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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
346/745

15.26 反逆へのシナリオ

 創世暦1001年4月14日の午前中、アルマン王国の王都アルマックにいる貴顕の殆どは、『金剛宮』の閣議の間に集っていたと思われる。


 アルマン王国の場合、閣僚とは軍務卿、内務卿、財務卿、商務卿、農務卿、外務卿の六卿であり、閣議で発言できるのは王族達を除けば彼ら六人とその次官だけである。もちろん、必要に応じ指名された者が答弁することはあるが、彼らはあくまで問われたことを答えるだけだ。

 したがって閣議のためだけであれば、狭い部屋でも構わない。しかし実際には、閣議の間は大宮殿でも有数の広さを誇っていた。


 広間の正面には国王を始めとする王族達が着く場があり、現在はその中央に国王が座し先王ロバーティン三世と王太子ロドリアムが左右に座っている。そして閣僚達は、その手前に半円状に配置された席に着き、背後には次官や秘書官などが控えている。基本的に、閣議に参加するのは彼らだけである。

 しかし、閣僚達の後ろには階段状の席が設けられ、少なくとも百名以上は傍聴できるようになっていた。

 入室できるのは貴族か王家直属の騎士のみと限定されてはいるが、今は傍聴席の全てが埋まり、それどころか立ち見まで出る有様だ。おそらく定員の三倍、三百名は室内にいるのではないだろうか。

 傍聴している者の半数は文官だが、軍人も多い。それは、この日の閣議が彼らにとって大きく関係するからであろう。


「ジェリールよ。グレゴマンの館から見つかった魔道具、知らないと言うのだな?」


 国王ジェドラーズ五世が、重々しく問いかける。

 閣議の間にいる者は(いず)れも口を開かない。そのため、さして大きくもない国王の声は広間の隅々まで響き渡った。


「はい。魔術局長に任せておりますので」


「それは無責任ではないか!」


 軍務卿ジェリール・マクドロンが淡々と答えると、隣の席から商務卿のヴァーガン・ギレッグズが怒声といっても良い荒々しい声音(こわね)(なじ)った。

 そして閣僚達の険悪な様子に、傍聴席の各所からどよめきが上がる。文官達の多くは商務卿を支持しているらしく、頷きなど同意の仕草を示す者が殆どだ。しかし武官は大半が不満そうな様子を隠さない。


「この国難に一局長の不始末を論じている場合ではないだろう」


「ああ。こうしている間にも敵は新たな手を打っているかもしれないんだ」


 どうやら、軍人達は国防に力を注ぐべき時に、悠長な会議をしているのが不満らしい。

 情報伝達手段が未発達なこともあり、彼らは戦いの全てを把握しているわけではない。しかし、この頃になるとメリエンヌ王国、ヴォーリ連合国、ガルゴン王国、カンビーニ王国の四カ国がそれぞれ艦隊を展開し、アルマン王国を囲んでいることが明らかになってきた。

 したがって、詰問など後回しにして戦に注力すべしという意見にも、充分な説得力がある。


「……ならば、軍務についてだ。軍使はまだ戻らぬ。それにドワーフ達を迎えに行った使者もだ。これは、そなたの手落ちではないか?」


「申し訳ありません。カティートンは優秀な艦隊司令ですし、ロールウィンも信頼の置ける男です。しかし、彼らならばと任せた私の失態であるのは間違いありません」


 国王の再度の問いに、やはり軍務卿は表情を動かさずに答えた。

 この時点になっても、軍使であるマクリンズ次官は戻っていなかった。そして、ドワーフ達を連れて来る筈の使者も帰還する様子は無い。


 軍使の帰還が大幅に遅れているのは、どうやら軍務卿の仕組んだことらしい。

 彼らは知らないことだが、カティートン司令はメリエンヌ王国海軍との会見で凶行に及ぼうとした。カティートンは『隷属の首飾り』で操られていたのだ。

 幸い、先代ベルレアン伯爵アンリの活躍でカティートンの暴発は未然に防がれたが、事後の調査に多大な時間を費やした。『隷属の首飾り』で操られた者が他にもいる可能性は否定できず、艦隊の乗組員全ての身体検査をすることになったからだ。


