第六十二話 その女、退屈につき
ジェノ海洋国家連合。
中央大陸の東の海に存在する、十二の島からなる海洋の連合国家。
そして、その十二の島を統べるのは、鬼人族達。
鬼人族の高い戦闘力で、外来の種族や怪物からの侵略を阻止してきた歴史がある。
十二の島には様々な種族が存在するが、その者達は鬼人族に忠誠を誓い、朝貢を行う見返りに、安全を保障してもらっているというわけである。
ここは、十二の島の中で最も広い面積を持つ国家の中枢たる島、サイネリア島。
この島は、日本や東南アジアを混ぜたような雰囲気だ。
和風の瓦屋根の建築物が立ち並び、その中には、五重の塔のように背が高く、巨大な物も存在する。
見たこともない植物と沢山の提灯が街を彩り、幻想的な景色を見せている。
活気はそれなりにある。
狭い路地にも人が溢れ、隙間がほぼ無いのに、荷車を押す者が人々を押しのけるように突き進んでいる。
和也がその雑踏にどこか懐かしさを覚えていると、不意に横から声が掛かった。
「それにしても、石板でワープとは驚きました。便利な物があるのですね」
さっきからイグサが仕切りに感心している。
イグサはジェノからマカリステラに渡航する際、小舟一隻で海を渡ってきたらしい。
つくづく思うが、この人は本当に無茶をする。
マカリステラからジェノへ、四人で海を渡るには、小舟一隻では定員オーバー。
どうしたものかと内心、悩んでいたらしいが、運よくこの島の石板が生きており問題は解決した。
「イグサさん、今日は取り合えず、僕達に出来ることはないんだよね?」
優斗が前を歩くイグサに質問した。
イグサは後ろを振り返り、それに答える。
「そうですね。我が王との謁見を調整をしますので、今日のところは特にはありません。とりあえずは、宿で待機して頂ければと」
そうして辿り付いた宿は、とても立派で豪華だった。
和風建築の巨大な建物で、宿と言うよりは城と言って良いかもしれない。
「このように豪華な宿とは……良いのか?」
「ええ、構いませんよ。貴方達は本来なら、国賓待遇を受けるべきだと私は思っております」
ライサンが遠慮がちに尋ね、イグサがそれに笑顔で返した。
聞けば、この宿はこの島でも一二を争う程の高級宿で、格式も高いらしい。
宿の手配も、宿泊費の捻出も、全てイグサがやってくれた。
和也達はイグサに感謝した。
そしてイグサは、謁見の段取りと自分の仕事があるとのことで、和也達のもとを去っていった。
宿の門をくぐり、中に踏み入った。
宿の従業員に出迎えられ、部屋に案内された。
案内された部屋も高級宿に相応しいものだった。
軽く十人は居住出来る程の広さがあり、木目の床の上に、光沢のある楕円形の机と柔らかいクッションが敷かれた椅子が設置されている。
意外に内装はシンプルで、余計な物は置かれていない。
落ち着いた空間を作り上げる為の計らいなのかもしれない。
大いに先入観はあるだろうが、あえて煩雑さを取り除くことで、格式高さを表しているように感じた。
「ふう、まずは英気を養うとしようか」
ライサンがそう言って、大の字で床に寝転んだ。
長い手足を目一杯広げるが、それでも十分スペースがあるほど部屋は広い。
「ちょっとライサン、休み方が豪快すぎ」
優斗がライサンを見てクスクスと笑う。
「そうか? お前達もやってみろ。気分が良いぞ」
「いやいや、行儀悪い―――てっ、和也!?」
優斗が和也に視線を移すと、和也もライサン同様に、大の字で体を床に投げ出していた。
「悪くないもんだな」
和也が何食わぬ顔でしれっと答える。
「まったく二人とも……しょうがないなあ」
数舜の沈黙の後、優斗がポツリと言った。
「うん……悪くないね」
ライサンと和也の間のスペースに、優斗も大の字で寝そべった。
その三つの大の字は、しばらく動かずに英気を養うのであった。
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同日、同場所で、鬼人族の若い女がバタバタと長い廊下を歩いていた。
「姫様! どこへ行かれるのです!」
「どこでも良いでしょう? とにかく退屈なのよ」
姫と呼ばれた女は、深紅の長い髪を揺らし、速足で廊下を進む。
姫の後を追うのは、侍従と思われる女。
侍従は慌てた様子で、姫の後を付けている。
姫はピタッと足を止め、後ろを振り返った。
「あなたは付いてこなくていいわ。部屋で休んでなさい」
美しい顔を若干しかめて、侍従にそう告げる。
金色の瞳で射竦められ、侍従は気圧されたが、自分の使命を思い出しハッキリと言葉を返す。
「そういうわけには参りません!姫様のお傍で仕える、それが私の使命ですから!」
姫と侍従はどちらも視線を逸らさない。視線が交差し、火花を散らす。
それが暫く続き、やがて姫は、観念したように肩を竦めた。
「分かったわよ、好きにしなさい。それから、目的地は特にはないわ。ただ退屈だから外をぶらつくだけ」
そして、前を向き歩き出した。その後に侍従も続く。
しばらくして姫がまた足を止め、振り返らずに言う。
「…………わがままに付き合わせて、悪いわね」
それを聞いて侍従は、両手を振って慌てて答える。
「とんでも御座いません! 姫様の御心のままに!」
姫と呼ばれた女、この者の名は、カヤ・ガオエンと言う。
ジェノ海洋国家連合軍の総大将にして、この国の大王、ゴギョウ・ガオエンの一人娘だ。
カヤは飢えていた。
退屈を祓う刺激に、己を満たす快楽に、心を震わす昂ぶりに。
生まれついての刺激中毒者。
それが、カヤ・ガオエンという女の性であり、業である。
そんな彼女だが、一つだけ絶対に手を出さないと決めている物がある。
それは今、巷で騒がれている劇薬、アネモス香のことだ。
カヤは刺激中毒者だが、線引きが出来ない女ではない。
あれに手を出すとどうなるかは分かっている。
その者達の末路を見て来た。
あれが人の最後であって良い筈がない。
あんな物に生を狂わされるなど、到底看過できない。
カヤは寧ろ、アレを憎んでいた。人生とは楽しむ為にあるのだ。
最後の今際の際まで、一滴残らず楽しみ尽くしてやるのだ。
そうでなくては、生まれた意味がないではないか。
それをあんな物に邪魔されてたまるか。
そして今日も、満たされることのない空虚な穴を埋めようと試行錯誤。
気まぐれに、この島で最上級の宿に赴いてみたが、ほんの僅にさえ穴を埋めてはくれない。
カヤも分かっている。
こんなことではいつか、早々に身を滅ぼしてしまう。
それに、自分のワガママで回りに迷惑を掛けているのも自覚しているし、悪いとも思っている。
だけど、それでも、渇望が潤わないのだ。
渇きが押し寄せ、何もかもを置き去りにする。
カヤの足が止まることはない。廊下を真っ直ぐ進み、突き当りを右に曲がった。
―――!?
カヤはこの時、確かに予感を感じた。
何故だかは分からない。
先程すれ違った、黒髪、黒瞳の青年。
その貌は、それなりに整ってはいるが、とびっきり美しいというわけではない。
だけど、何だろう。何か、人を引き付ける何かがある。
この男には何かがある。
その何かを確かめようと、その男の後ろ姿を見続けた。
男の姿が小さくなっても、見続けた。




