第三十三話 教官の指名はあてつけか?
リュウ達が校庭に着いた時には、校庭には既に生徒達の殆どが集まっいて、各教室毎に分かれて屯しているようであった。生徒の集団は列を作るでもなく、かなり煩雑としていて、教室ごとの集団の境界は一目には分からなかった。リュウ達の教室の集団であろう人集りには、既にレックの姿があったので、リュウ達は迷う事なく自分の教室の集団に合流出来たのであった。
「お待たせしました」ドライがレックに言った。レックは少しだけ視線をドライの方へ向けて小さく頷いた。
集まって来ている生徒達の顔ぶれは昨日の入学式の時と全く同じ顔ぶれだった。入学式はつい昨日の事だというのにリュウは何故だか懐かしく思った。
昨日の入学式と違う事があるとするならば、生徒皆が、杖だの剣だのを各々の手に固く握りしめている点である。皆一様、表情に少し緊張感を浮かべていた。
殆どの生徒達が集合していて、その生徒達の前に教官達がわらわらと並び始めた。その中にはヒビキの姿もあった。
誰が何を合図した訳では無いが、学生たちは皆それぞれの教官の前に向き合うように整列し始めた。ある程度整列が終わった時、リュウ達の集団の整列に駆け込んでくる者があった。その生徒は遅刻した事に対しての申し訳ない気持ちと、自分が困っていると言う様な気持ちを、足して割ったような何とも言えない表情であった。
リュウの教室の生徒達はその顔を見て、にやにやほくそ笑む生徒、呆れた様な顔している生徒で五分五分と言ったところであったが、目の前に立っているヒビキの表情は明らかに怒りをにじませていた。それに気付かずにリュウは声を出して笑いながら
「どこまで荷物取りに行ってたんだよ」と、リュウ達の集団の列に加わったバースを小突いた。
ヒビキが気配なく近づいてきている事に二人は気付いていない。とうとう、ヒビキがバースとリュウの目の前に着いた時に、リュウは身体を震わせて驚いた。
「っ……」リュウは言葉なく驚愕し、少し間合いを取るように足を地に擦らせてゆっくりとヒビキから離れた。
バースはヒビキが突然目の前に現れた事に驚いて、驚きのあまり、ヒビキの眼前から動けずにその場に硬直する様に立ち尽くしていた。
「私は先ほどの講義の終わりに何と言った?」ヒビキは穏やかではありながらも少しの厳しさを感じさせる語気で語りかけるようにバースに言った。
バースは勿論、自分の過ちは分かっているのではあるが、音も無く自分に近づいて来て、いつの間にか目の前に立っているヒビキのゆったりした挙動と彼から発せられる優しい言葉の裏に滲む怒りの雰囲気がバースを萎縮させ、声を喉に詰まらせているのであった。
声を出せずに佇むバースに、ヒビキが再び問いかけた。
「バース、私は先ほど何と言ったかな?」
「お………、遅れるなと、絶対に遅れるなと言っておりました」言葉を詰まらせながら、ようやくバースが声に出すと
「そうだね、で、君は少し遅れてきたね? 何故?」ヒビキは優しげな表情でバースに言った。
「きょっ……、教官が杖や剣を持参する様にと仰られていましたが、教室に忘れていた事に途中で気付いて取りに戻っていました、本当にすみませんでした」バースの謝罪にヒビキは微笑むと
「で、得物はちゃんと持ってきたのかい?」と、バースに聞いた。
「はい」バースは胸の辺りをぽんぽんと優しく叩きながら返事をした。
「よろしい、少し遅れたというだけで、実技はまだ始まっては無いからね……、もう少し余裕を持って行動しなさい。それにコミカルに駆け込んでくるのは金輪際やめなさい、格好悪いから」とヒビキはそう言い残して、生徒達の列の前方に戻って行った。
「……、やっぱり只者じゃないなあの教官、近づいて来ている事に気付けなかった」リュウがバースにひそひそ言うと。
「……、怖かったなぁ」と、バースはリュウに小さく返事をした。
程なくして、授業が始まった。
リュウたちとは別の教室の教官が生徒群衆の前に立ち、威圧的な大きな声を張り上げて、授業の始まりの挨拶をした。
「諸君! 本日のこの時間の講義は実技である! 皆、各々が得意とする戦い方で模擬戦闘を行う! 本日は個人対個人の組手を行うが、次回以降の実戦訓練からは先に控える魔術教練大会を模した集団戦闘を行う、本日のこの場は大会で組む仲間を見極める為の場とするのも良いだろう! 尚、この場は室内の講義の様に教官各位からの必要以上の説明や手解きは無い! 諸君らの今現在持ち得る力で勝負に徹して貰いたい! そして毎年、この初回の実技では伝統的に、教官指名の学生二人によるデモンストレーションを行う事になっている! 一人は私が私の教室から選出する! セーナ! 前に出ろ!」
えらく、清々しいこえだなあ、すっきりと大きく通る声で迫力がある。リュウは呆然と、前に立つ女性教官を眺めながらそう思った。