 であれば、ロールウィンという人物も同様ではないか。解放済みのドワーフ達を連れて来ることなど出来る筈もないから、やはり何らかの遅延を(たくら)んでいると見るべきであろう。


「ならば、どうするのだ?」


 先王ロバーティン三世は、苛立ちを滲ませつつ問いかける。

 彼はグレゴマンの館の件については口を挟まなかった。もしかすると、彼も不始末を論ずるよりも今後を語るべきだと思っているのだろうか。先ほどまでは傍観するような雰囲気を漂わせていた先王だが、今は僅かに体を前に傾け、軍務卿を見つめている。


「失態の責任を取るべきでは?」


「そうですな、辞任が適当でしょう」


 しかし先王とは違い、閣僚達は軍務卿の処罰をどうすべきかが気になるようだ。そんな彼らの様子に、傍聴席の軍人の口からは失望したような溜息が漏れる。

 そして、ざわめく人々を他所に、閣議の間に据えられた大時計が鐘を打ち鳴らす。どうやら、何の進展もない内に一時間が過ぎたらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「今こそ、我らは一丸となって当たるべきです。

メリエンヌ王国は、これを期に我が国を併合するつもりでしょう。彼らは東のベーリンゲン帝国をほぼ制圧した。ならば、次は敵対的な我が国に矛先を向けるに違いありません。隷属だ何だと言っていますが、それは単なる口実です」


 軍務卿ジェリール・マクドロンは、立ち上がると朗々たる声で自説を披露していった。それは、明確な主戦論である。


「だが……四カ国と戦って勝てるのかね?」


「勝てる勝てないの問題ではありません。

ベーリンゲン帝国では、貴族や軍人の多くが消息不明となったそうです。メリエンヌ王国は彼らが邪神の手により異形と化したと言っていますが、おそらく不要となった旧支配者達を抹殺したのでしょう。

彼らに降るということは、我らも同じ運命を歩むということですよ」


 閣僚の一人の不安げな言葉を、軍務卿は切って捨てた。

 アルマン王国にも、ベーリンゲン帝国のことは断片的ながら伝わっているらしい。そして彼らは、帝国の多くの貴族が姿を消したことも知っているようだ。

 もちろん、帝都にいたベーリンゲン帝国の成人貴族や軍人が竜人と変じたのは皇帝が(たくら)んだことであり、メリエンヌ王国に責はない。しかし、そんなことを知らないアルマン王国の者達は、征服した地の統治をしやすくために邪魔者を始末したと思ったのだろうか。彼らは一様に顔を青くしていた。


「私は、この国の将来を案じています。息子達もです。ウェズリードは今も軍本部で指揮を執り、デリベールは南海にて働いています。それらは強きアルマン王国を実現し、我が国が辺境の小島として埋没しないために必要なことなのです」


 身振りや手振りまで用いて演説をするジェリールに周囲は惹き付けられ、閣議の間には彼の言葉のみが満ちていた。だが、それも無理はない。彼の熱弁と真摯な表情からは、軍務卿という要職に就く者に相応しい力強さと魅力が溢れていたからだ。


 仮にアルバーノが今のジェリールを見たら、どう思っただろうか。軍本部の彼の執務室に潜入したアルバーノは、この世を呪うかのようなジェリールの陰鬱とした姿を目にしたし、実際に彼の呪詛(じゅそ)というべき言葉も聞いた。

