表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棘を抜くまで~寝取られ令息と底辺令嬢が、愛を深めていく~  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/7

川は流れて

 初夏の領地は、思っていたよりも静かだった。

 両家の共同事業のため、二人で視察に向かうことになった。

 馬車に揺られながら、ジュネシスは時折ユリカの横顔に視線を向ける。


――そのうち情が湧けば、恋愛結婚と変わらん


 上司の言葉が蘇る。

 情が湧く――その言葉が、ひどく遠いものに思えたからだ。


 かつての婚約者に、確かに情はあった。情以上の想いもあったのだ。


 時間を共有し、未来を語り合い、疑いなく信じていた関係。

 それが、ある日突然、音を立てて崩れた。


 もし再び誰かを想い、同じように失えばどうなるのか。

 その恐怖が、彼の中で慎重さという名の壁を築いていた。


 期待しなければ、痛みも小さい。

 情を育てなければ、失うものも少ない。


 そうやって自分を守る選択が、いつの間にか習慣になっていた。


――家を守るために結婚する。それでいいじゃないか


 それは、間違いではない。

 政略結婚は、感情よりも合理を優先する制度だ。


 だから、彼はこの縁談を受けた。

 だが、合理だけでは埋まらない空白が、確かに存在している。


 もし、何も感じないまま結婚したとして、それは誠実なのだろうか。

 相手に、何も与えられないと知りながら、隣に立つことは。


 答えは出ない。今も……。



 馬車を降りた瞬間、土と草と水の匂いが混じった風が二人を包む。王都の石畳とはまるで違う、生活の匂いだ。


「……変わっていないな」


 ジュネシスは小さく呟いた。

 ここは、彼が幼い頃、弟ライルと何度も訪れた川だった。釣り糸を垂らし、日が暮れるまで魚影を追った記憶がある。


 ユリカは、その横顔を盗み見る。

 彼の過去に、無理に踏み込むつもりはなかった。ただ、共有できる時間を、少しずつ積み上げたかった。


「本当に、綺麗な川ですね」


「治水工事が入れば、姿は変わる。だから……その前に見せたかった」


 それは視察というより、彼なりの誠意だった。

 昼食を終え、釣り糸を垂らす時間になると、ユリカは迷いなく餌を手に取った。


「平気なのか?」


「ええ。家族で食べる分は、自分で釣っていましたから」


 その言葉に、ジュネシスは小さく目を見張る。

 貴族の令嬢は、守られる存在だと、どこかで思い込んでいた。


 だがユリカは、生活の中で身につけた強さを持っていた。


 魚がかかり、ユリカがバランスを崩した。瞬間、彼は反射的に彼女を支えた。



 細い体。

 思ったよりもしっかりとした体温。

 胸の奥が、ひどくざわついた。


額の汗を拭おうとするユリカに、ジュネシスはハンカチを取り出す。


 何も考えずにポケットに入れてきたが、刺繍の紋様を見てジュネシスの眉が動く。

 かつて、アナベラに貰ったハンカチだ。


 ふわり。

 風が吹く。


 吹いた風は、ジュネシスの手からハンカチを取り上げた。

 水面に落ちたハンカチを見て、ユリカは慌てる。


「大変! ジュネシス様の!」


 ハンカチは意志を持っているかのように、スイスイと流れていく。


「いや、良い……」

「でも!」


「良いんだ。もう」


 ハンカチは小さな渦に巻き込まれ、すぐに見えなくなった。

 そして、過去の象徴だった刺繍のハンカチが川に流れた時、ジュネシスは初めて、それを惜しいと思わなかった。


 ――もう、戻らない。


 それを受け入れられたからこそ、今があり、明日があるのだ。

 過去を否定せず、縛られもしない。その感覚が、彼の中で静かな変化として根を張り始めていた。



◇◇


 その夜、ユリカはドーマン邸の客室で、なかなか寝付けないでいた。


 さざ波のように起こる昼間の情景。

 ジュネシスの言葉は丁寧で、距離を保っていて、それでいて完全に突き放すものではなかった。その曖昧さが、彼女の思考を何度も引き戻す。


 期待してはいけない。

 そう自分に言い聞かせるほど、逆に意識してしまう自分がいる。


 政略結婚の相手として選ばれた時点で、個人としての感情など求められていない。そう理解しているはずなのに、彼の視線や間の取り方に、異性を感じてしまう。


 それは勘違いだ。

 相手が誠実なだけ。

 何より自分が、男性慣れしてないだけだろう。


 けれど誠実さは、ときに人を安心させ、同時に期待を生む。


 ユリカは窓辺に立ち、夜気に触れながら思う。もし彼が、最初から彼が冷酷であれば、ここまで心が揺れることはなかっただろうと。


 望まれていない立場であることは、変わらない。

 それでも、拒まれてもいないという事実が、彼女の枷を軽くしていた。


 近づきすぎれば、傷つくかもしれない。

 だが、離れるという選択は出来ないユリカだった。

自分でツッコミたくなりますが、押さえます。

お読みくださいまして、ありがとうございました!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