第一話 15
高校生になって、僕は祐樹と共に、駅前のハンバーガー店でアルバイトを始め、何の変化もないまま高校二年になっていた。ある日、たまたまアルバイトの上りが祐樹と同じ時間になったので、二人で歩いて家に向かっていた。しかし、駅から家までは遠い。
「もうほんとに勘弁しろよ」
「何が?」
「何がって、人手が足りなさすぎだろ。足りないんだったら、フラフラ視察に来てる社員がシフトに入れよ」
「うん、まぁね。今日は特に忙しかったね」
今日は欠勤が二人もいて、店はてんてこ舞いになっていたのだった。
そんな話をして、ふと駅の駐輪場を見たら、鍵が付いたまま駐められている原付が目に入った。これに二人乗りして家に帰ったら十分で帰れるなとか、これで遠出ができるなとか考えていたら、気付けば僕はその原付に跨っていた。そして、祐樹に「後ろに乗れよ!」と命令していた。
「嫌だよっ!」
「ちょっと借りるだけだよ。『港の見える丘公園』に行って夜景を見たら、またすぐ返しに来るからさ。お前、夜景を見に行きたいって言ってただろ?」
「……」
「な、すぐ返すからさ」
僕がそう促すと、祐樹は渋々後ろに跨った。そして、二人で「港の見える丘公園」に向かった。 国道へ出て、ヘルメットも付けず二人乗りで走っているので、行き交う車の中からドライバーにジロジロ見られたが、ガキで頭が馬鹿だった僕はそんなことは気にもしていなかった。そして、原付でゆるゆると丘に登り、「港の見える丘公園」に辿り着いた。
小高い公園から見える景色は、この世のものとも思われないような幻想的なものだった。ベイブリッジや高速道路の照明灯が光輝き、昼間なら目にしてもなんのことはないビルさえも、灯りが点れば眩いパノラマになった。車があれば、すぐに見に来られる景色なんだろうが、僕みたいな車を持てない貧困家庭に育った者からすれば、滅多に見られない神々しいまでの美しい景色だった。祐樹と二人で、ただ言葉もなくその夜景に見とれていた。
暫くして祐樹が呟いた。
「隼人のいる神戸の夜景もこんな風に綺麗なのかな……」
「そうかもな」
「大人になったら、いつか行ってみようよ」
「そうだな」
「大人になったら、今より自由になっているんだろうか」
「あったり前だろ」
「どんだけお寿司を食べても怒られないよね?」
「お前がそんなに寿司好きだったとは知らなかった。酒や煙草も怒られないぞ」
「何を今更……。亮ちゃん、今でも酒も煙草もやってるじゃん」
「まぁ、そうだけど。でも、今からでも金を貯めたら、神戸くらい行けるんじゃないのか?」
「あ、そうだね! そうしようよ!」
「ああ、金が貯まったらな」
それから、また暫く二人で夜景を見つめていたが、もうそろそろ帰ろうということで、原付を返すために駅に向かった。しかし、帰りは行きと違って運悪くパトカーに遭遇してしまった。当然、パトカーは「そこの原付止まりなさい!」と拡声器で指示して来た。しかし、元々イカレテいる僕は楽しくなってきて「盗んだ原付で走り出す~♪」と大声で歌いながら走って逃げていた。しかし、祐樹は両手で僕の腹にぎゅっとしがみ付き、わぁわぁ泣いていた。僕は、「男が泣くなーーーっっっ!」と叫びながら、パトカーから逃げ続け、路地を駆け抜け埠頭のほうへ向かって行った。しかし、敵も天晴れで、連絡を受けて先回りしていた別のパトカーがすでに埠頭で待機しているのが目に入った。僕は、埠頭と海との境界線ギリギリのところまでフルスロットルで突っ走り、水際で急ターンしようと企んでいたが、祐樹が後ろにいるということをすっかり忘れていた。急ターンした時、祐樹だけが物の見事にポーンと海に向かって飛んで行った。そして、その後、原付の後輪が埠頭からずり落ち、僕も原付と共にズブズブと海に沈んでいったのだった。