 しかし今の軍務卿には、そんな暗さは全く存在しない。やはり、この辺りは一廉(ひとかど)の傑物と言うべきであろうか。


「……ご高説はもっともだ。しかし、もっと簡単な手があるだろう? 貴殿が全ての責任を取れば良い」


 軍務卿の演説が終わると、隣に座る商務卿は暫しの拍手を送った。しかし彼は、皮肉っぽい口調で自説を唱え始めた。それは、軍務卿に全責任を負わせるというものである。

 それを聞いた傍聴席は、今までで一番のざわつきに包まれた。傍聴者には同意の声もあるが、それを上回るのは軍人達の怒号である。もちろん、商務卿を非難するものだ。


「そうやって、メリエンヌ王国に尻尾を振ると? だが、それは私の道ではない」


「ならば、どうすると言うのかね?」


 (いま)だ立ったままのジェリールが、傲然とした口調で答えると、商務卿は更なる問いかけをする。

 どうやら商務卿は、軍務卿を失脚させたいようだ。軍務卿が主導した偽装商船の暗躍はアルマン王国の商船を支援するためであり、商務卿も全く関与していないわけではなかろう。もしかすると、その辺りを突かれる前に、軍務卿だけに責を負わせたいのであろうか。


「こうするのだ!」


 懐から短剣を取り出した軍務卿は、手前の机を乗り越え前方に躍り出た。そして彼は、そのまま国王ジェドラーズ五世の脇に降り立つと、主君に刃を突きつける。


「どういうことか?」


 突然の凶行に、国王は全く反応できなかったらしい。彼に出来たのは、一拍の間を置いて家臣に暴挙の理由を問うことのみだ。

 国王は優れた魔術師らしいが、身体強化は得意ではないようだ。それに対し、ジェリールは軍務卿という職に相応しく体術に優れ、身体強化も相応の域に達していると思われる。そのため、一瞬で間を詰めたジェリールの姿を、国王は捉えることも出来なかっただろう。


「衛兵! ……まさか?」


「君達もですか……」


 国王同様に、先王ロバーティン三世や王太子のロドリアムも、身体能力は高くないようだ。そのため、彼らが反応したのはジェリールが国王に刃を突きつけた後だった。

 そして驚愕の表情を浮かべた彼らが見たのは、敵意を顕わにした衛兵の姿であった。兵士達は王族達を守護すべく帯びていた剣を抜き、二人に突きつけたのだ。


「そのままに。魔術を使おうとしても無駄です」


「だろうな……」


 ジェリールの言葉を、国王は否定しない。

 魔術師が魔術を発動するには、精神の集中が必要だ。そのため高度な身体強化を可能とする者に至近距離で刃を突きつけられてしまえば、対抗できる魔術師など殆どいない。

 相手が魔力感知を全く出来ないなら別だが、大抵の貴族は魔術師としての素養もある。もちろんジェリールも大抵の側に属し、隙を突くのは困難なのだ。

 そのためだろう、国王も抵抗する素振りを見せることはなかった。


「兵士諸君! 彼らは祖国を売ってまで安寧を得ようとした! しかし、それで良いのか!? 我が国がメリエンヌ王国の一部に成り果て落ちぶれていく姿など、私は見たくはない! 諸君らもそう思わないか!?」


 ジェリールは国王ジェドラーズ五世の胸元を(つか)み、椅子から立たせる。そして彼は、傍聴席にいる軍人達に向けて演説を開始した。


「確かに我らアルマン王国の国土は狭く、数では劣る。しかし、このような軟弱な態度こそが敵に付け込む隙を与えるのだ!

メリエンヌ王国を名乗る者達は、遥か昔に我らを大陸から追い出した。そして今、我らをこの島からも追い出そうとしている。諸君は、それを座して待つのみなのか!? ここにいる敗戦主義者達のように、誰かに責任を擦り付けて、相手に媚を売るのか!?

戦いはこれからだ! 我らの力を結集すれば勝利を得ることが出来る! 立てよ兵士諸君! アルマン王国には諸君の力が必要なのだ!」


 ジェリールの演説は、閣議の間全体に響き渡る。そして彼が語る間にも、閣僚達は衛兵などに拘束されていく。

 どうやら、ジェリールは周到に準備を進めていたらしい。もしかすると、遅延は反逆のための時間を稼ぐ策だったのだろうか。存在しない筈のドワーフ達を呼び寄せると言ったときから、彼の頭には今日のことがあったのかもしれない。


