(13) 最終回 大切なMemories
文は、パソコンの画面に映る、きれいな河畔や水鳥の様子を楽しみながら、ハテナに返信のメールを送りました。
『水鳥の事、ワッチさんから教わったの?』
ワッチというのは、フランネ政府からハテナの元に派遣された、国立科学技術研究所の職員のことです。
ハテナはうしろを向いて、土手の上からこちらを見ている、白シャツにネクタイ姿のワッチの姿を、文に見せました。すらっと背の高い、ブロンドの巻き毛の、穏やかそうな若者です。
ワッチが、ちょっと手を振ると、ハテナも軽く手を振りました。
『今、私に手を振ったのかしら。』
文が、メールでハテナに聞きました。
『そうかもしれない。』
二人がこっそりメールを交わしている事は、外見上、ワッチには分からないのです。でも、そういうことができる、という事は、ワッチにも分かっていました。
文は、映像が、再び川面の水鳥に戻ったところで、ハテナに話しました。
『私、髪を切ったの。今、すごく短いよ。』
『そうなの。見たいな。』
ハテナからの返事は、まるで本物の会話くらい、早く届きます。だから、文も頑張って、なるべく早く、キーボードを打つようにしています。
『今から、写メで撮った写真、送るね。』
しばらくすると、ハテナの受信箱に、文の画像が届きました。ロングのひっつめ髪が、思い切ったショートヘアになっていました。ちょっとおどけて、肩をすくめながら、微笑んでいる様子です。
『とても可愛いね。似合っているよ。』
『ありがとう。学校に行ったら、みんな、最初誰だか分らなかったって。』
『うん、分からない。』
文はくすくす笑いました。
『僕も、髪を短くしたいな。』
ハテナが言いました。
『ハテナこそ、似合うと思うよ。本当の星の王子さまみたいになる……。』
文は、赤毛の癖っ毛を、短く切ったハテナの顔を想像して、一人うなずきました。
そして、
『ハテナに会いたいな。』
と、言いました。
『僕も、文に会いたい。』
二人は、すこし黙って、川面を泳ぎ回る水鳥達を見つめました。
その時、ハテナの視界に、赤い小さな警告が表示されました。軍事作戦の、指令に使う、暗号化された電文が、届いた事を知らせる合図でした。
ハテナは、文に、『メッセージが届いたから、ちょっと待っていて。』と言いおいてから、その電文を解読しました。
『アナタハミライナノ?』
電文には、そう書かれてあるだけでした。ミライというのは、ハテナの前身であるヒューマノイド、UM-02に、開発者のサトーと、その恋人ジャムが付けた、ニックネームでした。
ハテナは、いくつかのサーバーや衛星回線をさかのぼって、発信元が、ドリアン海のウレタ島である事を割り出しました。そこで、発信元のコンピューターに、こんなメッセージを返信しました。
『あなたはジャムですか?僕はハテナといいます。僕の中に、ミライの記憶はありません。でも、あなたとサトーの事は、父から聞いて知っています。あなたが僕に送った命令のうち、一つは、僕の大切な人を、傷つけるものでした。だから、僕は、従わないで良かったなと思います。もう一つは、多くの人を、助ける内容でした。だから、僕はあなたに感謝しています。ありがとうございました。あなたと話せて、嬉しいです。』
このメッセージに対する返事は、おそらくないでしょう。
そして、このやり取りは、ハテナのメモリーの奥深くにしまわれて、誰にも探し出すことができなくなるでしょう。
そこで、このお話を読んでいるあなたに、お願いがあります。
ハテナが自分から打ち明けようとするまでは、この事を誰にも、話さないで欲しいのです。
これは、ハテナにとって、とても大切な記憶だからです。
このお話を、初めから最後まで読んでくれたあなたになら、きっとできると思います。
完