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棘を抜くまで~寝取られ令息と底辺令嬢が、愛を深めていく~  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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4/7

過去は置いていくが、残る棘

 ユリカがなかなか寝付けずにいた、同じ夜。

 ジュネシスもまた、静かに邸の中を歩いていた。


 家族の想い出が残っている。

 弟ライルと駆け回り、母に叱られた廊下。

 二人で邸探検をして、入り込んだ書庫には、ドーマン家の家系図があった。


 音を立てないように、書庫の戸を開ける。

 蝋燭の灯りが揺れる。

 湿度のある匂いがした。


 書庫の奥は、高い天井まで積み上げられた書架が見えないほど暗い。外界の時間感覚を曖昧にする。


 ジュネシスは一冊の古い記録書を手に取ったまま、しばらく頁をめくることができずにいた。文字を追えば、自然と思考が別の場所へ引き戻されるからだ。


 過去は、捨てたわけではない。

 ただ、抱え続けるには重すぎるものに、なっていただけだろう。


 かつて信じ、未来を重ねた相手の面影は、今も完全には消えていない。だがそれは、胸を締めつける痛みではなく、静かな痕跡として残っている。


 忘れようとした時期もあった。

 思い出すこと自体を、弱さだと思ったこともある。


 だが、思い出を否定しても、そこに費やした時間まで消えるわけではない。


 ジュネシスは本を閉じ、深く息を吸った。


 過去に縛られないとは、過去を消すことではない。

 そこに戻らないと決めることだ。


 ユリカの姿が、ふと脳裏に浮かぶ。

 彼女は多くを語らず、期待を前面に出すこともしない。ただ、その沈黙の中に、確かな意思があることを、彼は感じ取っていた。


 もし、彼女の前で過去を盾に距離を取るなら、それは誠実とは言えない。

 過去を理由に、何も与えない選択をするのは簡単だ。


 だが。

 彼女を制度の一部として扱うことと、何が違うのか。


 ジュネシスは書架に記録書を戻し、ゆっくりと背を伸ばす。


 過去は、ここに置いていく。


 背負わず、否定せず、ただ参照点として残す。

 その上で、今と向き合う。


 それが、自分なりの誠実さなのだと、ようやく理解できた気がした。

 口元が僅かに緩んでいるのを、まだジュネシスは気付いていない。



 ◇◇


 翌日の夜。

 ユリカはドーマン家の馬車で、自邸に帰った。


「ではまた」


 ジュネシスは相変わらず、そっけないような言い方をした。


「はい」


 顔を上げたユリカは、ジュネシスと視線がぶつかり、思わず赤くなる。

 それはいままでよりも、柔らかい眼差しだった。


 自邸に戻ったユリカは、早速姉と妹に囲まれた。


「ねえねえ、どこまで進んだの?」


 目をキラキラさせて、妹が訊く。


「どこまでって、ジュネシス様の領地まで」


 姉はフンと鼻を鳴らす。


「違うわよ。キスくらいまでいったのかしら?」


 ユリカの顔が真っ赤になり、思いきり手を振る。


「だって二人きりで行ったんでしょう?」


「侍女と護衛も一緒だったわ」


「手は繋いだ?」


「え、ああ、一緒に釣りした時に……」


「「釣り!」」


 だめだこりゃ。

 そんな表情の姉と妹を見て、ユリカは偶然でも抱きしめられたことは言えなかった。



◇◇


 その来訪は、予告もなく訪れた。


 ユリカがドーマン伯爵邸を訪れていたのは、ウエディングドレスの最終確認のためだった。

 午後の光が差し込む客間で、仕立て屋の説明を聞いている最中、侍女が慌てた様子で名を告げた。


「お客様が……ドーマン家のご親戚の女性だと」


 胸に、小さな棘が刺さる。

 親戚という言葉に、嫌な予感がした。


 客間に入った瞬間、ユリカは理解した。視線の鋭さと、まとわりつく粘着質の空気。

 それは、敵意だった。


「アナベラ・ドーマンよ」


 長い黒髪。翡翠色の瞳。

 かつて、ジュネシスが愛した婚約者の女性。


 ユリカの心臓が、どくりと音を立てる。

 逃げようと思えば、逃げられた。

 侍女を呼び、家令に任せればよかった。


 だが、ユリカは動かなかった。


 ――ここで背を向ければ、きっと一生、胸の奥に棘が残る。


「返してよ。ジュネシス様は、元々わたしの婚約者だったのよ」

お読みくださいまして、ありがとうございました!!

ああ、ツッコミたい。

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― 新着の感想 ―
 姉妹のセリフが凄く生き生きとしていて面白かったです。  しかしなんととんでもない事になりましたね。  ユリカちゃんはどう対応するのでしょう。  執筆ご苦労様です。ヾ(o゜ω゜o)ノ゛  
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