デート尾行作戦
好きな人が別の女性と一緒にいるのを、モヤモヤしながら見ていたわたしはもういない。
もう彼を好きじゃなくなったから?
失恋したことを認めたから?
なぜなのか、自分でもよく分からない。
「それは、他に気になる人ができたからじゃない?」
自称恋愛マスターの吉成おばあちゃんに相談したら、そんな答えが返ってきた。
◯
昼前に、わたしのスマホに自称天使から電話が来た。番号を教えてもいないのに電話が来た事実に恐怖を感じながらも出たら、「藤嶋侑紀と唐西常人のデートの情報をキャッチした。尾行するから、変装して今日正午に⚪︎×駅に来い」と有無を言わさず告げられた。
そして、いまわたしたちは内装の素敵な洋食屋さんにいる。木造建てで、テーブルなども木でできたものに限定されている。緑が多く、植物があちらこちらにディスプレイされていて、わたしはテーブルの上にちょこんと置かれたミニサボテンが気に入った。小さなピンク色の花をひとつだけ咲かせていて可愛い。長椅子にセットされているクッションもふかふかだ。
いい雰囲気の店だなあ。
「......先生、何で変装してこなかったの」
「す、すいません、変装できるくらいバリエ豊富に服を持ってなくて......」
いきなり休日に呼び出されて時間通り来たのに何で謝ってるんだろう。今日も予定のない暇人だから良かったものの。
「先生はいつも通りなのに、オレばっかりこんな格好して、何つーか......」
仁伎くんはいつものスカジャンにダメージスキニーのヤンキースタイルを捨てている。上はワイシャツの胸元をややはだけさせ着こなし、下はスラックスをはいて小綺麗な紳士スタイルだ(中二だけど)。涼やかな目元にはフレームの無い伊達眼鏡。今日の仁伎くんは頑張って大人っぽい格好をしたマセてる男の子感満載だ(それでも美少年は絵になるが)。
「何つーか......こんなちぐはぐじゃカップルに見えねーだろ」
......ん?
どんな格好をしたとしてもカップルには絶対見えないだろうし、今も周りの人から関係性を不思議がられている気がする。片方ガイジンぽいから姉弟にも見えないだろうし。
「......カップルに見せる必要はないのでは?」
そう言うといつものヤンキー睨みを浴びせられた。
口答えしてゴメンナサイ!
小洒落た観葉植物の向こうにあるテーブルに、唐西先生と侑紀ちゃんはいた。料理をつつきながら楽しそうに話している。今のところ、彼らにバレてはいないが。
「どうして尾行なんてしてるんですか?わたしたち」
「もちろん、キューピッドとしてデートが上手くいってるか見守るためだ」
「じゃあいつも一緒の永枝さんも誘えばよかったのに」
「......あいつはタッパがあって目立つから、ダメ」
それを言うなら仁伎くんも十分目立っているのだが。さっき注文を取りに来た女性店員さんも、近くの席の女の子たちも、チラチラと美少年に視線を送っている。仁伎くんはその視線はまったく気にならないようで、唐西先生と侑紀ちゃんに注意を払っているが。
わたしは、仲睦まじい二人を見ても心がモヤモヤしなくなった。
むしろ、幸せそうにしている二人を見ていると、どうしてかこの幸せが壊れないでほしいと思うようになっていた。
唐西先生はもともと大好きな人だし、侑紀ちゃんともレッスンを重ねるにつれてだんだん仲良しになれてきたからかもしれない。
ーーそれにしても、自分でも立ち直りが早すぎると思うが。
「......お二人の付き合いって、どれくらい長いんでしょうか」
「侑紀がまだ幼稚園のときに常人と出会って、中学二年のときに引越すまで近所同士付き合いがあったらしい。お互いの家で遊んだり、常人が弾くピアノをそばで聴くのが好きだったって。四つ年の差があるから、兄みたいに常人が侑紀の世話を焼いてやってたんじゃねーかな」
「そうなんですか......」
ご近所の遊び仲間のような、幼馴染のような、そして兄と妹のような関係かーー。
しかし、この情報の源は何なんだろう。天上で神様は人間の生活のすべてを見てるってことだったら、ちょっと怖いけど素敵かも。
そんなことを話していると、注文していたマルゲリータピザとオムライスがテーブルに乗った。
仁伎くんはピザをスライサーでカットしている。
「熱いうちに早く食えよ」
と言ってくれたので、スプーンを手に取ってオムライスを遠慮なく頬張ると、幸せの味が口いっぱいに広がった。
「おいしい!」
「そうだろ。実は、偶然なんだけどこの店のシェフはオレらの仲間なんだ」
「もしかして、つまり天使だと?」
「そう。地上で羽を隠し人間に紛れて生活してるのは意外とたくさんいるってこと」
「ふうん」
それにしても卵はふわふわだし、チキンライスは絶品だし、天使様ってば天才!
