第五話 3
その後、今度はダビデの森に向かっていた。優菜と車の中で交わした言葉が気になっていた。優菜は「亮ちゃんが捜してるのは、本当は白いワンボックスカーじゃなくて、別の物だと私は知ってる」と言われ、僕が「別の物ってなに?」と訊ねたのに、優菜は「きっと、もうすぐ解決すると思うから」と笑って答えてはくれなかった。僕が探している物とは一体何なんだろう? 記憶を取り戻せばわかるのだろうか? しかも、また優菜に、ダビデの森の箱が何故無くなっているのかということを訊くのを忘れてしまっていた。芳子のクリニックに通うようになって、順調に過去の記憶を取り戻しているとはいえ、僕の頭の中には、空洞化している部分が無数にあって、自分の記憶の回路を自分で制御できていないもどかしさに、最近の僕は度々苛まれるようになっていた。失くしてしまった記憶をすべて取り戻したい。その思いは日増しに大きくなっていく。そんなことを考えながら、ダビデの森へ向かっていた。もしかしたら、この間はたまたま見つけられなかっただけで、箱は別の場所にまだ埋まったままかもしれない。
ダビデの森へ着くと、この間、根元を掘り返した楠の周辺をもう一度丁寧に調べてみることにした。そして、今度は根元をもう少しだけ深く掘ってみた。しかし、やっぱり箱は見つからない。半ばヤケクソになって、お終いには根元を深く掘り返していた。けれども、やっぱり見つからなかった。もしかしたら、この木ではなかったのかと思い、隣りの楠を掘り返してみようと躍起になっていた。そして、その木の根元にスコップをグサッと深く刺した途端、「お前、そこで何をしているんだ!」と後ろから声を掛けられた。僕はぎょっとして振り返った。振り返るとすぐ後ろに、見知らぬ中年の男が立っていた。
「まさか、泥棒じゃないだろうな?」
「は?」
「俺は、お前が今まさに掘り起こそうとしているところに、宝物を埋めてるんだよ」
「えっ!? こんなところに!?」
「おお、そうだ! だから、そこを勝手に掘り返されたら困るんだ!」
そう言って、その男は仁王立ちして僕を睨み続けている。しかし、僕も負けじと彼に言い返した。
「俺も埋めてるんだよ!」
「はぁ?」
「俺も三十年前に埋めたんだ!」
僕がそう叫ぶと、その男は訝し気な表情をして僕の顔を見て一瞬言葉を失った。そして暫くして、「何故、お前が俺と同じことをしているんだ!」とその男は叫んだ。僕はもしかして?と思い、「お前、名前は何と言うんだ?」と訊ねた。
「坂元だけど、お前は?」
「坂元? もしかして坂元俊輔か?」
「そ、そうだよ」
「はっはっはっ! やっぱり! 俺は野崎だよ! 野崎亮!」
「野崎亮?……ああ、思い出した! お前はあの亮か!」
そう言って、二人で顔を見合わせて笑った。その中年の男とは、小学生の時、愛川と一緒に散々喧嘩した坂元俊輔だった。暫くの間、昔話に花を咲かせていたが、昔の敵は今日の友ということで、それから二人で結託して、坂元俊輔が三十年前に埋めた宝箱を捜し当てたのだった。
僕達二人はその宝箱を抱えて、教会前のベンチに座り、またもや昔話に耽っていた。
「しかし、お前、変わったな」
僕が坂元俊輔の薄くなった頭を見て言うと、彼は「うるせぇ」と言った。
「お前さ、中学の時に引っ越さなかったっけ?」
「うん、引っ越した」
「そうか、だから顔を見てもすぐに分からなかったんだな」
「亮は相変わらず、この辺に住んでるのか?」
「うん、住んでるよ。でも、お前と俺が、ガキの頃に同じことをしてただなんてな。お前は、誰と一緒に埋めたんだよ」
「金石裕太郎と山本拓朗」
「やっぱり! あの二人も相当やんちゃだったよな」
「お前が一番やんちゃだっただろうが!」
「そうか?」
「そうだよ」
「愛川とは連絡を取ってるのか?」
「いや、アイツ、事件起こして少年院に行っただろ? それから付き合いが途切れた」
「そうか」
「うん」
そんな話をひとしきりした後、坂元俊輔は箱の中の願いごとを書いた紙を取り出すと、「これが俺で、これが多分金石で、こっちが多分山本」と見せてくれた。その三枚の紙には「家族がみんななかよく幸せになっていたい」、「金もちになりたい」、「弁護士になれていますように」と拙い十歳の子供の字で書かれていた。金石は今度、坂元と一緒に事業を立ち上げる予定で、この界隈で出店できる場所を探しているらしい。一方、山本拓朗は、司法試験に落ち続け、弁護士になることを諦めようとしているが、ダビデの森の箱を掘り返したことで、「これで金石と山本の願いも叶うかもしれないな」と坂元俊輔は呟いた。
「ガキの頃さ、俺んち、火事になって一文無しになって、家族が崩壊しかけてたんだ。金石も親に捨てられて祖父母に育てられてたし、山本も親父が冤罪で牢屋に放り込まれてて、大変な目に合ってたんだよ。だから三人共、毎日イライラしてて、大人しい祐樹をはけ口にして殴りつけてたんだと思う。アイツには本当に悪いことをしたと思ってる」
「そうだったのか……。俺んちも似たようなもんだよ。俺んちも父親がいなかったしな」
「でもさ、三十年は長すぎだぜ。もっと早く願いが叶えば良かったのに。俺の家族はバラバラになってしまった」
「そうなのか……。でも、坂元、お前、今結婚してるんだろ?」
「うん、一応ね。嫁さんと子供が二人いる」
「今のお前の家族は、嫁と子供だろ? 今の家族の仲が良ければそれでいいじゃないか」
「そうだな……、俺が子供の頃、苦労したのを知ってるから、嫁は気遣ってくれてるかもしれない」
「だったら、いいじゃないか。今が良ければそれでいいんだよ」
「そうか、それでいいのか」
「うん」
「亮、お前は? お前も結婚してるんだろ?」
そう坂元俊輔に訊かれて、答えようかどうしようか一瞬躊躇したが、優菜と結婚していると白状すると、坂元俊輔はびっくりした顔をして「マジでっ!?」と叫び、死ぬほど笑い転げていた。
「だから、言いたくなかったんだよ……」
「いや、しかし、お前、小学生の時の同級生と結婚するなんて大恋愛じゃないか!」
「まぁ、普通の人間なら、そう言うだろうな……」
その後、祐樹の話にもなって、祐樹は豹変してロッカーになって商店街でカフェを経営し、僕は祐樹の父親の工房に勤めていることを話すと、坂元俊輔は「そうか、それなら好都合だな!」と言った。何が好都合なのか詳しくは訊ねなかったのだが、ガキの頃の喧嘩相手とこんな風に親しく話せたことは、なんだかとても懐かしく心が温まる出来事だった。そして、坂元俊輔とまた連絡を取り合うことを約束して別れ、僕は自宅へ向かったが、僕が捜していた箱は見つからなかったことを思い出し、一人モヤモヤしていたのだった。




