第六十三話 謁見にて、愚行
謁見日、当日。
「さあ、行きましょう」
イグサが後ろを振り返り、和也達に言った。
和也達は、鬼人を模した像が左右に設置された巨大な門をくぐり、広大な敷地を真っ直ぐに歩き、そこへ辿り着いた。
和風建築の巨大な建物。
二層になった大屋根の天辺には、鬼の角を模した飾りが付けられている。
二人の鬼人族が大扉を守護している。
大扉の守護者達は、イグサの姿を確認した後、両腕を使って大扉を押し始めた。
大扉は軋みながらゆっくりと開いていく。
イグサを先頭に、一歩一歩、地を踏みしめて進む。
和也は教えられた通り、軽く頭を下げ、両手の拳を胸の前で突き合わせた状態で進んだ。
前を歩くイグサが止まった。それに合わせて和也達も止まる。
「我らが大王様、イグサ・ハーロン、罷り越しました」
イグサが畏まって告げた。
そして、大王が口を開いた。
それは、地の底から響くような低い声で、その声だけで他者を支配できるかもしれないと思わせる声だった。
「イグサよお、おめえもしつこい奴じゃのお。おめえの爺様には世話になったけえ、その義理で話だけは聞いてやったがよう、流石にこれが最後じゃ。後腐れなく、思いの丈をぶちまけれえ」
話には聞いていたが、豪快で豪放磊落な性格。
それなりに話が通じる相手かも知れない、と和也は思った。
和也は視線を上げ、大王を見た。
年齢は五十代そこそこ。深紅の髪をボサボサに伸ばしている。
額から生えたツノは、今まで見かけた鬼人族の誰よりも太い。
黒色の羽織を纏い、その羽織に花弁の家紋。
驚くべきは、その体格。
目測で二メートル以上。岩のような体に、硬質の筋肉。
纏うプレッシャーは異次元。
和也達が立つ地面より三段高い位置で鋼鉄の玉座に座るその人物は、まさに鬼を体現している。
それが、この国の大王、ゴギョウ・ガオエンという男。
「はっ! まずは紹介致します。こちらの方々は、かのセラフから薫陶を受けた者達であります」
イグサが和也達を順番に紹介する。
和也達は両手の拳を胸の前で突き合わせ、大王に敬意を示した。
ゴギョウはじっと三人を見据えたあと、左の眉を吊り上げて言った。
「カハハハッ、セラフとは随分懐かしい響きじゃのう。この若造共が、セラフの使者じゃ言うんか?」
広大な謁見の間にゴギョウの低い声が響いた。
猛獣が唸るようなその声に身体が強張るが、和也は自分に気合を入れて声を発した。
「大王様! まずは御目通り頂き感謝を申し上げます。私は、先程紹介を受けました、和也と申します。そして、一つ訂正を。我々はセラフ―――、ゼピロス様を師事していますが、使者ではありません。本日はマカリステラの意向を伝える為、それから、我々の考えを進言するべく、伺いに参りました」
ゴギョウは、和也を品定めするように玉座から見下ろす。
数秒間そうした後、ようやく口を開いた。
「小僧。今、誰を師事していると言った?」
和也は少し怪訝な顔をしながらも、もう一度その名を言う。
「ゼピロス様、と申しました」
「…………それは、誰だ?」
―――なに?
大王の言うセラフとは、ゼピロス様ではないというのか―――。
焦る気持ちを抑え、必死に頭を巡らして立て直しにかかる。
「ゼピロス様は、神聖都市カルデラドで盟主を務める、当代セラフです。それでは……大王様の言うセラフとは、ネフェリオ……様のことで御座いますか?」
「おお、そうじゃ。懐かしいのう。大昔、ネフェリオ様には世話になってのう。じゃけど、その頃には故郷を離れた言うて、セラフは引退した言うとったわ。それでも、しっくりくるけえ、儂はセラフと呼んどった」
和也の頭に疑問が膨れ上がった。
何故だ。何故、ネフェリオなのだ。
何故、ネフェリオは自分でこの大王を説得しない。
この大王の口ぶりから、すでに説得が試されたとは思えない。
奴め、一体何を考えている。
左隣を見ると、優斗とライサンも戸惑いの顔を浮かべている。
「そんで、言いたいことを言うてみい。儂はまどろっこしいのは好かんけえ、率直にな」
ネフェリオの名が出てから、心なしか大王の機嫌が良くなった気がする。
誤算だが、これは好機。
「はい。では、率直に申します。マカリステラへの軍の派遣、これを見送ることは出来ませんか? マカリステラ首脳部は、アネモス香を製作、流出することに反感を頂いております。ヴィクシャルン帝国の言う事を聞かされているだけなのです。ですから今、マカリステラ首脳部は解決の糸口を見つけようと、必死に頭を悩ましております。必ず、何らかの解決策を見つけ出して見せます。ですから、しばしの猶予を」
現状、最も大きな問題。