「このような狼藉……民が承服するとでも?」


 ジェドラーズ五世は、静かにジェリールへと問いかけた。彼は、抗う様子も見せずに反逆の首謀者を見つめている。


「民は今頃、歓喜の声で迎えているでしょう。私とウェズリードは、街の者に慕われているようでして……それに対し、弱腰な貴方を非難する者は多いようです」


 ジェリールは、少しばかり(あざけ)るような雰囲気を滲ませた。

 どうやらウェズリードは、既に王都アルマックの掌握に乗り出しているらしい。おそらく時刻を合わせての決起なのだろう。


「そうか……殺せ。元々、そなたの奥方に貰った命だ。そなたに返すのも運命かもしれぬ」


 国王は暫し瞑目(めいもく)した。そして再び目を見開いた彼は、ジェリールに自身を殺害するようにと言い放った。流石に一国の王だけあり、叛臣の情けで生き延びたくはないのだろう。


 それはともかく、やはり軍務卿の妻ナディリアの死は王族を救うため、それも国王自身を助けるためであったらしい。

 優れた治癒術士であるナディリアが命を落としたのは、高位王族の治癒のため。そして、治療で衰弱した彼女を助けることが出来なかったのは、命を取りとめた王族の万一に備え治癒術士達を割かなかったから。これが街の噂である。

 たぶん、それは正しいのだろう。ジェドラーズ五世が軍務卿に対し何かと遠慮し、彼のことを(かば)うような素振りすら見せたのは、そのために違いない。


「それは何とも惹かれますが……ですが、今はまだ。貴方達の命には、使い道があります。ここで使ってしまっては、私の予定が狂うのですよ」


「まさか、妻や子供達も……?」


 ジェドラーズ五世は、今までとは違う恐れの滲む表情で、ジェリールに問いかけた。

 国王は、王位をジェリールに譲り自身の命を渡すことで、事態の解決を図ろうとしたのだろうか。しかしジェリールの返答からすると、王だけではなく王族達の命にも何らかの用途があるらしい。

 軍務卿の主張は徹底抗戦であり、王族全ての命を敵に差し出すというものではなさそうだ。だとすれば、彼らの命はどこに使われるのだろうか。

 ジェリールの冷たい口調から、ジェドラーズ五世は不吉な予想をしたのだろう。彼の顔からは血の気が失せ、額に冷や汗が滲む。


「これは、反逆の第一段階。次の筋書きを実現するには、貴方達の血が必要なのですよ……。

カレッドロン、ギャリパート、状況は!?」


 国王の問いに、ジェリールが答えることはなかった。駆け寄ってきた軍人達に顔を向けた彼は、そのまま答えを待つ。


「第一大隊は、大宮殿を制圧しました。妃殿下達や王太子妃殿下も拘束済みです! 第二大隊は小宮殿に向かっております!」


「……お聞きの通りです。奥方達のためにも、このまま大人しくしていただけると助かります」


 ジェリールの言葉に、瞑目(めいもく)した国王が答えることはなかった。それに、先王や王太子もだ。そして三人は、軍に所属する魔術師達に催眠の魔術を掛けられ、意識を失い崩れ落ちていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「少し騒がしいような……」


「そうですね……」


 一曲演奏を終えたシノブは、どことなく空気がざわめいているような奇妙な気配を感じていた。それは、アミィも同じらしく、彼の呟きに小声で同意する。


「この一大事ですから、大宮殿は人の出入りも多いと思いますが……」


 王女アデレシアは、小首を傾げつつシノブに応じた。王女の動きに合わせ、緩やかに波打つ彼女の赤毛が僅かに(きら)めく。


「エメラインは何か気がつきましたか?」


「いえ……閣議は大勢の者が傍聴しておりますし、軍本部などと行き来している者も多いのではないかと」


 王女に問われた女騎士、エメラインという比較的年長の女性が首を振る。この女騎士は、王女の警護責任者であり、側に仕えてからも長いようだ。そのため、王女も何かと彼女を頼りにしているらしい。


