第077話 ー夜明けの道ー
おかえりなさいませ。
本日は、夜明けと共に城を出る刻をお届けいたします。
静かな朝の気配の中で、二人の歩みがそっと重なってまいります。
東の空が、まだ淡い灰を帯びていた。
夜の名残が城壁に寄り添い、
静かな冷気が馬の吐息に薄く溶けていく。
馬車のそばで、リリアナは外套の留め具を整えた。
眠れぬ夜の気配がわずかに残っている。
けれど、その瞳には確かな光があった。
「……冷えていないか」
背後から落ちた声は、
夜明けの静けさを破らぬほど柔らかかった。
アルフレッドが歩み寄り、
外套の襟を整えるように指先をそっと添えた。
その仕草は過保護ではなく、
ただ“気づいたからそうした”という自然さだった。
「少しだけ。でも、平気です」
リリアナは微笑を返す。
声は細いが、揺れはなかった。
マティアスが馬車の荷の最終確認を終え、
帳面を閉じて近づく。
「閣下。出立はいつでも」
「ありがとう。……ローレンス、隊を頼む」
「はっ。道中で動きがあれば、すぐにお伝えします」
朝の冷気の中、三人の言葉は簡潔だった。
無駄を省き、必要なものだけを積み重ねる――
グレイバーンらしい空気がそこにあった。
リリアナは静かに馬車へ近づき、
足をかける前にふと城を振り返った。
昨夜まで灯っていた灯火は消え、
白い息だけがわずかに揺れている。
それでも、見送りの気配は確かに残っていた。
「……怖くないと言えば嘘ですが」
ぽつりと零した言葉は、
誰に向けたものでも、誰に隠すものでもなかった。
アルフレッドは彼女の横に立ち、
短く、しかし確かな声で言う。
「恐れは道を閉ざさない。
君が歩けば、それが道になる」
リリアナは小さく息を吸い、
その言葉を胸の奥に収めた。
「……一緒に行けてよかった」
気づけば、そんな言葉が零れていた。
閣下は少しだけ目を見開き、
それから静かに、ほんのわずかに表情を緩めた。
「こちらこそだ。
君が隣にいる方が……私は強い」
その声は、風に紛れてもおかしくない小ささだった。
けれど、確かだった。
馬車の扉が開き、
リリアナが一歩踏み入れる。
朝の冷たさと、胸の温度が混ざり合う。
アルフレッドが手を差し出す。
彼女は迷わず、その手を取った。
城門がゆっくりと開かれる。
夜と朝の境目が、細く長い道のように見えた。
馬車が動き出す。
石畳を踏む音が、静かに響く。
――王都への旅が始まった。
その先にある影を恐れても、
彼らは同じ方向を見ていた。
春の風が、まだ薄い陽の色を乗せて吹き抜けていった。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
次の刻では、王都への道中に潜む気配と、
姉の影が静かに近づく予兆を描いてまいります。




