8.イヴの能力
「アッ、ああアルバート王太子殿下……⁉」
焦りを湛えた声に振り向くと、村長のジーグが汗を飛ばしながら駆け寄って来る。この村で最もふくよかな男で、白髪混じりのひげが荒い呼吸で揺れていた。アルクスは肩をすくめつつ、人形のままの腕を見せる。
「私だよ」
「ア、アルクス王……なのですか? どう見てもアルバート王太子殿下ですが……」
「間違いなくアルクス王だ」
確信をはらんだ声で言うホープに、ジーグはひたいの汗を拭いながら首を傾げる。
「お前たちにはわかるのか?」
「ええ。アタシたちは魔力回路が繋がっているから」
「随分とお変わりになられましたな……」
先ほどまでのアルクスの顔は、頭髪すらない人形だった。現在は目立つ浅葱色の髪と、アルバート王太子に似た顔を持っている。その差異は他の民も困惑させることだろう。いずれ慣れるだろうが、ジーグ同様、初めは慌てふためくかもしれない。そうであっても、アルクスにとっては何も問題はなかった。自分が傀儡王であることに間違いはないからだ。
「何か用か?」
「あ、いえ……我らが王にご挨拶を、と思いまして」
ジーグはひたいに汗を浮かべたまま、アルクスに辞儀をする。その辞儀は身分の高い者の真似をしたようだが、アルクスから見て不格好であった。しかし、頭を下げるその気概は賞賛に値する。
「ほう、感心だ。人間はみな、無礼だと思っていた」
魔王だった頃、人間はすべからく無礼であった。人間にとって、魔王は討伐対象だったためである。そんな人間たちが辿った末路はみな、同じ。勇者を名乗る若者たちを除いては。
「畑の調子はどうだ?」
「一晩で水は行き渡りました。まだ時間はかかりますが、遠くなく復活するでしょう」
ルーメンの畑は広い。もともと農村として成り立ってきた村で、ソル・フォルマ王国が侵略を始めるより以前は村の外に作物を卸していたらしい。それが、自分たちの食事を確保することも難しくなりつつあった。アルクスとしては世界王を支持することはできないが、ダフニス王の政策が民にとって損失となっていたことは確かだ。
「それにしても、ホープがこんな能力を持っているとは……」
ジーグはひたいの汗を拭きながら、つくづくとホープを見遣る。ホープのことは子どもの頃から見てきたが、昨日までこの能力のことは知らなかったのだ。それも当然のことだとアルクスは考えている。
「この者たちは魔法が使えると言っても、王都の子どもより弱い力でしたから……」
「訓練しなかったから、魔力回路が開放されていなかったのだよ」
「ウォーカーは王都の研究室に所属していたことがあるけど……」
不思議そうに言うハンターに、ウォーカーは軽く肩をすくめる。
「アタシは研究をしていただけで、魔法の訓練はしていないわ」
「なんの研究をしていたんだ?」
その問いかけにウォーカーが悲しげに目を伏せるので、アルクスは首を傾げて先を促した。
「この村には、昔から存在する病があるの。その治療法を研究していたのよ」
「ほう。その病というのは?」
「命に係わるような病気ではないけれど、体に斑点が現れて、次第に手足が動かなくなっていくの。最後は、寝たきりね」
「国の医療班が来てくれていた頃に検査が行われましたが」と、イヴ。「原因はわかりませんでした」
「なるほどな」
そうしているうちにソル・フォルマ王国は小国への侵攻を始め、国の支援は届かなくなったのだろう。国の支援がなくては、この小さな村に病を解明するだけの技術はない。この村を救う方法はなかっただろう。
「それなら、イヴ。お前の出番だ」
不敵に微笑んで見せるアルクスに、イヴはきょとんと首を傾げる。アルクスはすでに、イヴの能力に確信を持っていた。
「お前の能力は『治癒』だ。いまでも風邪くらいなら治せるはずだぞ」
「はい……それは自覚していました。私が看病に行くと、翌日には治っていましたから。ですが、肝心の病は治せませんでした」
イヴの表情には、悔しさと罪悪感の色が浮かんでいる。風邪を治せても、民を苦しめる病から村を解放することができなかった。何もできずに看取るしかなかった民もいることだろう。それに対する自責の念を懐いているのだ。だが、いまのままではイヴは充分な力を発揮しない。




