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棘を抜くまで~寝取られ令息と底辺令嬢が、愛を深めていく~  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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6/7

覚悟

 アナベラが連れ出されたあと、客間には静けさが戻った。


 裂けた布の音が、まだ耳に残っている。ユリカは指先で耳朶に触れる。


「……大丈夫か」


 ジュネシスは、ユリカの指をそっと握る。壊れてしまいそうなものに対する、慎重な掌。


「はい。怖くはありました。けれど……後悔はしていません」


 自分でも驚くほど、ユリカの声は落ち着いていた。


 ジュネシスは短く息を吐き、頷く。


「君があの場を一人で受け止めたこと、尊敬する」


 その言葉は、庇護でも慰めでもなかった。

 尊敬、それは対等な者への評価だ。


 その後、ユリカはドーマン伯爵夫人――彼の母に呼ばれた。

 夫人の私室は質素で、必要以上の装飾はない。家を守る者の空間だった。


「……息子は、冷たい男でしょう」


 唐突な問いに、ユリカは一瞬考える。

 確かに、出会った頃は冷たく感じた。

 その後、ジュネシスと触れ合う機会を増やし、彼の人間性が少しずつ理解出来た。


「冷たい、というより……感情を外に出さない方だと思います」


 夫人は、わずかに目を細めた。


「守るべきものが多いほど、人は慎重になる。あの子は幼い頃から、そうやって生きてきました」


 夫人の眼差しは、ジュネシスとよく似ている。 

 言葉はユリカを責めてはいない。ジュネシスの弁護でもない。

 ただの事実だ。


「慎重な生き方というものを、わたしはまだ、分かっていません。でも……わたしは、あの方と並びたい。共に歩んでいきたいと思ってます」


 ユリカは、視線を逸らさずに言った。

 夫人は、静かに頷いた。


「では、あの子が立ち止まった時、引き戻してあげなさい。妻とは、そういう役目です」


 それは許可だったのだろう。

 次代の家を守る女性としての重みを、ユリカは託された。


 深く一礼し、ユリカは夫人の部屋を出る。

 ドアが閉まると夫人は軽く息を吐く。

 そして両手の指を合わせ、呟いた。


「ようやく、繋ぐことができました……」




 屋敷の回廊でジュネシスが待っていた。


「母に、何を言われた?」


「……立ち止まったら、引き戻してあげなさい、と」


 ジュネシスは小さく笑った。


「母らしい」


 そして、珍しく言葉を探すように沈黙する。


「君に守られるつもりはない」


「ええ。でも……並ぶことはできます」


 ユリカが答えると、彼はしばらく彼女を見つめ、やがて頷いた。


「それなら、俺は君を選び続ける」


 その声には、迷いがなかった。


 約束ではない。永遠の保証でもない。それでも、今この瞬間に選ばれたという事実が、ユリカの胸を確かに満たした。



◇◇


 季節は巡っていく。

 ユリカはまもなく育った家を離れる。

 両親や姉妹と一緒に、食事する機会もなくなるのだ。


 ある晩、父の書斎に呼ばれた。


「何か、御用でしょうか?」


「ああ、まあ……」


 父は棚から箱を取る。


「開けてみなさい。結婚祝い、だ」


 箱の中には、模様が刻まれたグラスが二つ、並んでいた。


「お父様、これは……」


 隣国で作られている、かなり高価なものだ。


「お前には、何もしてやれなかったからな」


 照れたように、父は笑う。


「壊れやすいものだから、大切に扱いなさい」


 その一言は、ユリカの胸に響いた。

 大切にしなければ、壊れてしまうのはグラスだけではない。


「はい。お父様。大切に……ずっとずっと大切にします」


 涙ぐむユリカの頭を、父は撫でた。


 ああ……。

 ふと思い出す。

 昔一度だけ、こんな風にしてもらった。

 あれは風邪をひいて、一人ベッドで寝ていた時だった。


 父も、確かに、愛情をかけてくれていたのだ。

 

 ありがとう。


 心の中でつぶやいた。

 だって口に出したら、泣いてしまうから。

次話、完結(予定)

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