第三十七話 リオの葛藤
朝、バスを下車したリオは、不意に細目の女に声をかけられ、空色の封筒に入った手紙を女から受け取った。リオは直ぐに手紙の封を開けて、中の手紙を検めた。手紙は学園長からのものであった。
学園長からの手紙を細目の女から受け取ったリオは、自分の教室へは向かわず、学園長の元へ向かう事にした。
聞いた通りの傍若無人ぶりだなぁ、あんな手紙を寄越すなんて。文句の一つでも言ってやろう。
リオはその手紙の内容に少し呆れている様子であった。
リオは学園長の居る別棟に向かう道中の街路樹が、恐ろしい切り口によって伐採されているのを見て、思わずに立ち止まった。
……すごい、まるで木が存在している空間ごと断ち切られた様な切り口だ。それに、この魔力の残滓……。なるほど、あの人か。
リオは逡巡し、しばらく切り捨てられた街路樹を眺めていたが、程なくして、その場を立ち去った。
別棟の前に着いたリオは、呼び鈴を鳴らすことなく、入り口のドアを無作法に開けて中に入った。別棟の中には人の気配はなく、リオは主人然とした足取りで学園長室へと歩く。
学園長室の扉を開けようとリオがノブに手をかけたが、そのドアノブはびくとも動かず、リオの無作法な歩みを阻んだ。リオが小さくため息をつくと、中から学園長の声が聞こえた。
「なんと無礼な小僧よのぉ、ベルも鳴らさず、ズカズカと上がり込んで、ノックもせずに儂の部屋に入ろうとするとはのぉ」
リオはまた小さくため息をついて言った。
「失礼しました。学園長、部屋に入りたいのですが、この固定の魔術を解いてくれませんか?」
「ため息が聞こえとるわ、このたわけ者め」
学園長の言葉を合図にした様に、リオが手を掛けているドアノブは息を吹き返した様に滑らかに動き、リオは扉を開けることが出来て、学園長室へと入った。
リオの目の前には黒くて大きなとんがり帽子を被った少女の様な見た目の学園長が長椅子に腰掛けて横目にリオを見ていた。リオは学園長と目を合わせて微笑んだ。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」リオがそう言って挨拶すると。
「ふん……、何じゃその社交辞令は、鼻につくのお。随分とあの土地の人間っぽくなったじゃないか」
「学園長室、話し方が年相応になってますよ」
「やかましい、お前相手に繕う必要も無かろう、軽口叩かんで良いから座れ」と、言って学園長は自分とテーブルを挟んで向かいの長椅子を顎で差した。
「で?」学園長はリオが座るやいなや唐突に言った。
「で? とはご挨拶じゃないですね、これを受け取ったから文句を言いに来たんですよ」と言ってリオは胸元から空色の封筒を取り出して学園長に見せた。
「中身は読んだんじゃろ?」
「ええ、ふざけた内容の手紙ですね……」リオがそう言うと、学園長は皺一つ無い無表情でリオを見つめた。
暫しの沈黙が場を支配していたが、沈黙を破ったのはリオの言葉であった。
「あの土地で暮らしていた僕に、あの塔を登れと言うのは些か無理を通そうとし過ぎではないか?」リオは少し厳しい声音で学園長に言った。
「しかしのぉ……、お前はあの土地の血脈を継ぐ人間ではないではないか」
リオは学園長の言葉を睨み返した。
「そんな怖い顔をするなよ、お前が儂の今の言葉に立腹するのは些かお門違いじゃぞ小僧。お前のあの土地での暮らしぶりを儂は知っているし、お前と彼らとの縁を否定するつもりは無いが、それとこれとは話は別。お前とあの塔の間に血の契りは無く、お前にあの塔に登れない柵は無い。お前があの土地と彼らに特別な感情。一種の誇りの様な物を持っているのは理解に及ぶが、事実としてお前の血脈はあの土地の人間のそれとは違う。根本的に違うのだ。お前がいくら、あの土地と彼らに愛情を抱き身を捧げようとも、お前の肉体に流れる血は彼の地の賢者の末裔とは異なる物、その事実は変わらぬ」
学園長は言葉に感情を乗せずに至極淡々と言った。
「何故……、何故僕なんだ。他の人間では駄目なのか」
「……駄目なんじゃよ、他の教員や儂では、あの塔は登れないし……、少し冷酷な言い方じゃが、リオ、お前に行ってもらうのが都合が良いんじゃ」
「都合が良い?」リオは学園長の言葉を聞き返した。
「ああ、お前はあの土地の血脈では無いが、あの土地で彼らと共に生活し育ち、彼らのあの塔に対する思いや信仰を良く理解している。あの塔の理解者でありながらあの塔に登れる資格を持つ唯一無二の存在。……それに、お前を塔に登らせる様に推薦してきたのは……、ヒスイじゃよ」
ヒスイ、その名前を聞いた瞬間、リオ身体に流れる魔力が爆ぜるように一瞬弾けた。
「利口そうに見えて、存外単純じゃのぉ、師の名前を聞いてはしゃぎおって……、して、塔には登ってくれるかのぉ?」学園長は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ええ、ヒスイさんが登れと言われれば、僕に登らない理由はありませんから、塔に登ります」
ヒスイ、お前たちの悲願を果たすのは、存外外の者かも知れんぞ、あまりに罪深い。……罪深いのぉ。
リオが退室した後、学園長は一人部屋の中で物思いに耽っていた。しばらく部屋の宙空をどことも無く見つめていたが、ふと何かを思い出した様に、窓際の自席の引き出しからペンと紙を取り出して、文をしたためた。そしてその文を、朱色の封筒に入れて封をし、封印を魔術で厳重に固定して、窓から放った。放られた封筒は空にふっと煙の様に消えた。