「常人と侑紀は、食べ終わったみたいだな」
独り言のようにそう言うと、通りかかった男性店員を呼び止めた。
「あそこのテーブルに『アレ』を出してやって」
「承知しました」
彼も天使のお仲間なのだろうか。仁伎くんにスマートにウインクを飛ばしてから(ものすごく自然だった)調理場のほうに消えていった。
「いま何を頼んだんですか?」
「常人と侑紀の、キラキラした思い出のなかにあるもの」
具体的に教えてはくれないようだ。
数分後、唐西先生たちのテーブルに先程の店員が何か飲みものを運んでいくのを見つけた。
そしてトレイに乗ったそのマグカップの中身を見た途端、二人の顔が綻んだ。
「マシュマロ入りココア」
「今のが?」
「そう。幼い頃、常人の家に侑紀が来たときによく作ってやってた、二人の特別な思い出の品」
店員から何か話を聞いた二人はとても嬉しそうで、話が弾んでいる。
二人だけの幸せな思い出の欠片が、いま蘇ったのだ。
「......仁伎くんの仕事は、人を幸せにすることなんですね」
「まあ、そういう感じだな」
「仁伎くん、わたしよりうんと若いのに.......。何だか尊敬してしまいます」
「......。」
思わずそう言うと、仁伎くんの顔が耳まで赤く染まる。照れているのが分かる。男の子って感じだなあ。
◯
唐西先生と侑紀ちゃんは洋食屋を出たあと、地下鉄に乗った。わたしたちも後に続いて乗り込み、バレないよう隣の車両から二人を見守っていた。しばらくすると二人が下車した。二人が降りた駅は押上駅だった。
ここまで来れば誰もが二人がデートでどこへ向かっているのか分かるだろう。
東京スカイツリーだ。
◯
二人はまず、隣接するショッピングモールでショッピングを楽しんでいる。
わたしたちも二人の後を続き、レディースの洋服店に潜入する。この店の、女の子らしいファンシーなテイストは侑紀ちゃんの好みなのだろうか、彼女は店内に並ぶ洋服に夢中なようだ。普段は高校生らしいカジュアルな私服を着ているが、本当は可愛らしい服に憧れがあるのかもしれない。
そして何故か仁伎くんも、侑紀ちゃんに負けないくらい商品を熱心に眺めていた。ーーもしかして、マセているからもうカノジョくらい居て、彼女に着せたい服でも探しているのだろうか?
すると仁伎くんは清楚な白のレースワンピースを手に取った。そして、何故かわたしの身体に合わせる。
「これ、いいかもな」
脳内でわたしをカノジョに見立てているのかもしれない。
「カノジョさんはわたしと同じような体型なんですか?」
「は? カノジョ ?誰の?」
「もちろん仁伎くんの」
「っちげーよ! オレにカノジョなんていねーし......!」
じゃあどういうこと?
「こ、これは......。せ、せせせ、センセーに、似合うかなって......」
「......わたし? このワンピースが!? 無理無理、こんなの若くてキレーな子じゃないと似合わないよ!」
吃驚したあ。そんなことを言われるとはーー。
でも、このワンピースはわたしのような三十路手前の地味女が着たら逆に辱めだ。
仁伎くんにワンピースを押し返すと、仁伎くんの顔が何故か真っ赤になった。そして何か言いたげに口をパクパクさせている。
「ど、どうしたの?」
「......。」
数秒経った後、何か意を決したのか、言葉を紡いだ。
「......センセーは、確かにオレより年上だけど......、綺麗だから、きっと似合うよ......」
ーーわたしは、いまこの子に何を言われた?