それは時間だ。
ヴィクシャルン帝国と交渉するにしても、流出ルートを断ち切るにしても、とにかく時間が無いのだ。
まずは時間を稼ぐことが第一優先。和也はそう考えた。
「なんじゃい。なんか策でもあるんかと思うとったが、それじゃあ話にならんのう。悪いが、それは聞けん。それだけは聞けんのじゃ。例えセラフの言う事だったとしてものう」
ゴギョウの否定を聞き、イグサが懇願するように叫んだ。
「しかし! それでは、マカリステラが!」
「分かっとる。マカリステラの無辜の民が犠牲になるっちゅうんじゃろ? だがな、もう事態は、他国の民を気遣っとる場合じゃなかろう。このまま行けば、時期にこの国は、国としての体裁を保てなくなる。それはお前が一番良く分かっとるんじゃないんか? イグサ」
「そ、それは……」
イグサが悔しそうに奥歯を噛みしめて俯いた。
そんなイグサを横目に、今度はライサンが声を上げた。
「ですが、大王! 諸悪の根源はヴィクシャルン帝国です! かの国を何とかしなければ!」
「それも分かっとる、獣人の若人。マカリステラの次は、ヴィクシャルンじゃ。ヴィクシャルンは徹底的に潰したるわ」
ライサンは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
マカリステラから意識を逸らす為の発言だったが、寧ろ、大王の意志の固さを思い知らされる結果となってしまった。
ライサンに続き、今度は優斗が意を決して大王に言う。
「帝国を相手にするとなると、とても大きな戦となります! 例え勝ったとしても、この国も大きな犠牲を払うことになりますよ! まずは、対話の為に使者を送るべきです!」
優斗の発言を聞いて、大王は笑った。大声で、愉快そうに。
その後、スッと真顔に戻り、玉座から身を乗り出して言う。
「じゃあ、訊くがよお。自分の家の敷地をよお、滅茶苦茶にしてくれる輩とよお、めえはよお、話し合いをするっちゅうんか? おお? 売られた喧嘩はよお、きっちり返さねえと、先祖代々に顔向けできんだろうがよお!」
次第に大王の言葉に熱が籠り、最後は爆発した。
大王の怒声で、大気がビリビリと震える。
大王の意志は固い。このままでは、確実にマカリステラは戦火に包まれる。
マカリステラで湧き上がった嫌なイメージを思い出す。
あれを現実にさせる訳にはいかない。大王の言う理屈も分かる。それでも。
和也は、長く息を吐いた。
そして、覚悟を決める。
分かっている。自分でも愚かだと思う。
だけど、このまま引き下がっても同じこと。
和也は、優斗、ライサン、イグサを順に見て、一言呟いた。
「ごめん」
「今、何か言ったか? 小僧」
「大王様は話し合いではなく、武力で解決しようと言うんですね?」
「そうじゃ」
「それでは、俺が武力を使って貴方を止めることも、認めてくださいますか?」
「なに?」
その瞬間、和也は眩い碧の輝きに包まれた。
神意、アスクレピオスの奥義、アスクレピオスの新星を発動。
約束の輝きが、謁見の間を照らす。
和也を除く、ここに居る全員が言葉を失う。
突然の事態に身体が固まるが、それと同時に、新星の輝きに魅入られた。
「カッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
大王は豪快に笑う。
玉座から立ち上がり、玉座の裏に隠されていた、ある物を肩に担ぎ上げた。
大王の身の丈に迫る、巨大な金棒。
黒鉄の表面に禍々しい棘。
まるで、殺意を塗り固めて作成されたかのようなソレは、御伽噺に出てくる鬼の金棒。
大王は、その鬼の金棒を地面に振り下ろした。
衝撃で床が抉れ、地が揺れる。軽く振り下ろしただけでその威力。
「小僧。おもろいやないかい。吐いた唾は飲み込めんぞ。―――やってみいや!」
和也は、腰を落とし構えを取る。腰に剣は無い。ここに来る道中没収された。
元より、相手の命を絶つつもりはない。素手で相手を制圧する。
この力なら、可能な筈だ。
和也は、途轍もないプレッシャーを放つ大王に狙いを定めた。
更に腰を落とし、脚に魔力を溜める。そして―――
「急報! 急報!」
突然、鬼人族の男が大声を上げながら謁見の間に踏み込んできた。
その男の慌てようと必死の形相に、和也と大王は闘志を引っ込めた。
大王が男に問う。
「何事だ?」
男は荒い息を整えて、大王に敬意を示した。
その後、再び声を張り上げた。
「クラーケンです! 海棲族からの緊急要請であります!」
「なんじゃと!?」
大王がその報告に驚きの声を上げる。
そして少し思案した後、和也を見て、ニヤッと笑った。




