第二十一話 黄金色の少女
大きく膨れ上がった眩い黄金色の光は次第に収縮し始めて遂には祭壇の石板の前に何かを形作るように収束していた。収束した光は次第に質量を持ち始めてとうとう子供の身体くらいの大きさに纏まって、不意にぱっと弾けてしまった。光の中から出てきたのは黄金色の光を纏った少女であった。少女は光の中から飛び出るとゆっくりと浮かんでいる様にリオが捧げ物を置いた台座の上に降り立った。
少女は月夜が差し込むだけの薄暗い社の中で温かみを感じる様な仄かに明るい黄金色の光を衣の様に身体に纏っていた。その美しさを体現した様な少女の姿に目を奪われたリオは、この少女が一目にこの世ならざる者だと直ぐに理解した。
その身を真白なゆったりとした着物の様な衣で包んだ少女の見目はこの世ならざる美しさがあった。黄金色の光に照らされた肩口くらい迄の長さの金色の髪がその衣の様に纏う光の輝きを一層に眩くさせている。その髪は質感も絹の様にしなやかな美を称え、その身に纏う黄金色の光を照り返す様に煌めいていた。少女の少し長い前髪の隙間から覗く瞳は恐ろしい程に鮮やかな赤色で、少女の纏う柔らかく美しい雰囲気と相反して、何か……畏れの様な物を感じさせる。その恐ろしく赤い瞳を従える長いまつ毛を讃える切れ長の大きな瞳は息を呑むほどに美しかった。
少女は気怠げにリオの方をじいっと見つめていた。リオは少女の儚げな美貌と畏怖を称える瞳に心を奪われ、言葉を発する事も出来ずに、自分の目をじっと見つめて離さない少女の視線から目を逸らせずに佇む事しか出来ない様であった。
「ねえ? あなたが私を呼んだの?」と、少女が小さな声でリオに尋ねた。少女の声は風に揺れる草の様にか細く儚い声量であったが、不思議とリオの耳には鮮明に聞き取れるのであった。
「小僧ぉっ!」と、オアシが叫んだ。お社の扉の向こうで漸く立ち上がり、こちらに駆け出そうと地面を踏ん張るオアシの姿がリオの目に映った。リオは恐ろしくて身動ぎし、動揺したが、リオは自身の視界の違和感に直ぐに気付いた。その違和感に依る疑念はリオの心中をすっかり支配してしまって、恐怖に曇った暗い思考が突如として明るくなった。
あの男の足元の紫色の靄は何だ? あの男の全身を包みむ様な明るい緑色の光は何だ? そしてヒヨの体から立ち昇る大きな炎の様な赤や黄色に輝く煙の様な光は何だ? リオの視界に鮮明に映り込んだのは光の群れであった。
「もう限界だ!」とヒスイが叫ぶと、オアシの身体を包んでいた緑色の光がぱっと弾ける様に消えた。その瞬間にオアシの足元の紫色の靄が固まる様に収束して弾ける様子がリオの目に映った。その光景を見たと同時に、直感でオアシがまた一足飛びに一瞬の間に間合いを詰めて来ると言う事がリオには分かった。リオが身構えると、オアシは目尻をぴくりと動かし、足元の力みを解いた。
「小僧、お前また俺の動きが見えているのだな、いいや違う、先程迄の反応よりも一拍か二拍程速いな。お前の今の身構えた反応……もはや予知に近い。……お前、魔力が見えているな?」と、オアシがこれまでで一番厳しい視線をリオに向けて睨みつけた。
「魔力? この色々な色の光の事?」と、リオが社の中から少し声を張ってオアシに聞くと
「色……? 小僧貴様……魔力の色まで見えると言うのか!?」と、オアシが声を荒げてリオを問い質す様に叫んだ。その叫びを聞いたヒスイは地面に両膝をついて項垂れたままに目線だけをリオの方へ向けて驚きを表情に浮かべていた。ヒスイは満身創痍の身で思った。
リオ……僕は今まで玉が君を魔術の世界へ導く様に誘っているのだと誤解していたよ……どうやらそれは違うらしい。君がある日、玉に心奪われたのも、昨日の君の魔術行使も、そしてこの結果も、全てきっと……天の導きだ。何の因果かは分からないが今日この場所で君の魔術によって天と地が繋がった。
ヒスイは哀れむ様にオアシを見ていた。オアシが怒りに任せる様に激しく地面を蹴りリオの方へ突撃したが、オアシの突撃がリオに届く事は無かった。
「くそっ……こんな事があってたまるものか!」と、動きを止められたオアシが悔しさに声を荒げた。
リオは目の前の少女がその小さな掌をオアシの方へ翳すように腕を上げているのが後ろを振り向こうとした自分の視界の端に見えた。
「ちょっと黙っていてね」と、少女はオアシに言った。
リオがオアシの方を良く観察すると、帯状の黄金色の光がオアシの手足を押さえるようにまとわりついているのが見えた。その光はリオにだけ見えているのでは無く、ヒヨもヒスイもオアシの目にも見えていた。
「可視化する程の高密度の魔力?」と、ヒスイが驚愕した様な表情で呆れた声音で呟いた。