「だからいいだろ!だって変装したほうがいいじゃん?それに......」
は、恥ずかしいーー!嬉しいけど、恥ずかしいーー!こんな若い子に慰め励まされてしまった!わたしの卑屈な精神を見透かされた気がする。
「今これ買ってくるから、着てみろ!」
そう言い捨てると、制止するタイミングも与えずにレジの方へ消えてしまった。
◯
今、わたしたちは東京スカイツリーの展望デッキにいる。エレベーターで地上450メートルの高さまでやって来た。
それにしても、ワンピースなんて普段着ないから落ち着かないーー!シンプルで地味な服しか選ばないのに、こんな女の子の王道みたいな膝丈レースワンピースをわたしが着るなんて!
仁伎くんに普段ひとつ結びにしている髪も「ほどけば?」と提案されたのでその通りにし、別の店で買ったつば広の帽子をかぶったらパッと見ただけではわたしだと分からないほど変装できたと思う。
唐西先生と侑紀ちゃんは、都内一の高さから眺める絶景を楽しんでいる。わたしも窓ガラスに寄って眺望する。
今日は晴天で良かった。眺めは壮大で素晴らしい。ミニチュアのビルが遠く地平線まで無数に敷き詰められていて、東京は日本一複雑な街だと分かる。
唐西先生と侑紀ちゃんは、スマホのカメラで自撮りをしようと試みていた。この絶景をバックに写真を撮りたいと思うのは当然だし、何より二人の初デートの記念になるに違いない。
わたしもキューピッドの補佐として仕事がしたい。
わたしは自分の顔を帽子のつばで自然なようになるべく隠し、二人に近づいてゆく。
緊張しながら声をかけた。
「よかったら、写真を撮りましょうか?」
「撮っていただけるんですか? ありがとうございます!」
唐西先生が振り向いて、笑顔でそっとスマホを渡してきた。
二人がスカイツリーからの眺望を背景にしていそいそと並ぶ。ピースしていない方の手で、侑紀ちゃんが唐西先生の手を繋ぐのを見た。それもフレームに入れる。
「じゃあ、撮りますよ〜」
シャッターを切った。なかなか上手く撮れたんじゃないか?
「ありがとうございます!」
「いえいえ。お幸せに」
写真を見て二人で笑い合っているのを傍目で確認した。わたしも嬉しいし、感謝されるってやっぱり気分がいい。
自己満足に浸っていると、
「先生だってバレなかっただろ?」
仁伎くんがいた。ずっと見ていたらしい。
「はい、こんなに変身しましたからね!」
「じゃあ、先生、ここに立って」
突然、腕を引っぱられ窓際に連れていかれる。
「帽子は無いほうがいいな」
ひょいと帽子を取り上げられた。
「な、何するんですか?」
「何って、変身した先生の写真撮るの」
そう言って、自分のスマホをわたしに向かって構える仁伎くん。
え!!
「わたし一人の写真なんかいらないですよ!」
「いいじゃん、写真くらい別に。撮らせろ」
「じゃ、じゃあ......! 一緒に撮りましょう!」
仁伎くんの腕を取って引き寄せ、隣に立たせる(軽いから簡単だった)。自分のスマホカメラを自撮りモードにした。
二人がきちんとフレームに入るように、顔を近づける。
「ち、近っ......!」
「はい、撮りますよ〜」
手ブレに気をつけてシャッターを切る。
二人で写真を確認すると、笑顔のわたしと明らかに戸惑った表情でこちらを見つめる金髪美少年が写っていた。
「あはは、仁伎くん困ってる」
「べ、別に困ってねーし......」
「仁伎くんのこの顔可愛いですね」
「男に可愛いとか言うな!」
仁伎くんは顔を赤くして怒っている。
ーーそういうところが可愛いのに。
「ごめんなさい、変なこと言って」
「謝りながら何でニヤニヤしてんだよ......」
そういえば自分の生徒と一緒に写真なんて撮ったことなかったけど、将来見返して、その子のことを思い出したりすることができるからいいかもしれない。
「......それ、あとで送って」
「え、でも連絡先知らないので......」
「じゃあいまライン交換しよ。ちょっと待って」
「で、でも......」
その子の親とか親戚でもないのに、三十路手前の女が個人的に中学生の男の子の連絡先を知ってるってのは、何ていうか、ちょっとーー。
「え......、いやなの?」
「そ、そういうわけではないのですが......」
「じゃあ『でも』とか言うな」
その日、初めて中学生の男の子の連絡先がわたしのスマホに登録された。




