第075話 ー至急便の影ー
おかえりなさいませ。
本日は、王都より届いた“至急便”が、
辺境と議場の距離を一気に縮める刻をお届けいたします。
揺れる風の中で、二人の覚悟もまた形を帯びてまいります。
夕暮れの港を駆ける蹄の音は、
春の空気を切り裂くように鋭かった。
伝令の青年は馬から飛び降り、
汗をにじませながら封筒を掲げる。
「グレイバーン閣下――至急便にございます!」
アルフレッドが受け取り、封を切る。
文面を追う瞳が、わずかに細められた。
「……王都議会より、“臨時協議会”の招集か」
リリアナは息を呑む。
「王都の……決定が早すぎませんか?」
「早い。だが、こうした“速さ”は不穏の兆しだ」
アルフレッドは封筒を閉じ、海風にさらすように手を下ろした。
伝令が続ける。
「議場の噂では、王妃派が“誓い”を宗教扱いにして、
辺境の改革を制限しようとしているとか……」
リリアナの手がわずかに震える。
その震えを見て、アルフレッドは静かに言った。
「心配するな。宗教とされれば、今度は“信仰の自由”が盾になる。
彼らは軽く扱ったつもりでも、刃は向こう側へ曲がり得る」
青年伝令は恐縮しながら頭を下げる。
「私はここで失礼します。王都へ戻らねば」
「ご苦労だった。――城で休んでから帰れ」
「し、しかし」
「命令だ」
短いが温度を含む声に、青年は深く頭を垂れた。
伝令が去り、港は再び静かな潮騒に包まれる。
リリアナがそっと訊いた。
「閣下……本当に、戦いになるのでしょうか」
アルフレッドは空を見上げる。
夕陽は沈みかけ、海面に細い金の線を残していた。
「戦“として”ではなく、判断の場だ。
だが――君の姉は、その場を揺らすだろう」
「……ええ。あの人はきっと、私を“見せ物”にするためなら
どんな言葉でも使うでしょう」
その言葉に、アルフレッドの瞳がわずかに陰を帯びる。
「君の名は、君のものだ。誰にも奪わせない」
静かに、しかし絶対の響きで告げられた。
リリアナは胸に手を当てる。
鼓動が早まった。
けれどその速さは、不安ではなく温度に似ていた。
「……私も、閣下と行ってよろしいでしょうか」
「当然だ。君がいなければ意味がない」
即答だった。
その真っ直ぐさに、リリアナは少しだけ笑った。
日暮れの風が二人の衣を揺らす。
港の灯がともり始め、影が寄り添うように重なる。
そのとき、遠くの街道で火の灯りが揺れた。
次の伝令か、あるいは――
王都からの“別の意図”を携えた人影か。
夜の気配がゆっくりと港へ降りていった。
王都の影が色を濃くし、姉妹の因縁も再び動き出しました。
それでも寄り添うふたりの足取りは揺らがず、
ここから王都編へ向けた流れが静かに始まります。
次の刻では、出立の支度と、
辺境の仲間たちとの小さな別れをお届けいたします。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。




