第八話 4
山本拓朗は、弁護士事務所で鈴木さんの報告を聞いていた。
「そうですか、一昨日、自宅を出られたんですね」
「はい。でも、主人には母と旅行に行くと言ってあります」
「今はご実家におられるんですか?」
「いいえ、小さなアパートを借りました。母も一緒です」
「え? お母様もご一緒なんですか?」
「父と一緒にいたくないんでしょう。母も旅行に行くと言って家を出たみたいです」
「そうなんですか……、お母様も色々ご心配ですね……。それはともかく、ではもう、ご主人に離婚の話を切り出してもいいということですね?」
「ええ、いつでも結構です」
「しかし、ご主人ですけど、経歴詐称されてたということで、そのこともつい最近まで奥様はご存じなかったということですし、しかも暴力まで振るっていたのですから、もし裁判になったとしても、離婚はすんなり認められると思います」
「先生、私は主人にはすごく感謝していたんです。私は一人娘で、主人は鈴木家に婿養子として来てくれたんですから。大卒で一部上場の大企業勤務だったというのは全くの出鱈目で、大学はおろか高校さえまともに卒業しておらず、どこでどんな仕事をしていたのかも不明だそうですけど、本当は私にとってそのことは大した問題じゃありませんでした。だって、実際、主人は、すごく仕事のできる頭のいい人なんです。由々しき経歴より、本当のことを教えてくれなかったということが、私は悲しかったんです。夫婦って、他の誰よりも強い信頼関係があって当然だと思いませんか? それが本当の夫婦だと思いませんか?」
「確かに、おっしゃる通りですね……」
「でも、私、何か勘違いしてたのかもしれませんわ。私は主人に愛されているから結婚したのだと思ってましたけど、主人は私のことなど、本当は愛していなかったのかもしれません。最初から、ボタンが掛け違っていたんでしょうね。だから、離婚することがお互いにとって、一番いいことなのかもしれませんわ」
鈴木さんは、そう言うと、淋しく笑った。