「ねえ、リオ、あなたが私を呼んだの?」と、少女がリオに言った。リオは少女へ視線を戻して言った。
「何で僕の名前を知っているの?」と、リオが聞くと
「私は何でも知っているわ」と、少女は無邪気に笑いながら言った。
「……僕が願ったんだ、ヒヨを助けたいって……そうしたら君が現れた」
「そう、でもまだ足りないよ? あなたは何も失っていないじゃない? 私お母さんに言いつけられているんだ、伝承は何があっても守りなさいって」
「伝承? ……村の言い伝えの事?」
「そうよ、大切な物を差し出す代わりに願いが叶う」
「あの魔力たっぷりの岩は私がこの世界に来る為に魔力を全て使い切ったの、……あなたの願いを叶える程の犠牲って何かしらね」と、赤い瞳を輝かせて可愛らしく笑う少女。
「でも、もう僕には何もあげられる物は無いよ……色石も昨日全部つかってしまったし」
「……そうね……なら私が欲しい物を貰って行っても良い?」と、さらに瞳を輝かせながら少女は言った。リオは少し不安で、不気味がりながら考え込む素振りを見せた末に
「それで、僕に戦える力が貰えるのなら」と、力強い言葉で承諾した。
少女はリオの決意を聞いてにっこり微笑むと、社の外に歩き出てオアシの前へ歩いて行った。オアシは黄金色の光に縛られながら渇望と畏敬の籠もった瞳で瞳に涙を溜めながらに少女を見ていた。
「ごめんね……哀れな人、私はあなたの相手はしてられない、そう言いつけられているし私が愛しているのはリオなの」と、オアシに言った。オアシは涙をためながら歯が欠けるほどに顎を食いしばって少女を睨んでいた。
そして、少女がこの場にいた皆を目を見開く程に驚かせる行動を見せた。少女は何の素振りも無く宙に浮き、見る見る内に空高く昇って行ったのである。その姿をオアシは静かに落胆した様に見ていた。
少女はある程度高いところまで行くと優雅に空中に留まり、村のある方を見つめて、その眼中に何かを見つけると、嬉しそうな無邪気な表情で瞳を輝かせて両手を天に翳すように上げて言った。
「リオの願い聞き届けるわ! 天上の主よ! 大いなる犠牲を捧げたリオに武神の通力を!」と、少女が声を張って言うと、天から二つの柱のような光が降りてきて、一つはリオの身体を包んだ。もう一つは村の何処かをその光の柱の中に包みこんでいた。
そして、光の柱は次第に窄む様に消えて、光から出てきたリオは特段何かが変化している実感は無かった。
「リオ、願い確かに叶えたよ」と、空に浮いている少女の声がリオの耳元で聞こえた気がした。
「小僧、何を得た?」と、いつの間にか少女の黄金色の光の帯の拘束を解かれたオアシが間合いを詰める様に社の中にいるリオの方へ歩み寄りながら恐ろしい形相でリオに言った。
次の瞬間にはオアシはリオの直ぐ側まで一瞬の間に間合いを詰めてきてリオの首元を掴み上げようとした。しかし、なんとリオはその動きに反応して半歩下がり攻撃を交わしたどころか、下がった瞬間に後ろに下げた左足を軸足に踏ん張り跳び上がるようにオアシの顎を蹴り上げたのだ。
オアシの足元はぐらついて、オアシは揺らめく視界で何が起こったのか分からず困惑した表情でリオを見た。
何だ? 蹴られた? どうやって? オアシは理解が付かず、蹌踉めく足でどうにか後ろに飛び上がりリオと距離を取るが、リオは本能的にそれを許さない行動を取る様にオアシの方へ一足飛びに間合いを詰め右の拳でオアシの脇腹を力一杯に突いた。オアシは苦しさに顔を歪め、反射的に右足に魔力を込めた蹴りでもってリオを蹴り飛ばした。オアシの実戦経験の豊富さを垣間見える一撃であった。リオはオアシの蹴りの勢いで後退こそしたが、見事に左の肘でその蹴りを防いでおり、あまり大きな損傷は無い様であった。オアシは何が何だか分からないと言った悔しげな表情を見せていた。その状況を作り出したリオ本人も同様に理解が出来てないと言う様な表情を浮かべていた。
「リオ、あまりにもリオの捧げた犠牲……リオから貰った物が大きくてね……おまけにリオの為の固有魔術も使えるようにしておいたよ」と、不意にリオはまた耳元に少女の声を聞いた。すると、リオに魔術の概要が頭の中に直接流れ込んでくる様な感覚があった。
「本意の魔術……」とリオは呟いた。リオが呟いたと同時にオアシは何かを悟ったのか今までと違う冷淡さも残忍さも感じさせない真剣な表情で構えを取った。それは武人の表情そのものであった。
リオは、構えを取ったオアシの懐に目にも止まらない速さで一足飛びに間合いを詰め飛び込んだ。その動きはオアシが度々見せていた高速移動と同じ動きであった。
魔力を足に!? オアシはリオの動きに目を疑った。ヒスイもヒヨもオアシと同様にリオの動きを目の当たりにしてがく然としていた。




