルンを楽しませて、この町に居つくようにして欲しいのよ。
御主人様の挑戦者としてずっと町にいるように仕向けたいのよね。
できれば、勇者を見つけた後にここで一緒に暮らして貰えれば、
御主人様と戦える質の高い挑戦者がもう一人増えるしね」
打算に満ちた考えを偽らずに話して、悪い笑顔を浮かべるソラ。
だが――何故かアカネが言葉の裏を勝手に読み取る。そんなの無いのに。
「またまたぁー、そうやって悪ぶって理由を作らなくてもいいっすよ。
ソラさんの気持ちはわかってるっす。
人を信じられないその娘の心を癒すのに、
あたし達に協力して欲しいってことっすね。勇者を探すのもその娘の為っすか」
いい笑顔を見せるアカネの勘違いに、
これを否定するとマズい気がするとソラの直感が告げる。
だから慌てて言い繕う。
「……えっ? ……あっ、そうね。もちろんよ!
いつもいつも打算ばかりじゃないわ!
さすがはアカネ、アタシの気持ちはお見通しってわけね!」
途端にアカネが訝しげな表情になる。
そしてソラにジト目を向ける。
「……まぁ、いいっす」
どうやら誤魔化すのに失敗したらしい。むしろ本心がばれてしまったようだ。
そこでソラはすかさず話題を変える。
「シオリ、ノルンに能力感知はしないようにしてね。
あの娘、びっくりするほど勘が良くて絶対に見抜かれるから。
それで機嫌を悪くされると困るのよね」
「えぇ、わかりました」
「ソラさん……いやらしい程ソツが無いっす……」
またまたアカネからの評価を下げてしまった。
このソツの無さが主と同僚から評判が良かったのに……。
眉を八の字にして「えぇー」と困った顔をするソラ。
その様子にシオリが苦笑している。
アカネも半分冗談だったようで既に笑顔に戻っている。
「ま、まぁ、いいじゃない。今から一緒に来てくれる?」
「いいっすよ」「はい」
◇ ◆ ◇
二人を連れてヤトカイの町に転移したソラ。
そこで彼女達が目にしたのは――
ざわついている町の人々の姿であった。
大声で何かを叫んでいる人、右往左往している人、道を走り抜ける人、
遠くに目をやり独り言を呟く人、他人に訊いて回っている人、等々。
「何があったんすかねぇ?」「どうしましょうか」とアカネとシオリ。
ノルンのことが気になり急いで組合の建物に入る。
騒然としているフロア。時々「魔物」という単語が聞こえる。
そこに赤い髪の少女の姿はなかった。
さっき話をした受付の女性を見つけてソラが状況を尋ねる。
「何かあったの?」
「詳しくは分かりませんが……街中に突然魔物が現れたようです。
少し前に木人形を呼び集める組合長の声が……大きな声が表から聞こえました。
その後に……誰かが『魔物が出た』と叫んでいて。
おそらく――
魔物の出現を知った組合長が、木人形を連れて現場に向かったのだと思います」
「ノルンが何処に行ったか聞いてない?」
「あの少女――ノルンさんは、もっと前にこの建物から飛び出していきました。
組合長の声が聞こえる前に出ていったので、
魔物の方に行ったのか別のとこなのかは、ちょっとわかりません」
――ノルンなら、タバサより先に魔物に気づいてもおかしくないわね。
ここ合同組合の長――タバサ。
離れた場所にいる脅威の存在を感知できるスキル持ち。
受付の女性は彼女の能力を知っていて、
だからこそ、一番最初に魔物の存在を知ったのはタバサだと思っているようだ。
しかしノルンは監視カメラ越しですらシェリルの存在を見つけるほど。
おそらくそれはスキルではなく、ただの勘の良さでしかないのだろうけど、
あの人間離れした能力ならタバサ以上に気配に敏感であっても納得できる。
ノルンはタバサに先んじて、
魔物の現れた場所に向かったのだろう――と、ソラはそう判断した。
「そう、ありがと――アカネとシオリ、ついてきて」
「わかったっす」「わかりました」
突然の魔物の出現という事態にソラはそれほど危機感を抱いていない。
それはこの町の警備体勢に関わってきたからこその自信である。
今のこの町の守護者は――弱体化の棒という強化武器を持つ木人形たち。
タバサが木人形を連れて行ったのなら、大概の魔物に後れを取る筈がない。
――だから今はノルンを見つける方が大事。
確かにノルンは強さという点に限っていえば木人形など足元にも及ばない。
複数の木人形でようやく抑え込んだあの巨人を相手にしても、
おそらく強化魔法無しの状態で勝利するだろう。
しかしノルンには不安の種がある。
それは人前で自分の力を見せるのを躊躇うかもしれないということ。
――何事もなければいいのだけど……。
ソラはシオリとアカネを連れて合同組合の建物から外に出る。
そして騒ぎの中心に向かって足を速めた。
今はまだソラは知らないが――
この魔物の出現が引き金となって、ある争いがこの町で勃発する。
強大な力を持つ存在同士の争い。
きっかけはソラの不注意、原因はひとりの少女。
シオリとアカネ、そしてあのタバサでさえ匙を投げる事件。
そして争いの原因となった少女が身を投げ出し終止符を打つ。
ソラは――その争いを見届けることになるのだが……その未来を今は知らない。
第三章第10話、お読みいただき有り難うございます。
次回――「巨大生物の襲来(2)」1月12日更新予定です。