「そうですか……今は」


「殿下、皆さん、気を付けて下さい!」


 ファルージュはエメラインの説明に納得したらしく頷いた。そして、彼は何かを言いかける。

 しかしアルバーノが、ファルージュの言葉を鋭い声で(さえぎ)った。どうやら彼も異変を察知したらしく、手にしていた細い(ばち)を放り出し立ち上がる。


 もちろんシノブ達も既に席を離れている。そして僅かに遅れてファルージュが立ったとき、部屋の扉がけたたましい騒音と共に開かれる。どうやら、外から蹴破られたらしい。


「王女だ! 拘束するぞ!」


 部屋に入ってきたのは、二十名程の軍人だ。軍人達は、(いず)れも抜き身の剣を手にしている。


「な、何を!? 貴方達、無礼です! 下がりなさい!」


 乱入してきた軍人達を叱咤したのは、警護責任者のエメラインだ。彼女は、腰に佩いていた小剣を抜き放ち、王女を守るように前に進み出る。

 そして、彼女の左右を室内にいた数名の女騎士が固める。その動きは素早く、充分に訓練していることが窺える。


「きゃあ!」


「で、殿下をお守りしなくては……」


 もっとも、侍女達はそうもいかないようだ。突然のことに後退(あとじさ)り転ぶ者、何とか王女を守ろうと彼女の側に寄る者など様々だが、狼狽が激しく自分の身を守れるかも疑問である。


「ら、乱暴は()めなさい! 何があったと言うのですか!?」


 アデレシアは、気丈に声を張り上げ軍人達に事情を問う。まだ十四歳の彼女だが、その勇敢な姿からは一国の王女に相応しい威厳が感じられる。


「軟弱者に国を任せておくことは出来ん! これからは軍務卿ジェリール・マクドロン様がアルマン王国を動かすのだ!」


「な、なんですって……」


 剣を突きつける軍人の言葉に、アデレシアは蒼白な顔で呟きを漏らす。まさか軍に裏切られるとは思っていなかったのだろう、彼女は呆然(ぼうぜん)とした表情のままで立ち尽くしている。


──アミィ、クーデターか?──


──たぶん、そうだと思います……ホリィ達を全て捜索に回したのは失敗でしたね──


 シノブの心の声に、アミィは少しばかり困惑を滲ませつつ答えた。

 ホリィやマリィ、それに四頭の光翔虎は、未明にグレゴマンの公館に潜入した後、各地に飛んでいた。グレゴマンの公館には魔道具による隠蔽の結界が存在し、その魔力波動を覚えた彼らは再び各都市の探索をしているのだ。

 シノブがグレゴマンの公館を脱出した直後に調べたところ、王都には他に隠蔽の結界は存在しないようだった。そこでホリィ達は他の都市を探りに行ったのだが、その代わり王都を探る者が不足したのだ。


──グレゴマンもいないし隷属の魔道具も感知しない……彼らは自由意志でクーデターに加わっているのか?──


 シノブは、グレゴマンや竜人の魔力、それに隷属の魔道具の存在を感知していない。もっとも、グレゴマンや竜人は魔力隠蔽の魔道具を持っているようだから、接近しないと気がつかない可能性はある。

 だが、隷属の魔道具に関しては、動作していれば王宮どころか王都全域でも感知できる筈だ。したがって、ここにいる兵士達はもちろん、王宮内に操られている者がいないことは確かである。


──そうなりますね……どうしましょうか?──


 アミィは、心情的にはアデレシアの味方をしたいようだ。

 軍務卿達は、アムテリアが禁忌とした隷属に関与している。それはアムテリアの眷属であるアミィにとって許せることではない。したがって、彼女に軍務卿の肩を持つ理由は無い。

 とはいえ、アルマン王国の国民達が自身の手で王家に立ち向かったのなら、それは単なる内政問題だ。アミィもアデレシア達に親しみを(いだ)いているだろうが、だからといって彼女達のために剣を取って王権を支えようというつもりは無かろう。


「へ、陛下や先王陛下……そ、それに王太子殿下は!?」


 時間を稼ごうと思ったのか、それとも状況を把握しようと思ったのか、アルバーノが、軍人達に向かって国王などの様子を尋ねる。まだ楽士としての演技を続けているのだろう、彼の声は少々上擦(うわず)ったものであった。


