7.美少年化
ルーメンでの二日目も気持ちの良い快晴だった。アルクスとラプトールが村へ出ると、すでに民は活発に動き回っている。大人も子どもも、畑の手入れに懸命に勤しんでいた。
ふたりの姿を認めた民が挨拶して来るのに応えながら、アルクスは畑を覗き込む。昨日とは打って変わって、畑は充分に潤っていた。泉の復活は確かなものとなり、豊かで清潔な水が畑を満たしていた。
「この調子なら」ラプトールが言う。「畑はすぐに再生しそうですね」
「そうだな。これで民が飢えることはないだろう」
昨日の農夫は、自分たちが食べる分は賄えている、と言っていた。それでも子どもたちの手足は痩せ細り、食糧が充分に足りているとは思えなかった。農村であるルーメンの民が飢えていたところを見ると、近辺の村でも同じように飢餓が発生していることだろう。ソル・フォルマ王国の抗争は末端の村にも影響を及ぼしている。世界王が放置できなくなった理由はよくわかった。
「王様、ラプトールさん。ごきげんよう」
かけられた声に振り向くと、ウォーカーが歩み寄って来るところだった。ウォーカーは背の高い男性だが、歩き方や所作はしなやかなものだ。
「やあ、ウォーカー。畑の調子はどうだ?」
「ご覧の通り、順調よ。畑に水が行き届くようになって、きっとすぐ復活するわ」
「そうか。それは何よりだ」
民の表情は明るい。昨日の生気を失ったような顔色はなくなり、生き生きとした表情で畑の手入れをしていた。これこそまさに、生きる希望であった。この村はこの村の民によって復活する。再建は理想的に進みそうだ。
「……ねえ、王様。失礼を承知で申し上げてもいいかしら」
ウォーカーが恐る恐るといった様子で言う。失礼に値するかどうかは話を聞いてみなければわからない。アルクスは首を傾げた。
「ん? 申してみよ」
「王様は見た目が完全に人形だから、少し怖がっている民がいるの」
「ああ。まあ不気味だろうな」
傀儡スクリプトールの顔には目と口があるが、人間の風貌とは随分とかけ離れている。明るいうちはいいだろうが、夜の森で出会いでもすれば気の弱い民は悲鳴を上げることだろう。頭髪があればまだマシだったかもしれない。民が用意した衣類の中に帽子が入っていたのは、そういうことなのだろう。
「それで……余計なお世話かもしれないと思ったんだけど、これを用意したわ」
そう言ってウォーカーが差し出したのは、目と口を閉ざした人間の顔に見える仮面だった。人間にしては血色が悪く、生気のまったく感じられない顔だ。
「これは?」
「村の技工士と一緒に作ったの。魔力を注ぐことでその人に合う外見になる仮面よ」
「ほう。となると、スクリプトールがどんな外見だったかがわかるわけか」
ウォーカーに礼を言いつつ、アルクスは自分の顔に仮面を嵌める。魔力を注いだ瞬間、ぱちりと目が開いた。それと同時に、まぶたにかかる頭髪を感じる。肩の辺りを掬うと、浅葱色の髪が揺れていた。
「なるほど」と、ウォーカー。「アルバート王太子に似てるわ」
アルバート王太子はソル・フォルマ王国の第一王子で、スクリプトールが兄と慕っていた男だ。水路を覗き込み、自分の顔を映す。アルバート王太子を少しだけ幼くしたような顔付きだ。アルバート王太子の弟だと言われても違和感のない風貌をしていた。
「王子に似せて、兄弟として扱っていたのだな」
「髪色には王様の魔力が反映されているのね。綺麗な浅葱色だわ」
前髪は少し長く感じるが、肩の辺りで整った髪はつやのある浅葱色。アルバート王太子の弟にしては不自然な色であると考えると、アルクスの魔力を表した色のようだった。
「おっ、王様⁉」
驚いた声とともに、どたどたと騒がしい足音が聞こえる。興奮した様子で駆け寄って来るのはマークだった。
「そのお顔はどうなさったんですか⁉」
「ウォーカーが用意してくれたのだよ。どうだ、なかなか美少年だろう?」
「はい! 王様じゃなかったら好きになっちゃうところでした!」
アルクスの新しい顔をつくづくと見つめるマークの言葉に、アルクスは肩を落とし、軽く目を伏せる。
「王様では好きになってもらえないのか?」
「あっ、そ、そういう意味では……!」
「まあ、王様」
アルクスの悪戯心に慌てふためくマークの向こうから、イヴの穏やかな声が聞こえた。その後ろにホープとハンターの姿もある。みな、自分の王を見つけて集まって来たのだろう。
「随分とお可愛らしくなられましたね」
「美少年だろう?」
「はい、とても。アルバート王太子殿下に似ていらっしゃいますね」
「妹が怖がっていたからちょうどいい」ホープが言う。「人形面は少し不気味だったからな」
アルクスは髪に触れたあと、自分の手足を見下ろした。顔は人間に近い見た目を手に入れても、指や腕は丸い関節が目立つ人形の体をしている。袖や手袋で覆えば隠せるだろうが、アルクスは隠し事が嫌いだった。
「体もどうにかできるといいのだが……」
「そうね」ウォーカーが頷く。「何か方法がないか探してみるわ」
「頼むよ。私はいずれ、この国の頂点に立つ」
その未来は決して遠くない。アルクスにはそれだけの自信があった。
「王に相応しい体を手に入れなければな」
「美少年がしちゃいけない顔してるぜ、王様」
「さすが元魔王」
ホープは呆れ、ハンターは苦笑いを浮かべている。魔王の頃は意識したことがなかったが、仮面の顔は自然に動いているらしい。小さな農村の技工士が用意した物にしては良い出来のようだ。




