【服を変えるだけの力】
「ここは…?」
目を覚ました瞬間、薄汚れた天井が見える。
周囲には古びた箱や布切れ、壊れた椅子が積み重ねられていた。
どこかの倉庫……。
「たしか俺は、死んで……」
呟いた瞬間、自分の声に違和感を覚えた。
声が高い。
俺の声じゃない。
慌てて自分の手を見る。
白く細い指。
床に落ちていた割れた鏡の破片を拾う。
胸元まで伸びた銀色の髪。
透けるような白い肌。
そして、思わず見惚れてしまうほど
整った顔立ち。
「……これが、俺?」
どう見ても、普通の村娘には見えない。
けれど鏡の中の少女は、確かに俺の動きに合わせて瞬きをしていた。
いや、待て。
落ち着け。
…落ち着けるわけがない。
俺は死んだはずなのに生きていて、しかも鏡の中には知らない少女がいる。
「誰だこれ!?」
叫んだ瞬間、頭の中に声が響いた。
《ユニークスキルを獲得しました》
「ス、スキル……?」
目の前に半透明の画面が浮かぶ。
「衣服切替?」
確かに前世では、服に関わる仕事をしていた。
店に立って服を売ることもあれば、
デザインを考えたり、布を縫って服を作ったりすることもあった。
前世の記憶は、まだぼんやりしている。
思い出せるのは、自分が服に関わる仕事をしていたことくらいだった。
恐る恐る念じてみる。
今着ている『ボロ布の服』が、見覚えのない『清潔な古着』へ切り替わる。
その瞬間、身体から力が抜けた。
他には変化がないようだ。
「服が変わった?!」
「すごいな…異世界ってこんな力があるのか」
「だったら……もしかして」
あれもあるかもしれない。
「ステータス!」
名前:ミラティア・クローネ
年齢:14
種族:人族
職業:なし
武器:なし
装衣:清潔な古着
Lv:1
筋力:3
敏捷:5
魔力:15
体力:7
器用:18
疲労度:1/100
スキル:衣服切替
効果:登録した衣服へ瞬時に着替える。
消費:
魔力を少量消費する。
連続使用すると疲労する。
登録衣服
・ボロ布の服
補正なし
魔力消耗:5
疲労蓄積:1
・清潔な古着
補正なし
魔力消耗:5
疲労蓄積:1
「本当に……ステータスまであるんだ」
「筋力や敏捷に比べると、魔力と器用だけ少し高いかな……」
ギィ、と古びた扉が開く。
「ミラティア? こんな所で何をしているの?」
入口に立っていたのは、優しそうな若い女性だった。
白いエプロン。
けれど、その目は温かい。
彼女を見た瞬間、この身体の記憶が少しだけ流れ込んできた。
孤児院の院長。
名前はマリア。
そして、自分はこの孤児院で暮らす孤児。
両親はいない。
「ミラティア、大丈夫?」
「あ…はい。大丈夫です」
マリア院長はミラティアの服を見て、少し驚いた顔をした。
「その服、どうしたの?」
「えっと…スキルで」
「スキル?」
ミラティアは小さく頷いた。
「『衣服切替』っていうらしいです」
そう言って念じる。
清潔な古着が、元のボロ布の服へ切り替わった。
その瞬間、また身体から力が抜けた。
「ミラティア!」
マリア院長が慌てて駆け寄ってくる。
ミラティアは床に手をつきながら、苦笑した。
「大丈夫です。ただ服が変わるだけみたいで」
「服が変わるだけ…」
マリア院長は少し驚いたように呟いた。
「でもすごいじゃない、ミラティア。綺麗な服に着替えられるなんて」
マリア院長は、優しく微笑んでそう言ってくれた。
けれど、その声を廊下にいた子供達が聞いていたらしい。
「ミラティアがスキルを使えるようになったって!」
「見せて!」
「どんなスキルなの?」
あっという間に話は広がった。
「さっきもつらそうだったし、無理に見せなくてもいいのよ」
マリア院長は、廊下の方へ視線を向けた。
「でも……みんな気になっているみたいね」
「夕食の時に、少しだけ見せてあげられそう?」
「……少しだけなら、大丈夫です」
「本当に無理はしないでね」
本当は少し嫌だった。
けれど、子供達の期待した声を聞くと、断ることができなかった。
そしてその日の夕方。
しばらく休んだおかげで、さっきの脱力感は少し薄れていた。
食堂に集まった子供達の前で、ミラティアはもう一度スキルを使うことになった。
ボロ布の服が、清潔な古着へ変わる。
また脱力感が襲ってきて、膝から崩れそうになる。
それでもミラティアは、なんとか踏みとどまった。
服が変わったのを見て、子供達が目を輝かせた。
だが、年上の少年がすぐに笑った。
「それだけ?」
「服が変わるだけじゃん?」
「魔物も倒せないし、魔法も使えない」
周りの子供達も、少しずつざわつき始める。
「ハズレスキル?」
「でも、綺麗な服になるのはいいじゃん」
小さな女の子がぽつりと言う。
けれど年上の少年は鼻で笑った。
「馬鹿だな。魔物が出たら服なんか何の役にも立たないだろ」
胸の奥が、きゅっと縮む。
分かっている。
そんなこと、自分が一番分かっている。
だから、言い返せなかった。
服が変わるだけ。
たったそれだけの力。
魔物を倒せるわけでもない。
誰かを守れるわけでもない。
胸の奥が熱くなって、ミラティアは袖を強く握った。
この世界で役に立つ力といえば、きっと魔物と戦える力なのだろう。
だが魔物を見たことがない俺には、
まだ分からなかった。
ただそれでも……。
ミラティアは小さく息を吐いた。
前世の俺は、服が好きだった。
ただ着るためだけじゃない。
服は、人の気持ちを少しだけ変えてくれるものだと知っていた。
だから、まだ諦めるのは早い。
ただ着替えるだけの力でも。
いや、もしかしたらそうじゃないかもしれない。
この力には、きっと可能性がある。
「ただ着替えるだけで終わるはずがない」
前世の俺は、服の作りを知っている。
縫い目も、布の流れも、動きやすい形も。
なら、俺にしかできない使い方があるかもしれない。
俺はそれを信じることにする。