「心配するな、手荒なことはしていない。王妃達も含め拘束しているだけだ。お前達も抵抗しなければ命は保障するぞ。ともかく武器を捨てろ」


 正面の軍人は、動揺を滲ませたアルバーノの様子に苦笑した。そして彼は、女騎士達に武器を捨てるように言い放つ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「殿下、奴らの言いなりになる必要はありません! アルバーノ、ファルージュ! 殿下を連れて一旦退()く!」


 シノブは、王女を連れて撤退することにした。

 アルマン王国の内紛にどう関わるかは、この場では判断し難い。もちろん、シノブとしては禁忌に手を出した軍務卿ジェリール・マクドロンを許すつもりはない。しかし、これだけの同調者がいるのであれば、単に王家に味方すれば良いというものでもなかろう。

 シノブ達であれば、王女を守りつつ向かってくる軍人達を倒し、国王達を奪還できるだろう。しかし、その結果シノブ達は現体制に味方して民衆を迫害した一派と目されるかもしれない。ならば、一時の激情で王家に味方するのは危険だ。シノブは、そう思ったのだ。


「はっ!」


「やはり王女殿下を連れての逃避行ですか! これは楽しくなりましたな!」


 ファルージュは短く、アルバーノは嬉しげにシノブに答えた。二人は寸鉄すら身に帯びていないが、それを全く気にせずに前に進み出る。


「殿下、ここは私にお任せください! 悪いようにはしません!」


 正面をアルバーノ達に任せたシノブは、アミィと共に王女アデレシアに歩み寄り手を差し伸べる。

 まずは、この部屋から庭に出る。そして、魔法の家でシェロノワに転移だ。ここにいる女騎士や侍女も連れて行くしかないから、王宮から脱出している暇もないだろう。

 シノブは短い間に考えを(まと)め、同時に思念で脱出をホリィ達に伝える。まずはアルマン王国にいるホリィ達、そしてシェロノワで魔法の家を呼び寄せる役のミリィだ。


「楽士が何を……」


「エメライン! ……わかりました、貴方に付いて行きます!」


 警護の女騎士は眉を(ひそ)めて反論しかけるが、アデレシアはシノブに大きく頷いてみせた。そして彼女は、気丈な笑みと共にシノブの差し出した手を取る。


「閣下、こちらは終わりました! さあ、行きましょう!」


 アルバーノは、アルマン王国の軍人から奪った小剣を片手に一本ずつ持ち、陽気に笑いかける。彼とファルージュの足元には、大勢の軍人が倒れ伏している。どうやらアルバーノ達は、シノブ達が話している間に全員を気絶させたようだ。


「このまま王宮にいては囚われるだけです! 残っていれば皆さんも尋問を受けるでしょう! ですから一緒に!」


「わ、わかりました!」


 アミィの言葉で、侍女達も正気を取り戻したようだ。確かに王女が脱出したとなれば、後に残った女騎士や侍女が取調べの対象となるだろう。


「まず、庭に!」


「それでは私が先鋒を! ファルージュ、後ろは任せましたよ!」


 シノブが庭を指差すと、アルバーノが走り出る。そして彼は、庭に繋がる扉を開け放った。すると、そこには駆け寄ってくる大勢の軍人達の姿があった。


「これは大漁!」


 軍人達の前に、突然アルバーノが十人ほど出現する。強力な身体強化を使って移動するアルバーノの残像だ。アルバーノは、手に持つ二つの小剣で敵を薙ぎ払っているのだが、敵を倒す瞬間のみ移動速度が落ち姿が現れるようだ。なお、彼は剣の平で相手を打っているらしく、相手から血が流れることはない。


「場所を作りますね!」


 アミィは、風魔術で敵を吹き飛ばし始めた。すると、アルバーノに倒された者達も含め、小宮殿の前から一掃されていく。魔法の家で脱出をするから、展開する場所が必要なのだ。