その女性教官は背が高く体躯は大柄ではあるが芯は細く、肩を落として力感なく立っている。その柔らかくも隙の無い姿勢を見て、この学園の教官陣は皆が皆、只者では無いのだろう、とリュウは考えていた。
女性教官にセーナと呼ばれた生徒は群衆の中できょとんとした表情を浮かべている。指名が青天の霹靂であったのか、間抜け面でただ、その場に立ち尽くしていた。
「セーナ! 早く出ろ!」怒号とも呼べる女性教官の叫び声が生徒達の臓腑に響いた。セーナと呼ばれた女子生徒は余程びっくりしたのか、飛び上がるように生徒群衆の塊の前にぽっと飛び出たのであった。
歩幅が短く、ちょこちょこと走る動きに合わせて揺れている肩よりも上の位置で短めに切りそろえた髪が可愛らしい。
「おお、凄いな、内臓がビリビリ揺れたぞ」リュウが呟くと、
「だねえ……」と、バースが少し微笑を浮かべてお腹を擦っていた。
「では相手は、ヒビキ教官指名を!」と、女性教官が言うと、ヒビキが物凄く不敵な笑みを浮かべた。
ヒビキの不気味な表情を見てバースは何やら背筋がぞくぞくと凍りつく様な感覚に襲われた。
「では……、私のクラスからは、バース! 君がやりなさい!」意地悪そうにはにかんでヒビキは言った。
ヒビキが予想外に大きな声を張り上げたものであったから、リュウをはじめ、リュウの教室の生徒たちは少しざわめいていた。
「……、やっぱりね」バースは不貞腐れたのか開き直っているのか分からない語調でそう言った。バースは女性教官がセーナを指名しているのを見てから薄々ヒビキが自分を指名するのではないかと予感していた。
「出なさい!」ヒビキがそう言うと、バースは渋々生徒群衆の前に出た。
最悪だ、なんで僕なんだよ……、絶対に遅れてきた事への当てつけだよ……。
バースはそんな不満を思いながら、重い足取りで整列している学生達の前へ出た。
「他の生徒たちは周りを囲う様に離れて円形に並べ!」と、女性教官が声を張り上げると、その教官の教室の生徒達を初めとして、生徒達の列はバースと、セーナ、そしてヒビキと女性教官を囲む様に少し距離を取った位置に円形に陣取られるように整列しなおした。リュウやレックたちも例外ではなく、周りの集団の動きにつられる様に大きな円形の一部となった。
生徒及び他の教官達が囲う円の中心には、バースとセーナと両教官が取り残された様に立っている。バースとセーナは視線を合わせる事無くお互いがお互いの肩の向こうに見える生徒群衆をぼんやり眺めていた。
「ヒビキ、貴様舐めているのか、オニアを出してくるのかと思ったのだが……」女性教官が言った。
「ユウさん、出す出さないなんて生徒を駒のように扱うあなたの悪癖は改めた方が良いと何度も言っているでしょう?」ヒビキが言葉を返した。
「ふんっ……、下らない説教だな、この齢の子らなど立派に自我を持つにはまだまだ精神面の成熟が足らんのだ、強き指導者が導いてやらねばならないと、何度言ったら分かるのだ、遅かれ早かれ魔術師は一部を除いて駒のように扱われるのだ、だったらこの齢の内から慣らすと言うのも立派な教育であろうよ」
「……、平行線であるな、我々の議論は」
「議論にすらなっておらん、私がお前の様な理想主義者を認める事は無いし、お前も私を認められないだろう?」
「理想主義者か……、随分柔らかい言い方をするんだな」と言ってヒビキは鼻で笑った。その様子を見ていたユウは何も言わずにじいっとヒビキに物悲しそうな眼差しを向けていた。
「シュレックリッヒ・オニアを指名しなかったのは、別にあなた方を見くびっている訳では無いよ、セーナ、君の相手はこのバースこそが相応しい、心からそう思っているから、バースを指名したんだ、バース、君は君で君の出来うる全力を尽くしなさい。彼女は君にとって良い成長の糧になる相性の良い手練れだから遠慮は要らないよ」
バースはヒビキの言葉を聞いて、その妙な説得力を孕んだ言葉に、戸惑いながらも無言で深く頷いた。
相性が良い? どういうことだろう? と、ヒビキの言葉はバースの心の中に少しの疑問を生んだ。
「まだ、やんないのかなあ」リュウがそわそわしながら群衆の中で呟いた。
「何か話し込んでいるな」広平がリュウとは対比する様な落ち着いた様子で答えた。
「なぁんかねぇ、あの教官二人凄く仲が悪いみたいよぉ」と、タツが言うと
「別に仲が悪いわけでは有りませんよ」突然リュウ達の側に現れたヒビキがそう言った。
「また……、いつの間に……」と、リュウは少し呆れた様に言った。
「何を驚いている? 私は普通に歩いてここまで来ただけなのだが」ヒビキが言った。
「足音も気配も無く歩くのは普通じゃないのよ」と、タツも呆れたように言った。
ユウもヒビキと同様に自分の教室の生徒群衆の付近に円の一部となり、二人の教官は群衆に混じった。
バースとセーナの二人は間合いを取るように、お互いに少し距離を取って向かい合っていた。




