第二話 5
「こんにちはー!」
その時、カフェのドアを勢いよく開けて入ってくる人間が現れた。しかし、その人間は車椅子に乗り、膝の上に大きな花籠を載せていた。
「美帆! どうしたんだよ! 今日は大きな仕事が入ってるって言ってたのに!」
祐樹が叫んだ。優菜の親友、平田美帆がアレンジメントされた花籠を持って現れたのだった。
「いやね、一段落ついたから、抜けてきちゃったのよ。だって、今日、みんなと一緒に病院に行けなかったら。はい、これ。退院おめでとう!」
そう言って美帆は、僕に花籠を渡してくれた。美帆もみんなと同じで、十代の頃の美帆とは随分違っていたが、僕は彼女の顔を見て「ありがとう」と言った。
「亮ちゃん、私ね、美帆が経営してるフラワーアレンジメントの会社で働かせて貰ってるのよ」
優菜が僕に向かって言った。
「へぇー、美帆が社長をやってるのか?」
「うん。美帆のアレンジって、ほんとにセンスが良くて、いつもお客さんに好評なんだよ」
「やだ、優菜、やめてよ。優菜だって、センスいいじゃないの」
「美帆のほうがいいわよ」
「おい、お前ら、大人になっても会話の中身は全然変わんないな。中学生の時とあんまり変わってない」
「まぁ、そうかもね。でも、ちょっと安心した?」
「うん」
「それじゃあ、またね」
「おい、もう帰るのかよ」
「そうよ。こっちは忙しいんだから」
「美帆、今度ここでみんなで退院祝いパーティーをするから、日時が決まったら、連絡入れるね」
「うん、分かった。そいじゃあ、さよなら~」
そう言って、美帆は慌てて帰って行った。
「もうほんとに、いっつもあの調子なんだもんな。あんなんだから、いつまで経っても嫁の貰い手がないんだよ」
祐樹がそう言ったので、優菜が「うわー、祐樹君ってそういうことを言うヤツだったっけ?」と言ったら、祐樹は「そうだよ。そういうヤツだよ」と言った。
「でも、祐樹君はファンの子たちにモテモテだものね」
「まぁね」
僕は、過去のことはすっかり忘れてしまっているので、二人の会話に全然加われなかったのだが、四十歳にもなってみんな独身なんだなと思った。
そろそろ家へ帰ろうかと時間を確認したら、午後の三時だった。そして優菜と二人でカウンター前の椅子から立ち上がったその時、またクリニックのドアが開いた。でも、今度は患者ではなく芳子だった。
「あのさぁ、亮、今患者さんからキャンセルの連絡があって、急に空き時間が出来たのよ。よかったら診察室へ来ない? 無料で診察してあげるから」
「えーっ……」
「なに? 嫌なの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「催眠療法だったら、もしかしたら記憶が戻るかもしれない。だから、やってみないかなと思って」
「催眠療法? なんだ、それ? それって、危なくないの?」
「ぜーんぜん。催眠術って、よく知らない人からすれば、恐いイメージがあるかもしれないけど、ただ暗示にかけるだけだから、恐くもなんともないのよ」
「ふーん」
「それに、亮って単純だから、すぐにかかりそうだし」
芳子がそう言うと、優菜と祐樹が同時に笑った。
「とにかく、一度、試してみなさいよ」
芳子はそう言ったが、僕が渋っていると、「時間がもったいないから、早く早く!」という感じで、背中を両手で押されて診察室へ連れ込まれた。