「す、凄いですね……貴方達は、一体?」


 エメラインという女騎士が目を丸くしてシノブに問いかける。それもそうだろう、アルバーノの剣技といいアミィの魔術といい、とても常人の技とは思えないからだ。


「ただの旅の楽士ですよ……少々お節介焼きのね」


 シノブは、苦笑しつつ答えた。シェロノワに転移をすれば否応無く正体は判明する。しかし、敵もいる場で自身の名を名乗ることもなかろう。そのため、彼は曖昧な言葉で誤魔化したのだ。


「おっと、そろそろですかな!」


 兵士の殆どを倒したアルバーノが駆け戻ってくる。彼は、戦いながらもアミィの様子を見ていたらしい。

 アミィは魔法の家のカードを手にしている。彼女は、シェロノワから魔法のカバンを呼び寄せ、そこからカードを取り出したのだ。


「……水壁!」


 アミィの準備が出来たと見たシノブは、巨大な水の壁を周囲に展開した。魔法の家で転移する間の防壁である。

 普段の岩壁とは違い、水の壁は彼が去れば崩れる。そのためシノブは、岩壁よりは証拠が残らなくて良いだろうと思ったのだ。


「展開します! 皆さん、中に!」


 アミィはすかさず魔法の家を展開する。そして、彼女は王女アデレシアの手を引いて魔法の家の中に駆け込んで行った。


「閣下、やはり王女殿下を連れ帰る羽目になりましたな?」


「やはりって……ともかく、早く入って!」


 シノブは、ニヤリと笑うアルバーノに少しばかり顔を赤くして返答した。そして彼は、アルバーノの肩を押して魔法の家に入っていく。既に、外に居るのは彼らだけなのだ。


──ミリィ、呼び寄せてくれ──


 魔法の家の扉を閉めたシノブは、1200km以上離れたシェロノワにいるミリィへと思念を送る。彼の思念は他の者とは違い格段に遠くまで届くが、ミリィ達はそうはいかない。そのため、何の返答もないまま転移は行われた。


「シノブ様~、お帰りなさいませ~」


──シノブさん、お帰りなさい!──


 突然のことであったからか、彼らを出迎えたのはミリィとオルムル達だけであった。魔法の家が出現したのはフライユ伯爵家の庭だが、扉の前にいるのは人族の少女に姿を変えたミリィと、オルムル、シュメイ、ファーヴ、リタンの子竜達と光翔虎のフェイニーだけである。


「シノブ……それに竜達……まさか、貴方は?」


 アデレシアはシノブに続いて外に出たため、ミリィの声が聞こえていたらしい。彼女は子竜や光翔虎の姿に目を奪われたようだが、暫しの間を置いてシノブを見上げ問いかける。


「ええ。私がメリエンヌ王国のフライユ伯爵シノブ・ド・アマノです。アデレシア殿下、ようこそシェロノワへ」


 シノブは、変装の魔道具を解除して元の金髪碧眼の姿に戻った。そして彼は微笑みと共に、自身の真の名を王女に告げた。


「シノブ様~、とんでもないものを盗んでしまいました~?」


「ミリィ……」


 小首を傾げるミリィに、アミィは苦笑している。彼女も既に変装を解いており、いつもの狐耳と尻尾の姿である。


「殿下、まずは館に行きましょう」


 シノブは、飛び付いてきたオルムル達を抱えながら、王女に手を差し伸べた。

 色々話すべき事はあるが、何はともあれ突然の災難に見舞われた王女達に落ち着いてもらうべきだろう。シノブは、そう思ったのだ。


「はい!」


 アデレシアは、シノブの手をしっかりと握り締めた。

 王女の声には毅然とした強さがあり、顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。そのため、彼女の心の揺れを知る者は僅かであったかもしれない。しかしシノブは、意外なまでの強さで握る王女の手から、強い不安を感じざるを得なかった。

 アルマン王国がどのような道を歩むにしても、彼女に出来る限りの支援をしよう。シノブは、密かにそう決意した。そして彼はアデレシアの手を優しく握り返し、自身の宣言した通り館に向かって歩み始めた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年2月9日17時の更新となります。


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