美少年はヤンキー
唐西先生の言っていたことが本当になった。
ようやくわたしに生徒が一人増えたのだ。
名前は藤嶋 侑紀さん。唐西先生を指名していたそうだが、満員のため、生徒不足に悩むわたしに回されてしまったらしい。彼女は高校三年生。ピチピチのJKだ。しかもとても可愛らしい顔立ちをしている。
火曜日が侑紀ちゃんとの初めてのレッスンだった。侑紀ちゃんはピアノに触れるのは初めてではなく、遊びで弾いていたことがあると言っていた。侑紀ちゃんはバイエルに載っているはじめの楽譜を予習済みだった。態度にピアノが弾けるようになりたいという意欲が見受けられて、嬉しかった。楽譜と鍵盤を交互に見るときの必死な顔がとても愛らしい。本当は唐西先生から習いたかっただろうに、彼女はそのことにはまったく触れなかった。
初々しくて、キラキラしてて、まぶしい......!こんな子がわたしの生徒になってくれるなんて嬉しい!というのが彼女との初レッスンの感想だ。
◯
侑紀ちゃんとのレッスン後の翌日。
時計は午後五時半を指している。
わたしは自分の置かれたこの状況を少し理解できないでいた。
「この教室に入門されたいということで......。じゃあ、あなたの名前を聞いてもいいかな?」
「......吾妻仁伎」
目の前にいるのはサラサラ金髪の外国産美少年なのに、名前は和風だった。それならハーフ?
「言っとくけど、オレはピアノを習いにここに来たわけじゃねぇんだよ」
ここは瀧田音楽教室のわたしのレッスンルームである。
ピアノを前にしておきながらそんなことを言う美少年。わたしは彼の蒼い両目に、ガンつけられている。
ピアノを習いにピアノ教室に来ているのじゃなかったら、一体何をしに......?
あ、吉成さんみたいに会話を楽しみに?
「じゃあ、先生とおしゃべりしに来たとか?」
「......っ、ちっげぇよ!」
彼はそう声を荒げ、頬を紅潮させている。
ーー吉成さんとのレッスンを終え、退社するところだったのに、なんということか。
ヘンなのに捕まってしまった。
「ここに入門希望だ。センセーはアンタ指名で」と教室の廊下で宣言され、今に至る。
目の前の美少年は顔立ちや背丈からして中学生くらいに見えるが、制服らしきワイシャツの胸元をはだけさせ気だるく着こなし、ドラゴンの刺繍の入ったイカついスカジャンを羽織っている。ブロンドの髪は顎まで長い。
ヤンキーだ。
こわいから、下手に出ておこう。
「よければピアノのお試しレッスンを始めたいのですが......」
「いやだね」
即答された。
「じゃあ、一体何をしにここにいらっしゃったのですか......?」
一向に話が進まない。泣きたい。
「......。」
美少年はわたしの問いに答えず、無言でガンを飛ばしてくる。
けれど彼もどことなく戸惑った様子でーー。
「......永枝!そこにいるんだろ?今すぐ入ってこい!」
この美少年の応対に困り果てていると、彼がいきなりドアの外に向かってそう叫んだ。
ーーしかし、誰も入ってこない。......言いにくいことだが。
「防音がしっかりしてるから聞こえないのかも......」
「......。チッ......」
立ち上がり乱暴にドアを開けるニキくん。
「永枝!」
「仁伎、話はあらかた済ませたかい?」
「おまえが説明しろ」
美少年の誘導でわたしのレッスンルームに入ってきたのは、一見したら忘れられないようなとても個性的な風貌の男性だった。
身長は190cm程あるかというほど高いが、細身でスラッとしている。着物を着こなし、中折れ帽を小粋に被っている。特徴的な糸目で、塩顔。大人っぽく三十代くらいに見える。黒髪を後ろでひとつに結っている。
わたしを見て笑むと、ニヤリと唇と糸目が弧を描く。
「初めまして、並木十和子先生。私、江戸川永枝と申します。恐らく仁伎が失礼を致したでしょう?お詫びいたします」
「い、いや......」
「......そういうのいいから本題に入れよ」
ーーこの状況はどういうことだ。さっきから展開についていけていない。なぜわたしの名前を知ってるの?この人は美少年の何?本題とは何ぞや?
頭にハテナマークを浮かべていると、着物の彼は奇妙なほど笑みを崩さないまま、言葉を紡いだ。
「並木先生。我々は、藤嶋侑紀のことで、あなたとお話がしたいのです。そして可能ならば、我々にご協力をいただきたいと」